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『エンジェル・ボイス 』
ルナ・レンフィールドka1565

 とある村祭の音楽祭に出演していたルナ。
 演奏を終えてステージから降りるなり、慌ただしい舞台裏の様子に面食らっていた。
「あの、何かあったんですか?」
 捕まえた白髪交じりの主催者が言うには、出演を予定していた楽団のソプラノソリストが村を見学に行ったきり戻らないのだという。
「そういうことでしたら、私も手伝います」
 喜んで捜索を引き受けたルナは、音楽祭にあわせてにぎわう村へと繰り出した。
 ちょっとステージから離れて歩くだけでもお祭りのわくわくした空気が目で、耳で、鼻で、そして肌で感じられる。
「ええと、ソリストさんは……って、あっ」
 意気込んで引き受けたものの、肝心の尋ね人の特徴を聞くのを忘れていた。
 しまったしまった、うっかりさん。
 自分で自分をクスリと笑いながら、慌ててくるりと踵を返す。

――ドンッ。

 振り向いた瞬間に誰かにぶつかった。
 ちょっと踏ん張るだけで転ばなかったのは、相手が思ったよりも小さかったから。
 ルナも決して背が高いわけではないが、しりもちをついたのは彼女よりももっと小柄な少年だった。
「ご、ごめん! 大丈夫?」
 慌てて手を差し出すと、少年はそれを払いのけてから独りで立ち上がる。
「前見て歩けよ」
「う……それは確かに、ごめんね」
 落ち着いて白いローブの埃を払う彼にルナは返す言葉もない。
「ああっ、戻らなきゃ――後でまた会ったら何かお詫びするねっ! ほんとごめんっ!」
 言い残して駆けていくルナ。
 少年は不満げな表情でその背を見つめた。
「――いた!」
 不意に叫び声が聞こえて、彼ははっと振り向く。
「げっ、ヤバ」
 彼と同じ白いローブを着た大人が数人駆けてくるのが見えて、少年もまた慌てて駆け出した。
 
 それから主催者を探すのにもうひと手間。
 彼を見つけたのは、ちょうど朗報が飛び込んで来た時だった。
「ああ、ルナさん! コーラスさんですけどね、見つかりましたよ!」
 ホッとした様子で頬の汗を拭う男性に、ルナも一安心。
 ただ白いローブの集団に連れられたその姿を見て、思わずあっと声をあげる。
「あれ、さっきの……?」
「鈍感女、出演者だったのか」
「どん――」
 子供に似つかぬ言葉にルナは思わず息を詰まらせる。
「こらっ! 言葉遣いはちゃんとしなさいって――すみません、すみません」
 同じ衣装を着た母親らしき女性が代わりに頭を下げると、ルナは慌てて首を横に振る。
「歌だけは大人顔負けなんですけれど……みんなチヤホヤしすぎてしまったようで」
「ってことは、話題のソリストさんって」
「ええ、この子です」
 なるほど。
 変声期前の天才ソプラノ。
 納得がいった様子で彼を見下ろすと、少年の方はムッとしてそっぽを向いてしまった。
 
 順番待ちの舞台裏で少年は楽団のトランクケースに腰かけてぶらぶらと足を揺らしていた。
「えっと、隣良いかな?」
「ダメだ」
「ええ……」
 歩み寄ったルナは取りつく瀬もなかったが、そこは年長者として半ば強引に腰を下ろす。
「これ、さっきのお詫び」
「いらない。衣装が汚れる」
「そう? おしいのに」
 差し出したもろこし焼きをひっこめると、ルナは自分で頬張って、ほっこりと目を細めた。
「迷子だったの?」
「違う!」
 ルナの問いかけに、少年はムキになって声を荒げる。
「じゃ、なんで……?」
「それは……」
 彼はうつむいて足をぶらぶら。
 どこか影が差すその姿に、ルナにちょっとした老婆心が芽生える。
「私ね、歌うのすごく好き。きみは?」
 尋ねると、少年はしばらく時間を置いてからポツリと答えた。
「わからない。俺が歌うとみんな喜ぶ。だけど……」
「だけど?」
「……歌いたくて歌ってるのか、褒めてもらうために歌ってるのか、分からない」
 ムッツリとしたまま膝をかかえた彼に、ルナも同じように膝を抱えて座った。
「なら、無理して歌わなくていいんじゃないかな」
「は?」
 突拍子もない提案に少年は唖然としてルナを見た。
「いや、それは……」
 無理してるわけじゃない。
 しどろもどろとした反応は、きっと本心の裏返しだ。
「じゃあ、私のために歌ってくれるっていうのは?」
「ヤダ。なんか癪だ」
「あはは……」
 そこまで言わなくても……思わず苦笑したルナだったが、すぐに優しい笑顔を浮かべてみせた。
「じゃ、誰のために歌うの?」
 それはただの反抗心だったのかもしれない。
 だけど少年はハッキリと答えた。
「俺は俺のために歌う」
「うん! それでいいんじゃないかな」
 大きく頷いてルナはすくりと立ち上がる。
 少年の歌、せっかくだから客席から聞いてみたかった。
「おい、それ置いてけ」
 不意に呼び止められて、「それ」がもろこしの事だと気づく。
「食べかけだよ?」
「俺のだ」
 手渡すと、お腹が空いていたのか彼はガッつくように頬張る。
 それをほっこりと見守って、ルナは静かに席を外した。
 今はただ、彼の歌声を聞く楽しみに想いを馳せて――
 
 
 ――了。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1565/ルナ・レンフィールド/女性/16歳/魔術師】
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ファナティックブラッド
2018年11月19日

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