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『いつもそこには星がある 』
ミコト=S=レグルスka3953)&ルドルフ・デネボラka3749

 あの人みたいになりたい、と彼女は言った。
 コロニーの一つであるLH044で突如起きた化け物――歪虚の襲撃、サルヴァトーレ・ロッソの乗組員による救出と保護。そして、にわかには信じがたい異世界への転移。普段は賑やか過ぎるほどに明るい友人たちもこの時ばかりはひどく動揺していたように思う。勿論ルドルフ自身もだ。歪虚と勇敢に交戦していた乗組員だってそうだったのだから仕方ないだろう。彼女――ミコトすらいつもの無邪気な笑顔を失い、不安そうにこちらを見るからせめて彼女よりは冷静でいようと、ルドルフはありったけの平常心をかき集めてその細い肩を優しく叩いた。ミコトは小さくお礼を言い頷いた。それがたかだか数週間前のことだ。
 しかし転移から艦を調査しに来たらしい人々との交渉を経て、こちらの世界の国々を巻き込み、およそ三万人もの人間の処遇を決めるにしては随分早急に事は運んだと思う。それは皮肉でも何でもなくて、民間人を安心させるという意味でも食料などの現実的な問題を解決する意味でも、非常に的確な判断だったに違いない。
 かくして、ルドルフたちLH044の高校生たちもハンターズソサエティの本部がある冒険都市リゼリオでの生活を送れるようになったわけだ。当面は似ているところもあれば全く違うところもあるこの異世界に慣れるためにと一定期間の生活は保障されるが、勿論すぐに帰る手立てがない以上はここで年単位の居住を想定しなければならない。しかしそれは諸々落ち着いてから考えればいいことだ。少なくともルドルフはそう冷静に構えていた。そこで告げられたのが、ミコトのあの言葉だった。
「あの人みたいにって……そりゃあミコが夢に出てくる相手に憧れてる、っていうのは俺も当然分かってるよ。その気持ちを否定したりもしない」
「なら……!」
「けど、これは夢でも何でもない。現実だよ。ハンターになるってことは、あの歪虚っていう化け物と戦うってことだ」
「力ならあるもん。うちも、みんなも!」
 理屈でミコトを説得出来るなんて考えていない。付き合いが長いのだからそんなことは百も承知だ。けれどこれは今までの彼女の子供じみた思いつきや能天気さだけで乗り切れる問題ではない。
「――一歩間違えたら死ぬんだぞ!!」
 声を荒げるとミコトはびくりと肩を竦めた。彼女を怖がらせたくなどないが、ルドルフも引き下がるわけにはいかない。ぐ、と拳を握る。
「俺たちは軍人じゃない、普通の高校生なんだよ。力だけあっても何の経験もない。それで一体、何が出来るっていうんだ」
「そんなの……やってみなきゃ分からないよ!」
「そのやってみる、で下手すれば死ぬかもしれないんじゃないか! ミコだって、あの時の恐怖を忘れたわけじゃないだろ!?」
 ルドルフは今でも、自分たちが助かったのは偶然だと思っている。歪虚の襲撃が間近まで迫ったのもそうだが、瓦礫や備品の一部がぶつかってきたとしてもただでは済まなかっただろう。五体満足で生き伸び、元の世界には帰れないものの堅実に、ハンターよりもよほど安全に暮らして帰れる日を待つ選択肢なんていくらでもあるのに。あえて危ない橋を渡る意味などない。
 じきに二人の口論に気付いて共同生活をしている友人たちが姿を見せ、それぞれに二人を制止しようとする。別の部屋に連れて行かれようとしているミコトが、ルドルフの顔をきっと睨みつけるように見上げてきた。その瞳にはうっすら涙が滲んでいる。
「ルゥのバカバカバカ! うちは絶対、諦めないからっ!」
 昔から、喧嘩をしたときには彼女は愛称に君をつけるのをやめる。更に小学生どころか幼稚園児並みの悪口に舌を出すオマケまでつけて、そして。柔らかな赤色の瞳が真っ直ぐにルドルフを射抜いた。彼女の捨て台詞が、いやに胸に刺さる。引きずられるようにして彼女が部屋を出て、パタンと扉が閉められ。それと同時に友人の腕から解放されると、ルドルフはその場にしゃがみ込んだ。
「何をやってるんだ俺は……」
 自覚してしまえば、自己嫌悪が急速に頭の中に渦巻いた。自らの顔を覆うように両手を当てて深く嘆息する。
 言った言葉が間違っているとは思わない。らしくなく頭に血が昇ったのも、命がかかっているのを思えば当たり前だ。けれど。
(――何より、俺が一番怖いんじゃないか)
 ルドルフはLH044にあった日常を愛していた。早くに母を亡くしたからだろうか、同世代と比べてしっかりしてる、大人っぽいなどと評されることが多かった。それは友人たちとのグループでも自然と面倒を見たり逆に振り回されたり、一歩引いたポジションに立っていることにも表れている。でもそれがルドルフにとっての幸いだったのだ。自分ひとりじゃ絶対にしない、出来ないことをしてくれるのが彼女ら友人でもあるのだから。でも環境が一変すれば立場は逆だ。よく言えば物怖じしないミコトたちのほうが先に順応し、前へ進んでいく。そこには確かに、計画性はないけど覚悟はあるのだ。ミコトの瞳がそれを物語っていた。――自分はそんな風に思い切ることは出来ない。
 部屋に残った友人の手が、そっとルドルフの背中に触れた。その優しささえもつらかった。

 ◆◇◆

 ルドルフなら何でも許してくれると思っていた。もちろん、彼が口にする苦言は全部自分を思っての言葉だと、分かってはいるけれど。でも。
 はじめてあの夢のことを話したのも彼だ。ミコトの拙くて要領の得ない話を、彼は何も言わずに聞いてくれた。周りと比べれば大人びていたけどルドルフもまだ小さくて、子供番組の話題をよくしていて。だから夢に出てくる人のことをまるでヒーローみたいだね、と彼は言ったし、ミコトもその言葉がしっくりきて、憧れを強めた。ミコトはおままごとよりヒーローごっこが好きな子供だった。
「ルゥ君なら応援してくれるって、思ってたのになぁ」
 自室に戻ったあと、机にぺたりと頬をつけ一人呟く。むー、と唸って眉間に皺が寄るけれど既にかなり熱は冷めていた。怒りよりも悲しみのほうがずっと大きい。悲しみじゃなく、寂しさなのかもしれない。
 ハンターになる道を選ぶのはミコトにとってごく自然なことだ。別に、ヒーローをそのまま物理的な意味で戦う人とイコールにしていたわけではないけれど、苦境の中で諦めずに足掻く夢の中の人物の姿が、LH044で歪虚と交戦した防衛部隊や、今もリゼリオに留まっているあの戦艦の人たちと重なるのだ。もちろん怖くないと言えば嘘になるけれど、天文部に入ってから広がった交流の輪、彼らとともに運良く生き残ったこと。そして異世界に飛ばされたという現実、この全てがミコトには一本の線に繋がって未来へと続いていく予感がするのだ。予感という言葉を運命に置き換えてもいい。
 顔をあげて立ち上がると、ミコトは内鍵を外して窓を開く。天体に詳しくなければ向こうとの違いが分からないかもしれない星空が街並みや木々、海の上に広がっている。ミコトが今自分が異世界にいると実感するのは、人々の格好や風景、魔法が身近にあることよりも何より、空に自分の知る星が一つも存在しないのを確認するひと時だ。確かに現実なのだと理解して、そして動き出さないとと渇望する。
 ――コンコン。
 部屋の扉を叩く音にミコトは振り返った。どれくらい空を眺めていたのかよく分からない。ただ、賑やかでも力強いわけでもない、けれど決して弱くもないその叩き方には覚えがある。
 はーい、と普段よりも控えめな声のトーンで応えて扉を開ければ、そこにはルドルフが立っていた。じーっと顔を見つめると彼は若干言い淀んで、
「……入ってもいいかな?」
 と聞くのでミコトは頷いて扉を大きく開け放ち、彼を招き入れた。ミコトがベッドに浅く座るとルドルフは逡巡するように視線を彷徨わせて、開けっ放しの窓のほうへ行って止まった。振り返れば明かりが届き切らず薄暗い室内で、彼の淡い茶色の髪が輝いているように見える。
「さっきはその……ごめん。俺も熱くなりすぎた」
 言って、ルドルフの手がジャケットのポケットの中へと吸い込まれる。ちゃり、とかすかに音が鳴り、ロケットペンダントを弄っているのだろうとミコトは思った。彼の手癖だ。
「……もう怒ってない?」
「怒ってないよ。大丈夫」
 その笑顔は無理しているようにも思えたけれど、ミコトは何も言わなかった。ルドルフはちゃんと自己管理の出来る人だ。それに、喧嘩相手である自分が下手につつくのはかえって彼の傷になりそうな気がした。転移したのが自分たちだけじゃなくてよかったと思う。二人だけだったらもしかしたら、致命的な出来事になっていたかもしれない。
「ミコが一度言い出したら聞かないってこと、多分俺が一番分かってるしね」
 ルドルフは深く息を吐き出した。ミコトは多分じゃないよ、と言った。
「ミコがハンターになるっていうなら、俺もハンターになる」
 ただし、と彼は付け足す。
「ちゃんと戦う力を身につけて、簡単な依頼から着実に。そう約束出来る?」
「――うん、分かった」
 ミコトがはっきりそう答えると、何故かルドルフはふっとふき出した。ここは友情を確かめて将来への展望を語り合う場面じゃないのだろうか。それほどまでに頼りないのだろうか。
「うにゅー……ルゥ君のことも絶対にうちが守るから、安心してよ」
「あ、そういうこと言う? 確かに俺は機導術? の適性があるって言われたけど……」
 地球出身者の多くは覚醒者の素質があると言われていることから、ハンターになるかどうかを問わず全員が検査を受けている。二人や友人たちも覚醒が可能らしい。
「俺もミコやみんなを守るよ。俺なりのやり方でさ」
「うん。頼りにしてるっ」
 言ってミコトは立ち上がり、ルドルフの隣に並んだ。星を見るには少し手狭だ。この空にはどんな星座があるのだろうか。

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3953/ミコト=S=レグルス/女性/16/霊闘士(ベルセルク)】
【ka3749/ルドルフ・デネボラ/男性/18/機導師(アルケミスト)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ほのぼのと二人が休みの日にお弁当を作ったりとかして
夜に星空を見ながら話をする、みたいな内容を考えつつ
書き始めた結果がこの捏造とシリアスのコンボです。
ルドルフくんの温厚だけど怒ると怖い、というのが
書ける絶好の機会だ!と思わず乗ってしまいました。
でも、つぶやきにあった守る云々の話に触れられて満足です。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年11月19日

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