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『セーレの願い』
セーレ・ディディーaa5113

 ハロウィンが終わった翌日から、街はクリスマス模様へ徐々に変化し、十二月に入ると、街は完全にクリスマスカラーで染められる。
 飾り付けられた街も、賑やかなショップも、幸せそうなカップルや家族たちも、セーレにはそのどれもが自分とは程遠いところにあるように思われた。
 きらきらと輝く街の中で、自分はとてつもなく場違いなような気がした。
 かつて、その手にしっかり握っていたはずの彼らと同じ穏やかな幸せは、いま、セーレの手の中にどれくらい残されているのだろうか?
 もしかすると、あの幸せな日々さえも自分の幻覚で、この手の中にすこしは残っているような気がしていた幸せのかけらなど、最初からなかったのかもしれないと、そんな風に思うことさえある。
 優しそうな両親の手を両手にしっかり握って笑う少女の姿にすこし寂しくなりながらも、セーレは賑やかな街の中へ歩みを進める。
 セーレにも日頃の感謝を込めて、愛情を込めて、プレゼントを贈りたい人たちがいる。
 すこしの勇気を握りしめて煌びやかに飾り付けられた店内に入り、大切な人たちに贈るものを探す。雑貨屋には女の子たちが好きそうなものが多いけれど、自分の英雄が好きそうなもの、彼女に似合いそうな可憐なものはない。アパレルショップでも、どの服を手にとっても、純粋無垢な英雄のイメージとは違い、恋人に贈るべきものも見つからない。インテリアショップでは、もはやどれを手にとったらいいのかさえわからない。本屋にも寄ってみたが、クリスマスプレゼントとして最適と思われるものは見つけられなかった。
 大切な人たちに最上のプレゼントを贈りたい気持ちはあるのに、なにを見ても、なにかが違う気がして、クリスマスさえも違う気がして、セーレは途方に暮れてベンチに腰をおろした。長めに息を吐き、周囲へ視線を移すと、通りの中央に飾られた大きなクリスマスツリーを見上げる人々が目に入る。
 ひとりの男の子が大きな声でツリーのてっぺんの星に向かって欲しいプレゼントを叫んでいる。その子供の姿に、セーレのそばを通りかかった老夫婦が笑って言った。
「私たちも、昔よく、あのツリーの星にお願い事をしましたね」
「ああ……宝くじが当たりますようにとか、そんな願いは叶えてくれなかったけれど、君とずっと一緒にいたいという願いはちゃんと叶えてくれたな」
 老婦人はセーレの視線に気づき、微笑んだ。
「あなたもなにかお願い事をしたらいいわ。それが心から望んでいることなら、きっと叶えてくれるから」
「……願い事?」
 そんなもの、自分の中にあるのだろうか?
 セーレは右腕に触れた。幼い頃、この冷たい腕が消え、元の腕が戻ることを何度も願った。腕に温かい血が通えば、両親も何事もなかったように戻ってくるような気がしていた。
 けれど、その願いは叶わなかった。月日が流れるにつれ、決して叶うことのない願いなのだと理解するしかなかった。
 ツリーへと視線を戻すと、ひと組の高校生カップルが目に入る。彼女は彼氏の腕に腕を絡めて甘え、しきりに何かを言っている。声は聞こえないが、どうやら彼女はツリーの前で彼氏と一緒に写真を撮りたがっているようだ。しかし、彼氏は大勢の前で写真を撮ることが恥ずかしいらしく、それを断固拒否していた。彼女はそのうち涙目で怒りだし、「写真くらいいいじゃない!」と叫ぶ声がセーレのところまで聞こえてきた。
 セーレには彼女の怒りが理解できなかった。そんなに写真が重要なのだろうか? その願いが叶わないくらいで、泣いたり、怒ったりするほどのことなのだろうか? あんなに感情を爆発させられたら、彼氏は困り、呆れてしまうんじゃないだろうか? 愛する人を困らせ……嫌われてしまったりしないのだろうか?
 セーレの疑問を他所に、彼氏はすぐに彼女に謝ったようだった。そして、二人は通りすがりの人に頼んで、写真を撮ってもらった。彼女は嬉しそうに笑い、彼氏に抱きついた。そして、彼氏は照れてその顔を彼女から隠すように横を向き……笑った。
「……」
 自分はあんな風に大好きな人を笑わせることができているだろうかと、セーレは不安になる。 
 セーレの恋人は明るい家庭で育ち、家族みんなから深く愛されていた。そんな彼がなぜ自分を選んでくれたのか、セーレにはわからない。他の人間との関係性など、気にしたこともないセーレだったが、恋人のこととなると不安や迷いが多い。
 彼の隣にいるべきは自分じゃない……もっと笑顔が溢れる可愛い人がお似合いだ。さっきの恋人たちみたいに、些細なことで喧嘩して、すぐに仲直りできるそんな人がいいに決まっている。恋人がどんなに優しくても……優しいからこそ、そんな不安がいつもつきまとう。
「……」
 いつか、彼と別れる時が来るかもしれない。そんな時、自分は泣かずにいられるのか、セーレにもわからなかったけれど、ただ胸が壊れるくらいに痛むだろうことだけは確信が持てた。
 セーレの中には、願いよりもずっと多くの不安がある。
 いつの間にかぎゅうっと強く握りしめていた自分の手から、セーレは視線をあげた。
「……?」
 そして、視線の先、道を挟んだ向かい側にさっきは気がつかなかったお店があることに気がついた。
「あんなところに、あんなお店あったかしら?」
 セーレはベンチから立ち上がり、強い力に引かれるようにお店へと近寄った。お店の扉のノブに手をかけると、まるで自らセーレを導き入れるようにその扉は開いた。
 扉についた鈴が鳴り、奥から小柄な老人が顔を出した。
「いらっしゃい」
「……こんにちは」
「久しぶりのお客さんだ。ゆっくり見ていっておくれ」
 そう広くない店内に、アンティーク調のものがひしめくように置いてある。木彫りの小箱、ロココ調の椅子、複雑な模様が彫り込まれた手鏡、鈍く光る石のアクセサリー、花模様の銀食器……静かに、自分たちが過ごした長い年月の重みを伝えてくるそれらの品は、どれも魅力的に見えた。
 その品々はどれも、セーレの胸の奥の深い悲しみを知っていてくれるような気がした。
「これと……」
 セーレはまず、信頼する英雄へのプレゼントを手にとった。
「……これが、良い、かな」
 最愛の恋人へ贈りたいものに出会え、セーレはすこし嬉しくなる。
「あの、これをください」
 店主に声をかけると、店主はセーレの手の中のものを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「いいものを選んだね。それらには、魔法がかかっておる」
「……魔法、ですか?」
「そうさな。持ち主を幸せに導く魔法だ」
 セーレは手の中のものを改めて見つめ、なぜだかすこし泣きたくなった。
「……幸せに、なってくれますか?」
「ああ、それを見つけたあんたがそばにいれば、必ず幸せになる」
 老人は古いそろばんを弾きながら言葉を続けた。
「あんたの願いが、その魔法を引き寄せたのだから……良いクリスマスを」
 店を出て、セーレは改めて、ツリーを見上げた。
 あのてっぺんの星に願うことが、自分の中にもあることを知った。

 この先の未来になにがあろうとも……
(私は、大切な人たちの幸せを願い続ける)


*** END ***





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 aa5113 / セーレ・ディディー / 女性 / 17歳 / アイアンパンク 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
セーレは理性的で素敵な女性ですね。これからもっともっと魅力的な女性に成長していく姿が想像できます。
セーレが幸せな未来を掴み取ることを願っています。
本当は一人称がいいような気がしましたが、セーレは「私は」「私は」と心の中で語るようなタイプではない気がしたため、セーレの感覚がすこしでも伝えられればと、今回のような文章表現を取らせていただきました。
迷い迷い書いた作品ですが、方向性は合っていましたでしょうか?
ご期待に添えていましたら幸いです☆
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2018年11月19日

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