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『空気のように 』
エルティア・ホープナーka0727)&シルヴェイラka0726

●彼の決意

「どうして私は図書館に籠もらなかったのかしら?」
 エルティアが珍しく言葉を発していると思えば……やはり本に関わることのようで。
(まずは食事か)
 空色の確認は不要と判断したシルヴェイラは、酸味の強いブレンドを淹れ始める。
「エア、少し休憩したらどうだい」
「……もう、そんな時間だったのね」
 シーラの声か、それとも珈琲の香りか。気付いたエアが顔をあげる。
 ありがとうと受け取って、カップへ顔を近づけた。すっとした香りが鼻腔を擽り、エアの表情も落ち着いたものになる。
「またここで寝たのかい」
 服の皺のつき方で答えは分っているけれど、いつも通りに声をかける。相変わらずだね、そんな言葉を籠めることも同様で。
「寝物語は寝室で読んだわ」
 その本を最後まで読み終えてから眠ったという意味だ。だが、寝台を使っているとは限らない。
 エアの寝室には当たり前のように本棚が並んでいるが、読書用の椅子もいくつか置いてある。時に高い位置の本をとるための踏み台にもなるそれらは、持ち主の気分によって使い分けられている。
 どんな姿勢でも利用できるソファや書斎机用の椅子は当たり前。本を置く台付きの椅子、楽な姿勢を保てる椅子といったような……リアルブルーからもたらされた知識による、今では愛読者や愛書家御用達と呼ばれるような品も並んでいる。
 だから読みかけの本を膝にのせたまま、エアが寝入ってしまうこともある。むしろ根を詰めて没頭する日ばかりなのを考えれば、そうならない方が不思議なくらいだ。
「どの椅子があう本だったんだい」
「何を言っているの?」
「昨日の君の寝場所の話だよ」
 君の事だから、また椅子で寝入ったのだろう? そう続けようとしたところを遮られる。
「寝台に決まっているじゃない」
 当たり前のことを言っているはずなのだが、これがエアとなると話が変わってくる。
「……エア、まさかついに本に変な癖を」
 どんなに強い睡魔に襲われても、エアは必ず寝入る前に本を閉じている。まさかその不文律が破れたのかとシーラは目を見開いた。
 寝物語とはいえ、横になって読書にふけるほどエアの行儀は悪くない。しかし寝台で眠ったと言うなら別だ。寝入った影響で本に癖がつくのは避けられないと思うのだが。
「この私が物語を記された本に、折り癖も開き癖もつけるわけがないじゃない」
「……すまない、エア」
 わかっているのだが、寝台で眠る回数が他の者に比べて明らかに少ない幼馴染の性質を思えば……どんな奇跡なのかと思ってしまうのである。
「枕の下に入れたわ」
「本を、かい?」
 わざわざ枕の下に入れずとも、本を枕にして机に伏して寝ていることだってあるだろうに。等と思いはするが。口には出さないように気をつけつつ食事の支度へと取り掛かるシーラ。つまりエアの方へ視線を向けていたのをやめたのだ。
「ええ。そう勧める文献があったものだから」
「それは興味深いね。どんな理由でそんな結論になるんだい?」
 朝採りの新鮮野菜を軽く洗いながら尋ねる。
「枕の下に絵や写真を入れると、それにまつわる夢が見られるのですって」
 それが試したくて、読み終わってすぐに寝台にもぐりこんだということになる。それなら寝台で眠るのも納得だ。だがシーラは今それよりも気になっていることがあった。
(それは何の本だ!?)
 エアの方を見ていないのを幸いに、表情が歪む。動揺したときにでるその顔は、これまで彼女には見せないよう常に抑えているもので。
「リアルブルーの学生向けに作られたものだったのだけれど……おまじない、らしいわ?」
 彼が尋ねずとも、エアが話を続ける。
 その答えはシーラが予想した通りの内容だったのである。

●彼女の反省

「エア、まずは食べなさい。折角の食事が冷めてしまう」
 無心を貫き完成させた朝食を勧めてエアの口をふさぐ。表情はいつもの通りに戻しているが、シーラの内心は緊張と動揺がぐるぐると存在を主張している。
「そうね、シーラは逃げないもの」
 他意の無い言葉が今日に限ってぐさりと刺さる。いただきます、とエアが食べる様子を眺めながらブレンドを楽しむのがいつものシーラなのだが、今日はすぐに立ち上がっている。
「?」
 口にものを頬張っているために話せないエアが首を傾げ視線で問いかける。座るエアの後ろに立ったシーラの手には、髪を梳るための櫛。
「……君ははやく話したいのだろう。だが私は君の身支度も整えてしまいたいし……今日だけは行儀の悪さも目をつむろう」
 嘘である。エアの都合を優先したように見えるが、実際はシーラ自身が心の準備をするための時間稼ぎのためであった。彼女に表情や顔色の変化を悟られるわけにはいかない。鏡や、それに準じる家具が周囲にないことを改めて確認しながら、精神統一をするようにエアの髪を梳いていく。
(聞かなくても分かる。同じ夢を見た……いや、彼女もきっと、体験したのだろう)
 だからあれほどまでに執着しているのだ。しかし自分も同じだと悟られる予定はない。
(口を滑らせる気はないが……あの青い葛藤を、微塵たりとも気取られたくないからな)

(シーラったら、どうしたのかしら)
 焦っているようにも見えるのだけれど。自分の為に急いでくれているだけのようだし、考え過ぎだろうか。
(……気のせいね。いつも通り美味しいわ)
 エア自身は空腹感がないと認識していたが、身体の方は栄養を欲していたらしい。食べやすいよう小さくちぎった葉野菜のサラダに、昨晩のスープの残りを使って柔らかく煮込んだリゾットが身体を中から解してくれる。
 髪を梳る手つきは優しくて、食事の邪魔をすることもない。髪が解け流れが整うほど、頭の中もすっきりしてくるようにさえ思えてくる。
(行儀が悪いからって、食事の後って決めているみたいだけど……私はどのタイミングでも構わない)
 いつもなら、髪を結われているときのエアは本を読んでいる。その時だって強く引かれるようなことはなくて、視界の邪魔にもならなくて。シーラの手が触れていても当たり前で受け入れているエアである。
 きっと自分が書き物をしている時だって気にならないだろうと思う。彼の事だから、世話をしながらも次の紙を用意したり、資料を揃えてくれそうだ。
(でもきっと、今日が偶々、特別なだけなのでしょうね)
 彼がそう対応してくれるほど、自分が今朝の夢について執着しているのが伝わったのだろう。なら、好意に甘えて思考の海に溺れてしまおうか。
 そう思うと同時に、エアの行動が無機質になっていく。物語の事、本の事。好きなものについての思考に深く潜り込むと他の事への意識がおろそかになるのである。ただそれもシーラが傍に居ればこそで、大抵のことはフォローしてもらえるための信頼によるものとも言えた。今は身体が覚えている通りに食事を口元に運んでいる。最後の一口を終えたら、間違いなくシーラが手を止めてくれる筈だ。
(思い出すのよ、私……夢の中で見た知識を。環境を。今まで知らなかった新しい物語を)

「……やっぱり、図書館に行くべきだったのよ」
 パウラを羨ましがるくらいだったのだから。そう言えばシーラが不思議そうに首を傾げる。
「図書館……ああ、彼女は前はそこに居たのだったか。ならエア、君は夢でエルフハイムに行っていたのかい?」
「? 何を言っているの? 高校の図書館に決まっているじゃない」
「……高校……?」
「リアルブルーで十代の者達が通う学校よ?」
「そういえば、学生向けの本だと言っていたのだったか……でもなぜ、私が知っていると思ったんだい?」
「あら? そう言えばどうしてかしら」
 改めて問われるまで、彼も当たり前のように知っていると信じて疑っていなかった。確かに今まで、夢について詳しく説明をしていない。シーラは聞き上手だから、つい先走ってしまったのだろうか。それにしたって自分もおかしい。
(私が初めて知ることなら、シーラにとっても初めての物語だわ)
 それだけずっと一緒に居るのだ。見つけた物語は大抵一緒にいて得たものだし、すぐ傍にいる彼は一緒に調べ物をしてくれたりもする。エアは新しい物語の話をシーラにするのも好きだ。だから説明だって毎回行っている。
(確かにリアルブルーの話はお互い興味を持っているし、調べ物も積極的に行っていたけれど)
 彼が知っているかどうか判断つかない場合は、直接確認するところからはじめていたはずだ。なのに、今日はどうして。
「……そうだわ」
「エア?」
「夢でも一緒だったのよ」
 言葉にしたら、得心がいった。そのまま隣に座るシーラの顔を見上げる。
「夢の中の貴方があまりにもいつもの貴方で、いつもと同じように傍にいて。私も貴方も高校生なのに、お互い変わらなくて。貴方もそこに居たのだと思ったのよ」
 同じ夢を見て、同じ記憶を持つなんて、それこそ夢のような話、ある筈がないのに。
「だから、説明しなくても知っているなんて思ってしまったわ。ごめんなさいね」
 改めて、どこから話そうかしら?
 視線を落とし、夢の記憶を書きだした紙を見つめるエアはシーラの表情に気付かなかった。

●夢も現も心のままに

「これだけ鮮明に夢の中の出来事を覚えているのよ。図書館で本を読んでいれば、それだけたくさんの物語に出会えたと思わない?」
「そうだな。……もし、私もその夢を一緒に見ていたとして。図書館に一緒に行っただろう」
「そうよね。でも夢の中の私は、ユレイテル達の手伝いに行ってしまったの。それはそれで楽しかったのだけど……」
「……だけど?」
「あれが夢だと分かっていたら、手伝いよりも物語を優先したかもしれないわ」
「それで私には、君とは別の本を読むように言うんだろう?」
「ええ、目が覚めてから書き出すためにね。勿論、シーラも一緒に来てくれるでしょう?」
「ああ。……私は君の傍が居場所だからな」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0727/エルティア・ホープナー/女/21歳/闘狩猟人/己の記憶を原書に、物語を綴る】
【ka0726/シルヴェイラ/男/21歳/機導猟師/在りのままで在るために、整える】
おまかせノベル -
石田まきば クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年11月20日

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