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『想いは歌に乗せて 』
ルナ・レンフィールドka1565

 物心がつく前には既に、ルナの周りには音が溢れていた。高い音、低い音、優しい音、荘厳な音。両親やその仲間が扱う楽器の種類も多岐に渡り、彼らも子供に触れさせるのは危ないからと遠ざけるのではなく、ルナが興味を持って触ろうとすれば音の鳴らし方だけを教え、後はでたらめな曲を奏でるのを微笑ましく見守っているような人たちだった。だからといって跡を継ぎ、楽団の一員となることを強制された記憶もない。ルナにとって音楽はまさに空気にも等しい存在だった。そこにあるのが当たり前で、新しい技術を身につけたい、もっと上手くなりたいと願って努力することが苦ではなかった。楽士になるかどうかは別として、音楽とは一生寄り添っていくとルナは信じて疑わなかった。

 夜の帳も降りた頃、ルナは一人、店の扉をくぐった。こんばんは、と声をかけてくる馴染みの店員に挨拶を返して向かうのは、テーブル席でもカウンター席でもなく、更にその先、マスターの脇を通り抜けた奥だ。店によっては裏手にちゃんと従業員用の入口があって、客と顔を合わせることなく出入り可能になっているのだが、この店は広くなく、また立地の関係から裏口の類は存在していない。よく言えば敷居の低い店だ。実際にも、決して違う世界の住人にせず、専門知識を抜きにして楽しむことを最良とするマスターのスタンスがあり、ルナがここに通うようになったのもその影響が大きい。小額だけど、と申し訳無さそうに前置きされるが対価を頂いている以上、自分に出来得る限りのことはしているつもりだ。
「ルナちゃん、演奏楽しみにしてるよ」
「ありがとうございます。すぐに準備をしてきますね」
 ジョッキを手にした常連客に微笑みながらそう答え、店の奥へ入る。扉をくぐる際に振り返れば、視線は自然とこの狭い店内で存在感を放っているステージに引き寄せられた。あそこで楽器を演奏するのが、いつからかルナの習慣になっていた。
 副業というほど大仰なものではなく、趣味というにはこだわりが強い。きっかけは些細なもので、家族の音楽仲間であり、機会があれば共演もする奏者がここのステージに立つと訊き、ちょうど滞在していたので観に行った。ところが合流するはずだったパートナーがトラブルに巻き込まれて開演時間には到着出来ず、居合わせたルナが代わりを務めることになった。それ以来、あくまでハンターが本職なので決まった時間に、とはいかないが、暇が出来たときには顔を出し、その日の夜にはステージで演奏をするという流れが出来上がっていたわけだ。元々飛び入り参加の奏者も多いらしい。
 そうして、いつものように楽屋で座って愛用の楽器の弦を調整していたところに顔馴染みの女性が現れ、ルナに向かっていきなり頭を下げた。状況が飲み込めないうちに彼女は顔をあげて手を合わせる。
「お願い、代わりに出てくれない!?」
 その一声を聞いた時は奏者の代役だと思い、ルナは身構えなかった。しかし、話を聞くにつれて何か認識のずれを感じ、まさかと思いつつも口を開く。
「……それってもしかして、歌手として出てほしいってこと?」
 訊くと女性は目を丸くし、当然という風に頷く。ルナは少し逡巡した。
「えーっとその、歌はまだ練習中っていうか……」
 濁した発言を謙遜と受け取ったらしく、女性はいやいやと首を振って、
「この前ここで歌ってたでしょ? すごい上手だったじゃない」
 と言ってくる。密かに練習していたのを聴かれていたらしい。
 少し前までは歌うことが怖くてたまらなかった。あの頃の自分だったら多分、ここに通うこともなかっただろう。他人の歌を聴くことさえも心のどこかで恐れていたから。けれど今はそうじゃない。自分なりに痛みと向き合って見つけた答えがある。ただ、昔みたいに歌えるのか、人前で仕事として歌っていいのか、自身では判断がつかなかった。だから、練習中というのもあながち嘘ではない。正確にはリハビリ中だ。
「……ちなみにどの曲なのかな?」
 ルナがそう尋ねたのは女性が他に代わりを探す素振りもなく、ルナを拝み倒して数分が経った頃だった。情に流された向きもなくはなかったけれども、プロである彼女が推してくれるのなら客観的に見ても問題ないはず、と感じたのもある。また一歩前に進むいい機会にも思えた。そして提示されたのは慣れ親しんだ曲で。そう聞いたらもう、やらないという選択肢はルナの中にはなかった。

 家族にも等しい愛しさがあって、逃げ出して、また好きになって。まるで人を相手にしているように揺れ動く。家族と同じ道は選ばなかったけれど、歌は確かにルナの力となって赤や青に輝き、自身や仲間を助けてくれるから。だからもう、怯える必要なんてない。
 ステージの中央、月の描かれたリュートを手にルナは唇を開いた。柔らかくも芯のある声が音楽の一部となり、静かに聞き入る人たちの元へと届いていく。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1565/ルナ・レンフィールド/女性/16/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
最初に書いたときは暗く重く、躊躇っている感が強かったのですが
ルナさんの性格や“克服”という言葉の意味を考えてみると
何か違うなあと感じ、声をかけられてからのくだりを変更しました。
その割に性格面の描写があまり出来なかったのが心残りですが。
自分に天然が入っていることを信じていないというところ、
実際に話の中で表現するのは凄く難しそうですが好きです。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2018年11月19日

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