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『迷い子は夢見る 』
浅黄 小夜ka3062

 ――この世界には神隠し、という言葉がある。何の前触れもなく人がいなくなってしまう現象を指す言葉だ。少なくとも平安京が出来てしばらく経った頃には既にそういった伝承が存在していたらしい。けれど人々の心から神様や妖怪が離れていくにつれて、ただのお伽話となって否定され、情報の伝達力が飛躍的に向上した近代になると再びその言葉が人々の口に上るようになった。確証がある件だけでも人為的に起こすのが不可能なくらい、非常に大きな規模となっていたからだ。時も場所も人間も問わない失踪。宇宙進出を果たした今でも解き明かせない謎こそ、神隠しと呼ぶほかない。
 かといって、それが人々の日常に恐慌をもたらしているかといわれればそうでもなく。せいぜい喧嘩をした時の悪口や意地悪、小さな子供の躾で悪いことをしたら、の後に使う程度だ。小夜もそんな軽いニュアンスで言われた覚えしかない。それでも昔は本当に神隠しに遭う気がして、怖くてあまり眠れなかったこともあるのだから、確かに躾には効果的だ。
 制服を着て、鞄を持つ手をゆらゆら揺らして。小夜は学校からの帰り道を歩いていた。首都だった頃の名残を色濃く残した通りは、慣れない人にとっては大変だというけれど、この場所で生まれ育った小夜にはこれが普通だ。四季折々の花々とその香り。歴史ある寺社仏閣。何故だか観光客に声をかけられやすいことだけはネックだ。知らない人と上手く喋れなくて、それが恥ずかしくてますます苦手意識を強めてしまう。人の性格というのは簡単には変わらない。
(でも、慣れていかんとなぁ……)
 ずっと子供でいられるわけではないのだから。まだ、絶対にこの職業になると言えるほどの具体的な夢はない。ただ、家族や友達と同じくらい動物のことが好きで、小夜も漫画のようにとはいかないものの動物に好かれるほうだ。だから獣医やトリマーなどの動物に関係するお仕事には少なからず興味がある。今度、飼い猫である紫苑の定期検診についていった際に獣医師さんに訊いてみようかと考えているうちに、早く自宅に帰りたくなった。あの黒い毛並みに沿うように、背中や首の辺りを撫でていたい欲求に駆られる。それはとても魅力的な衝動だった。
 爽やかな風が小夜の黒髪を揺らす。手で頬にかからないよう避け、何とはなしに右手にある神社に目を向けた。石段と鳥居の向こうからかすかに鈴の音が聞こえた気がして。突風に堪え切れず目を閉じた矢先、小夜の姿はその場所から忽然と消えてしまった。

 表紙だけでなくページの所にも猫が描かれているノートを開き、青い目の黒猫と花があしらわれたペンを持って。小夜は夜に一人、自室の机の前に座って難しい顔をしていた。何か帰る手がかりになるだろうかと考えて自分が転移した時のことを思い出してみたのだが、もうすぐ二年という年月が経っていることもあって、特に鍵になりそうな点はない。むしろ、今となっては有難いの一言に尽きるものの、リゼリオに飛ばされてすぐに周りの人々が保護に回ってくれたことが逆に小夜の混乱を招いた印象の方が強い。こちらで親しくなった地球出身者に訊いてみてもやっぱり、少し考えれば分かる程度の共通点はないように思える。それでもいつか役立つかもしれないと書き留め、触れるか触れないかの距離で自分やこちらで出来た友人達の名前を指でなぞった。
 机の隅に立てかけた小さな鏡には自分の姿が映っている。あの頃より顔つきが大人びたと思う。背も伸びた。出来ることなら、同級生と一緒に成長したかった。でもここに来たから得られた経験もある。年齢も生まれも違う人達と仲良くなれたこと、生の尊さを知ったこと。全てが今ここにいる小夜の糧だ。辛い思い出より楽しい思い出のほうがずっと多い。だから、苦しくなる。
「帰りたい……家に帰りたい、けど」
 もし帰れたら、今度はここでの生活が恋しくなるのかもしれない。そんな風にも思う。
「人生って、ままならんもんやなぁ」
 そんな呟きと溜め息を漏らすと、ペンとノートをしまって立ち上がる。もうお風呂も済ませてあるので、後は眠るだけだ。外に出て流れ星に願掛けをしようかなんて考えもしたけれど、明日は昼から人と会う予定がある。気が付いたら空が明らんでいた、という事態にならないよう早めに寝ておいたほうがいいと思い直す。
 サイドテーブルに肌身離さずつけている黒猫のペンダントを置き、枕の横にあるぬいぐるみを抱きかかえて小夜はベッドの中に入った。最後に部屋の照明を落とせばランプの薄明かりが周辺を柔く照らす。ぬいぐるみの胸元に顔を埋めた。
 ウトウトと夢の中へと誘われながら、もし自由に世界を行き来出来るようになったら、と考えた。歪虚の正体を解き明かし、消し去る日が来たならそれも現実になるかもしれない。自分がここに来たこと自体、お伽話なのだから。そんな夢を見てもいいのかなと思った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3062/浅黄 小夜/女性/16/魔術師(マギステル)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
前回のものに関係する要素をほんのりと入れつつ、
クリムゾンウェストに飛ばされる直前の話なども加え。
小夜ちゃんはやっぱり帰りたい気持ちのほうが強いと
思うんですが、飛ばされてからもコミュニケーション
だったり世界についてだったりの勉強もしていて、
少なからず情もわいちゃっているのかなとも思うので
結構悩ましい感じに書かせていただきました。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2018年11月21日

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