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『歩いていく為には 』
レイルースaa3951hero001)&マオ・キムリックaa3951

 どん、と鈍い衝撃は間接的にレイルースの体へと伝わった。長身だが決して体格がいいとはいえないこの肉体ではその重みを受け止めきることは出来ず、多少は足掻いて踏み留まろうとしたものの、すぐに二人倒れ込んだ。まだ陽も高く、いつもなら天候の乱れも少なく澄み渡った青空がそこにあるはずなのに、村のあちこちから出た火が煙と灰とを生み出して視界をひどく阻害する。しかしレイルースには感傷に浸る時間などなかった。
 すぐに自らに覆い被さった体を何とか動かして起き上がり、いやに冷静な頭で周囲の様子を窺う。無意識に現実逃避をしているのかもしれなかった。緊迫した状況にぎりぎりと軋みを訴えていた心臓が、今は壊れるんじゃないかと思うくらいに早鐘を打ち、その反面で体温が下がって嫌な汗が噴き出す。
 もろに一撃を喰らったせいで派手に吹き飛ばされ、代わりに一時的だろうが敵の目からは逃れている。レイルースは全身が悲鳴をあげるのを無視して彼――自分をこの世界に繋ぎ止めてくれている相棒に目を向けて、そして唇を噛んだ。かける言葉などありようもない。
「っ……」
 名前を呼ぶことすらままならずに、乾いた喉が乱れた呼吸だけを吐き出す。レイルースは相棒の胸に手を伸ばした。
 ――まだ、呼吸はある。しかし彼と誓約を交わし英雄となったレイルースは、時折偶発的に現れる従魔の脅威から村を守ることを自らの役目として、これまでの日々を送ってきた。戦っていれば例え明らかな格下であろうと毎回無傷で済ませられるはずもなく、怪我をして、あるいはもうひとりの家族とともに彼の治療を手伝って。二人との生活を守る為に、ずっとここにいられるように、医学も含む多くの知識を得てきた。だから、分かるのだ。治療する術を持たない自分に彼を救う手立てはない。それはぎりぎりまで残ると言って、村にいた者の中で一番最後に逃げた村医者も同じだろう。
 傷口から血が流れ続けるのを、レイルースは無言で見つめていた。相棒の表情は苦痛に歪んで、だが目が覚めることはない。それでも意識があれば彼が何を言うか、容易に想像がついた。
「……お前も逃げろ」
 自分で口にして、しかし頭の中では彼の声で再生される。
 レイルースが知っているのは、この村だけだ。気付けばこの村の周辺にある森の中に佇んでいて、自身の体はうっすら透けていた。ただ分かったのは自らの名前とこの世界の生まれではないということだ。元々いたはずの世界のことは何も覚えていなかった。だから、生きて元の世界に戻りたいという希望もなければ、一刻も早く消えて無くなりたいなんて絶望もなく。まるで感情も向こうへ置いていってしまったかのように、レイルースには何もなかった。このまま静かに消えていくんだろうと思っていた。
 少しずつ温もりが失われていくこの手が、あのとき差し出された。その後ろには彼の服の裾を掴んで怖々とこちらを見ている女の子がいて、二人は兄妹だった。そして兄である彼と誓約を交わし、幼い頃に両親を亡くしたという二人の家に厄介になった。それからの日々がレイルースにとって全てだ。体の一部分に獣に近い要素を持つ彼らワイルドブラッドは人間の目を避け、森の中でひっそり暮らしていて。決して豊かとはいえないが貧窮しているわけでもなくレイルースたち三人だけじゃなく、他の住人たちもこの生活に不満はなかったはずだ。
 しかし慎ましやかな幸せはこうして、愚神の襲撃によって呆気なく崩れ去った。たまたま自分と相棒とが家の外に出ていて異変にいち早く気付くことが出来、女子供に老人と戦えない者を護衛するように若者たちをつけて逃げるように指示し、自分たちは愚神の足止めに回った。立ち向かうには共鳴しなければならず、それでも人々を守りきるにはまだ足りなくて切り札を使い、そして、限界まで傷付いた彼に庇われた。守らなければいけないのは己のほうなのに。
 ぐ、と唇を噛みレイルースはゆっくりと立ち上がった。思い浮かぶのは相棒と顔も性格もあまり似ていないものの、同じことで笑ったり怒ったりと感性の端々に血の繋がりが感じられる彼の妹――マオのことだ。彼女はいつもこれくらいの時間に近場の、さほど危険はなかったはずの森の中へ散策に出ている。これだけ建物に被害が出ているのだから、とうに状況に気付いているかもしれない。戻ってきてほしくはないが、きっと急いで戻ろうとするのだろう。彼女も優しくて芯の強い人だから。そのマオの兄を死なせることになるのは自分だ。
「……なら、せめて俺が片付けないと」
 戻ってきたマオが傷付かないように。その為なら自分はもう、どうなったっていい。
 ゆらりと、目の前に愚神が姿を現す。その手の得物から血が流れ落ちるのを見た瞬間に、レイルースの視界は黒く染まり、意識は闇へ飲み込まれていった。

 ◆◇◆

 全速力で駆け抜けた足が痛みを訴え、霧ではない物が白く景色に被さっていて。きっと物が焼ける酷い臭いもしていたはずだ。しかしマオはその臭いを少しも覚えていない。ただ荒い呼吸の中で覚えているのは、地面に横たわる兄と、もう一人の家族――レイルースの姿だ。もっとも、彼から放たれる空気はいつものそれとは程遠い。暗く淀んだ、本能的な恐怖を煽る何かだ。――それでも、彼と誓約した能力者じゃないけど、家族だから。決意を秘めて一歩足を踏み出すと同時に、周囲を取り囲む足音が聞こえた。

 がくん、と頭が揺れて意識が覚醒する。自分で自分にびっくりしながら、マオは周囲を見回してほっと胸を撫で下ろした。村の見慣れた景色とはかけ離れた現代的な建物の中。一抹の寂しさを覚えないでもなかったけれど、同時にそれは身の安全を保障されているということでもある。
 部屋は村育ちのマオにはピンとこなかったが病院の個室のようになっていた。マオが座る椅子の正面にあるベッドにはレイルースが横たわっている。呼吸に胸部が上下しているものの、悪夢にうなされているのか体の痛みに苦しんでいるのか、感情の起伏に乏しい彼の顔には苦しみの念が刻まれている。
 当事者である兄は命を落とし、レイルースはあの時駆けつけたH.O.P.E.のエージェントによって邪英化から免れたものの、まだ意識は戻っていない。だから推測ですが、と職員は前置きして、マオに経緯を説明した。確かなのは愚神がライヴスを求めて出現し村を襲撃したことと、兄以外の遺体が痕跡を含めて見つからなかったことだ。となれば、みんなを逃がすために兄とレイルースが愚神に立ち向かったという状況が容易に想像出来る。二人は村で唯一誓約を交わした能力者と英雄だったし、性格的にもまず間違いなくそうする。
「お兄ちゃん……」
 小さく呟いて、マオは目を閉じた。ろくに眠れていないけれど眠りたいとも思えない。ただ、レイルースが目覚めた時にちゃんと起きていたかった。
 何度か先程と同じことを繰り返し。約二時間、二人が保護されてから丸一日が経った頃になってようやくレイルースの赤い瞳が開かれた。
「レイくん……!」
 立ち上がり、覗き込むように彼の顔を見ればレイルースは目を瞬き、そしてマオから顔を背けた。そのまま自らの腕で視界を遮る。マオが何か言うよりも先に零れたのは、
「ごめんね、マオ……」
 そんなつらい言葉で。マオはぐっと唇を噛む。しかしそうして堪えようとしても結局はどうにもならなくて、涙は頬を伝い、次第にしゃくりあげへと変わる。レイルースが身じろぎをしたのが分かった。
「お兄ちゃんが亡くなって哀しいよ。でも、レイくんに謝ってほしいわけじゃないの」
 ――だって。
「だってレイくんだって家族だもん。わたしは、レイくんが生きていてくれたことが嬉しい」
 全く泣き止める気がしなくて、きっと伝わりづらいだろうけど思いを言葉に乗せて伝えたいと思った。でなければきっと彼は罪悪感で己の心を殺してしまう。彼を怖いと思ったのは初めて会ったその日だけだ。背が高いからそれだけで威圧的に感じて、口数が少なくて顔色も変わらないのが何を考えているのか分からなくて怖かった。でも分からないことを自分なりに理解しようとするし、動物に好かれるし。兄と誓約した時は本当に嬉しかった。だってそれは彼が兄と一緒に生きるということだ。既にもう一人の兄のように思っていたけれど、ようやく家族になれた実感がわいた。大事な人を二人とも失っていたら自分はどうなっていただろう。想像したくない。
「だからお願い。……わたしと、生きて」
 言うとレイルースはマオのほうを見た。彼の腕も顔も、若干透けている。兄との誓約が失われたからだ。
「……でも、マオ」
「今のわたしじゃ何も出来ない。でもレイくんと一緒なら、ここの人たちやお兄ちゃんみたいに誰かを守れるよね。だったら、わたしは戦いたいよ」
 勇敢で優しい、二人の兄のように。マオの毅然とした様子を見たレイルースは上体を起こし、膝の上にあるマオの手に自らの手を重ねた。金と赤の瞳が向き合う。
「誓約は、マオが決めていいよ」
 それはきっとレイルースの信頼の証だ。マオはじっと彼の目を見返し、思い浮かんだ言葉をそのまま唇に乗せた。

「……レイくん?」
「……大丈夫、起きてるよ」
 沈黙が多いのは今に始まったことじゃないけれど、どうにも疑わしい。木陰に座ったままのレイルースを覗き込めば、彼の肩に乗っている青い鳥のソラさんが抗議をするように、翼をばさばさ羽ばたかせた。しかし、それがうるさかったらしく、レイルースは顔をしかめ、渋々と立ち上がった。今日はこれから二人と一羽で、たまの休日を満喫する予定だ。
「……それじゃあ、どこに行く?」
「うーんと……」
 考え、指差したのは町外れの丘だ。レイルースが頷く。二人揃って真っ直ぐ前を向き、歩き出した。歩いていく為には隣に並んでくれる人が必要だ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa3951hero001/レイルース/男性/21/シャドウルーカー】
【aa3951/マオ・キムリック/女性/17/ワイルドブラッド】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
基礎設定にある二人の過去を中心に書かせていただきました。
同時にお兄さんのことや関係性など、捏造色も濃くなって
しまっているので、解釈違いになっていないか不安ですが。
個人的には書きたいことを概ね詰め込めたかなと思います。
最後にちょこっとだけですが、出したいけど無理かなあと
思っていたソラさんも出せたのがすごく嬉しかったです。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年11月19日

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