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『ふたりめとふたりめ・弐 』
ユエリャン・李aa0076hero002)&凛道aa0068hero002

「ユエさん、買い出しを頼まれたので一緒に行きましょ!」

 インターホンを押して、その結果として現れたユエリャン・李(aa0076hero002)に対して、凛道(aa0068hero002)は笑顔でそう言った。
「……」
 ユエリャンはノーメイクの顔を露骨にしかめさせた。しかし彼が急に訪ねてくるのももう慣れたもので、溜息を吐く。
「少し待て、準備をしてくる」
「あっ大丈夫ですお化粧の時間は待ちます、ばっちりです」
 眉毛描いたり睫毛付けたり大変ですもんね、と凛道はさも気遣いのできる男のように振舞うが、それがデリカシーというものを全力で踏みにじっていることに気付いていない。とまあこれもまた“いつも通り”なのでユエリャンはノーコメント、「居間で適当にしていたまえ」と家の奥に引っ込んだ。

 というわけで、凛道のデリカシーのなさにちょっと腹立ったユエリャンはいつもよりメイクに時間をかけてやってから現れた。腕時計を確認した凛道が「新記録ですね」と屈託なく笑うので、こいつピンヒールで眼鏡割ってやろうかとユエリャンは心の中で強く思った。

「……。なんの運命の悪戯か知らんが、我輩もお使いを頼まれていてな」
 戸締りをしながらユエリャンが言う。その言葉は「近場のショッピングモールに行くぞ」という意味を表していた。「ああ、あそこですね」と凛道が頷く。
「僕、もうバッチリ道も覚えましたよ」
「電車の乗り方もか?」
「はい。ICカードも作って貰いました」
 思えば、最初に二人であのショッピングモールに出かけてから二年の月日が流れていた。
 随分と昔のことのように感じるのは、それだけ、この月日に思い出が凝縮されているからだろう。

 ――ガタンゴトン。
 電車の風景だけは二年前から変わらない。

 冬めいてきた青い空。遥か北方より忍び寄る世界終末の気配。されど町の景色は、人々は、努めて日常であるように見えた。あるいは実感がないのか。そんな風な時間が、距離にして一駅程度。慣れた間柄ゆえに特に会話もなく、沈黙も気にならず。
 改札の雑踏もはけてゆけば、ユエリャンのピンヒールの足音が凛道の耳に届き始める。凛道はその半歩後ろをついて歩きながら、二年前は新しさと珍しさばかりに圧倒された風景をなんとはなしに視界に収めていた。ポスターはどれも一足早いクリスマスを謳っている。赤色と緑色。サンタとトナカイ。
「キョロキョロし過ぎて迷子になってくれるなよ」
 ユエリャンが言う。「はーい」と素直に凛道は視線を前に戻す。ほどなくして“何でも揃う凄い店”の店内へ。まだこんなに暖房を利かせるのは早いんじゃないか、と汗による化粧崩れを嫌うユエリャンが肩を竦めた。その間に「僕ちょっと行きたいところが」と凛道はいそいそとある場所へ――アイドルショップへ真っ直ぐに向かっていた。

「今日も推しが可愛いです……」
「貴様も飽きぬよな」
 ジュニアアイドルのブロマイドコーナー。「はぁ〜無理尊い」「えっ待ってこれしんどい」と語彙を溶かしながら推しのブロマイドを買い漁る凛道に呆れながらも、ユエリャンはその隣にいる。凛道が彼の相棒のクレジットでブロマイドを買い込む様子を、何とも言えない目でじっと見守っていた。二年前と違うところを上げるならば、凛道が「観賞用・保存用」と同じ種類を複数買うことを覚えた点だ。

「ユエさんも寄りたいところありますか?」
 早くもミッションコンプリート顔で凛道が言う。コイツ、おつかいのこと忘れてないだろうな……と思いつつも、ユエリャンは「ふむ」とショッピングモールを見渡した。
「どうせ時間も余っているしな。ペットショップで動物でも見ていくか」
「いいですね、賛成です」

 というわけで。

 二人はペットショップの熱帯魚コーナーにいた。二年前からより見せ方を工夫した陳列になっており、さながら小さな水族館である。水族館のものよりは小さな水槽――アクアリウムとして整えられたそこを、色鮮やかな魚達が漂っている。エアポンプの音が低く響いている。
「うむ……やはり自然の造形は究極の機能美であるな……」
「きれーですねー……」
「愛玩動物に金をかける道楽の気持ちが分からんでもない……」
「きれーですねー……」
 語彙を溶かしている凛道の一方で、ユエリャンはテンションの高い早口で独り言つ。熱帯魚の艶やかな造形にインスピレーションでも刺激されているのだろう。「美しい……」と泳ぐ色彩らに呟くユエリャン。一方で凛道は、じいっとグッピーの水槽を見詰めている。
「この赤いグッピー、ユエさんみたいですね」
 これ、と凛道が赤いグッピーを示す。朱赤をした豪奢な尾鰭はドレスのようで、さながら着飾ったユエリャンであった。
「ほう、竜胆も気の利く台詞を言えるようになったではないか」
「なんだかお魚見てるとお寿司食べたくなってきました」
「よし前言撤回だ」
 その一言がなければ褒めてやったものを。肩を竦めたユエリャンは、「そろそろ行くぞ」と歩き出した。

 まあ、歩き出したは歩き出したが、買い物をするのではなく、到着したのはゲームセンターである。 より具体的に言うのならばUFOキャッチャーの前だ。
「ユエさん、ほんとコレ上手ですよね」
 ユエリャンの隣で、凛道は友が次から次へワンコインで景品をかっさらっていくのを見守っている。ガラスの向こう側で店員の青い顔が見える。不正してるんじゃないかという眼差しも向けられるが、正真正銘正攻法で取っているのだ。そう、ただ、ちょっと、ユエリャンはものすごー……く器用で、道具の扱いに関して神懸った才能を持っているだけなのだ。
「よし、大物が取れたぞ」
 でっかいぬいぐるみクッションを獲得したユエリャンは得意気にそれを取り出すと、流れるような動作で凛道に押し付けた。これに限らず、ゲットした景品は全部凛道が持つことになっていた。
「ユエさん、いつか出禁になりそうですね」
「不正など一つもしていないが? 金もちゃんと払っている」
 満足したユエリャンは女王様のような口ぶりだ。上機嫌のまま「君も何か遊んで行けばいいぞ」と言うので、凛道はゲームセンター内を見渡す――目に留まったのは、矢印がいっぱい降ってくる踊る踊るレボリューションのリズムゲームだった。二年前にユエリャンが「恐怖の装置」と形容したブツだ。
「推しの曲でちょっと遊んで来ます」
 眼鏡をクイと押し上げ、凛道は颯爽と筐体へ足を向けた。一度荷物を置くと、慣れた手つきでコインを入れて――ちょっと気持ち悪いぐらいぬるぬるした動作でキレキレのダンスをし始める。きゃぴきゃぴのアイドルの歌声に合わせて、だ。
「……」
 ユエリャンは五秒ほど真顔でそれを見ていたが、やがて他人のフリをしながらプッシャーゲームへと向かうのであった。

 さて、満喫も満喫。
 まだ本命の買い物を一つもしていないのに両手にいっぱい荷物を持って――まあ九割はユエリャンがUFOキャッチャーとプッシャーゲームで取った景品だが――二人はようやっと、食品や生活用品の売り場へ向かった。
「洗濯用洗剤と、調味料ですね。どれを買いましょうか……」
 ズラリと並ぶアレコレソレ。「いつもうちで使ってるのはこれですけど」と凛道はありふれたものを指さした。すると、ユエリャンがフッと笑う。
「竜胆、この世には唯一の真理がある」
「……とは?」
「すなわち“高いものは安心安全高品質”……だ」
「なるほど確かに!」
 じゃあ一番高いやつを買おう。金銭感覚がまだちょっぴりガバめな二人は、意気揚々とレジへと向かった。後日、能力者がゴッソリ減ったサイフの中身に真顔になるのはまた別のお話。








 ガタンゴトン。

 帰りも同じ電車。町の空は茜色を帯びてきている。夕暮れだ。まだ帰宅ラッシュタイミングではないようで、車内の乗客は疎らである。

 窓の外、ビルに疎らに遮られては顔を出す夕日。凛道は眩しさに目を細めつつも、車窓から見える街並みを眺めていた。遠く、電車の速度で、無辜の人々の営みが幾つも流れてゆく。走馬灯のようだ。
 夕焼けの光に、ビルの窓が、車のガラスが、キラキラ光る。眩しさについ凛道は目を閉ざした。瞼の裏は黒く、暗く――灰色の町、曇白の空を思い出す。それから、砕け散って煌きの塵となった、黒い結晶のこと――殺めてしまった人々、命の欠片が織りなした、あの哀しくも美しい輝きを。

「――」

 凛道は俯いた。膝の上に乗せた買い物袋を抱きしめれば、ガサリとビニールの音が鳴る。
「疲れたか?」
 隣に座るユエリャンは、凛道へは顔を向けぬまま問うた。疲労ではないことなど分かっている。だが図星を抉るほど鈍感でもない。ただ、静かに、レースの黒手袋で包んだ掌を、親友の手の上に重ねた。
「いえ」
 小さく呟く凛道の声は潤んでいた。ず、と鼻をすする。
「……ただ、自分に明日がまだあることにホッとしてしまっているのが、酷く悲しくて」
「そうか。……。明日も明後日もずっと続くが、共にあれる日はそう多くないかもしれぬ。大事に過ごしたいと、我輩は思う」

 ――君は悪くないよ。

 声音の中にそう添えて。
 ユエリャンは静かに、処刑人の白い手の甲を黒い指先で撫でる。
 どうかそのまま、真っ直ぐに生きて欲しい。
 在れる日が、あと幾つなのかは分からないけれど――だからこそ――最期は悔いのないように。
 もう、後悔と悲哀と苦痛に苛まれながら終わるのは、嫌だ。
 それをこの美しい刃に味わって欲しくない。
 万死の母は静かに祈る。君死にたもうことなかれ、と。

 ……そして電車のドアが開く。
 先に立ったのは凛道だった。

「帰りましょう、ユエさん。美味しいご飯、いっぱい食べたいです」
「であるな、夕食が楽しみだ」

 そう言って。
 英雄二人は電車から降りて、改札から出て――夕紅の長い影を踏みながら、それぞれの帰路へと就くのであった。




『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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ユエリャン・李 (aa0076hero002)/?/28歳/シャドウルーカー
凛道(aa0068hero002)/男/23歳/カオティックブレイド
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2018年11月20日

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