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『初恋れんじ』
荒木 拓海aa1049

 休日の朝食後、オレはスケッチブックと水彩絵の具を持って、公園へ来ていた。
 数人の子供たちが楽しそうな声をあげて走っている。母親たちはおしゃべりに花を咲かせている。恋人たちはベンチで語り合い、老夫婦はしっかりと手を握って散歩する。犬はフリスビーを追いかけて芝生をかけ、野良猫は定期巡回途中に蝶々に気を取られて道を外れる。
 それはいつも見る景色と変わらないようでいて、全く違う物語が隠されている。
 だから、何度スケッチしても、物語に秘められた輝きにオレは心惹かれる。一瞬一瞬の輝きを描き留めて、『幸せ』を筆で乗せていく。
 イチョウの葉の輝く黄色を塗っていた時、突然、顔に水をかけられて驚いた。顔を上げると、目の前に水鉄砲を構えた男の子が立っていた。
「たっくん、ダメでしょ!」
 母親は子供を叱ったけれど、オレはその呼び名に笑ってしまう。
「大丈夫ですよ。気にしないでください」
 そういえば、昔もこんな風に水をかけられたことがあったけ……と、オレは記憶を辿る。
「あれは水じゃなくて……オレンジジュース、だったかな?」
 頭に浮かんだオレンジ色が記憶を鮮明にしていく。

「たっくん!」
 小学六年生の夏、母さんがオレの名前を呼び、手を振った。象を指差して無邪気な笑顔を見せる母さんに、オレも嬉しくなって駆け寄る。
「走っても転んでもいいが、人様にぶつからないように要注意!」
 そうでっかい声で叫んだのは父さんだ。
「はーい」と、オレが素直に返事を返したその時、紙コップが足にあたってオレンジジュースがズボンを濡らした。
 注意されたばかりなのに、誰かにぶつかってしまったのだろうかと焦ったが、三歩ほど離れたところでオレよりも随分と小さな子が倒れていた。
 彼は落ちた紙コップを見つめて呆然としていたかと思うと、うるっと目に涙を溜めた。
「大丈夫?」
 手を差し出すと、彼はオレの手に小さな手を重ねて立ち上がり、泣くのをぐっと堪えた。
「ごめんなさい」
「大丈夫だよ。気にしないで」
 目を合わせて笑って見せると、彼はまた泣きそうな顔になった。
「君、誰と来たの?」
 父さんの質問に彼は小さな声で答えた。
「お父さんとお母さん」
「はぐれちゃったの?」
 母さんの言葉に彼は頷く。
「そうか」と、父さんがしばらく考え込む。
 それから父さんはとてつもなくいいことを思いついたかのようにニッと笑った。
「それじゃ、拓海に指令を出そう。この子と一緒にご両親を探してあげなさい」
 オレは父さんの信頼に応えるように、深く頷いた。
「一番大切なことを覚えているか?」
 それは、指令を出す度に父さんがオレに言い聞かせてきたことだ。
「楽しむこと!」と答えると、父さんは満足そうに頷いた。
 オレは彼の手をしっかりと握って走り出した。
 不安そうな眼差しをしている彼に、オレは提案した。
「どっちが先に動物たちを見つけられるのか競争しよう!」
 オレはカバを指差して大きな声で言った。
「カバ!」
 すこし戸惑っていた彼も、指を指して大きな声で答える。
「シロクマ!」
「その調子」と褒めると、彼ははにかむように笑った。
「キリン!」
「ゴリラ!」
「カピバラ!」
「カンガルー!」
「リクガメ!」
「ダチョウ!」
「トラ!」
「「ライオン!」」
 ライオンの檻の前でオレたちは足を止め、獰猛さを忘れて眠っているライオンを見つめた。
 オレは彼のことを横目で見て、彼の目から不安が消えていることを確認する。その時、不意に彼がオレのほうを見て、満面の笑顔を見せた。
「っ!」
 その瞬間、胸の奥でなにかが弾けた。
「あ、あのさ、なまえ……」
「お母さん! お父さん!」
 彼は嬉しそうに、オレの後ろへ……彼の両親の元へと駆けて行った。
 あとで知ったことだが、父さんはオレたちがライオンの檻に立ち寄ることを予想して、迷子センターに来た彼のご両親にそのことを伝えたのだった。
 別れる時、彼はオレのことを振り返って手を振ってくれたけれど、オレはその姿を複雑な思いで見つめた。

 あの時の気恥ずかしさと虚しさを、今でも覚えている。
「自己紹介って、大事だよな……」
 そんな反省をしながらふと手元を見ると、スケッチブックには目の前の景色ではなく、思い出の中の少年が描かれていた。
「これって……」
 少年の目や鼻、口など、そうしたパーツ、ひとつひとつが最愛の人のそれと重なる。
「都合よく、記憶を塗り替えちゃったのかな?」
 嫁さんのことが大好きすぎて、あまずっぱい思い出の相手に姿を重ねてしまったようだ。
 オレは帰り支度を済ませ、立ち上がって背伸びをした。家では嫁さんがお昼を作って待ってくれている筈だ。
「そうだ。午後からは二人で動物園に行こう」
 そして、この間抜けな思い出話を聞いてもらおう。

 この後、オレは動物園で、あまずっぱい恋の実が弾けるあの音を、もう一度聞くことになるのだが……この時のオレは、そのことをまだ知らない。


*** END ***





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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 aa1049 / 荒木 拓海 / 男性 / 28歳 / 防御適性 】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご依頼いただきまして、ありがとうございます。
本当にお久しぶりです。
しばらくシナリオから離れておりましたので、拓海の結婚相手に驚いてはおりますが、お似合いですね!
末長く、お幸せに! 
かなり妄想が暴走した内容ではありますが、ご期待に添えていましたら幸いです☆
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2018年11月20日

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