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『夕照の恋人たちへ 』
海原・みなも1252

「ええっ! 今から、ですか!?」

テスト期間の最終日。
早く終わった学校から帰ってひと息ついて、ふと携帯を見ると着信アリと出ていた。
「アトラス編集部」とある。
一瞬、みなもの脳裏を過ぎったのは三下の顏だったが。
『みなもさーん! お願いしますゥゥー!』
はたして、かけなおしてみると案の定、三下からの電話だった。
いまにも泣きそうな情けない声が電話の向こうから聞こえてくる。
『もう〆切なんてとっくに過ぎてましてね、いやもうこんなこと言うのもなんですけど正直デッドラインも超えてまして、もーこんなのみなもさんにしかお願いできなくて』
よほどの危機なのか、早口でまくしたてる三下だ。
「わ、わかりましたから落ち着いてください、で、どういうお話のお手伝いなんですか?」
『それなんですが、カップルに御利益アリと噂の場所があるって話でしてね。なんでもそれはトンネルで、トンネル越しに差し込む夕陽の光を恋人同士が手を繋いで浴びるとふたりは末永く結ばれる、という噂なんです。で、近頃は夕焼けのきれいな日なんかにカップルが殺到するらしいんですよ』
ただですね、みなもさん、と三下は続ける。
『僕、初めはこの話、よくあるジンクスに近い類のものだと思ったんです。飛んでいる飛行機を両手の親指と人差し指で囲んで眺めたら良いことがある、みたいなね。でも、なんだか妙なんですよ。というのは、アトラス編集部に入ってきたこのトンネルにまつわる噂が、今ひとつ話が合わないんです。「綺麗だった」「本当に御利益があった」という、まあ、いわば無難な感想がある一方で、「怖かった」「幽霊を見た」と言っている人がいる。この印象のギャップは何なんだろう、と思いまして…」
「幽霊…。トンネルに出る幽霊の話なんてよく聞きますけど、恋人たちの縁結びとトンネルの幽霊じゃ、ずいぶん…」
『でしょ? 真逆じゃないですか。僕もそこにひっかかったんです。そんなわけで検証も含めて取材を、という企画になったんですけど、でもこれ、恋人たちの前でしか起こらないという話ですから……あの、その、恋人役の女性がいてくださらないと、こう、取材しようにも、方法がなくて、ですね…』
「なるほど…」
『あとですね、特に御利益があるらしい日というのが、一年に一度ちょうどそのトンネルに真直ぐに夕日が差し込む日らしくてですね、その年に一度の日っていうのが――』
受話器の向こうで、スゥ、と息を吸う音が聞こえた、気がした。
『今日なんですー!!』
「今日!? 今日の、日没近くの時間って…」
時計を見るまでもない。
「時間がないじゃないですか! 間に合います!? だったらいっそ碇さんが」
行った方が早いのでは、と言い終える前に、三下の悲鳴が飛んできた。
『碇編集長は鬼と化してますゥー!!』
さきにもまして泣きそうな声だ。
碇は碇で彼女にしかできない仕事が山積みなのだろう。
『三下忠雄! この頼みを叶えて下さるなら神に誓って何でも奢りますので! どうか! なにとぞ! お願い! します!!』
受話器を持ったまま頭を下げている三下の姿が見えるようだった。
通話を切るなり、制服のまま家を出た。
陽はすでに西の端に落ちかけている。オレンジ色に染まり始めた街を、みなもは走りだした。


「無茶言って、こんなに急がせちゃって。すいません。ほんと…」
待ち合わせ場所で落ち合うなり、三下は息を切らしながら頭を下げた。片手のハンカチでしきりに汗を拭いている。たしかにみなもの方も肩で息をしているのに近い。すいませんすいません、と繰り返す三下にみなもは笑いかけた。
「気にしないでくださいな。だって、お手伝いが終わったら奢ってくださるんでしょう」
「あ、ありがとうございますゥゥ…」

件のトンネルは、住宅地を外れた、大きな河川の近くにあった。
苔むした大石を幾重にも積み重ねた――城の石垣のような土台、その横腹をくりぬいたような形でトンネルが黒い口を開けている。しかし短いトンネルだ。光の見える向こう側まで、ほんの数十メートルといったところだろうか。
「古いトンネルですね」
三下が腕を組んで唸る。
「いかにも曰くつきって雰囲気です」
「でも、周り、何もないんですね。変な感じ。三下さん、この上はどうなっているんでしょうか」
回り込んで見つけた斜面からどうにか登ってみたが、石積みトンネルの上には道路も線路も建物も、それらしき跡もなかった。
かわりに、長い年月の間に風が土を運んだのか、それとも昔に人がそうしたものなのか、ちょっとした野原のようになっていた。周りに何もないだけに唐突な風景で、まるで見晴らし台だが、落下防止のためかフェンスで囲まれていて野原に人は立ち入れない。
三下は難しい顔で地図を眺めていたが、首を横に振った。
「ここ二十年分ほど遡って詳細な地図を確認しましたが、何の記載も無いですし、周囲の建物や道路から考えても、何の役目があってこれがここにあるのか…」
ふたりでトンネルの中を二度ばかり往復してみた。所々、染み込んだ雨水なのか、側面から滲みだした水が伝い落ちて地面に水溜まりを作っている。
「古いだけで普通のトンネルといえばトンネルですけど…ううん」
ふと、みなもはトンネルの中、今来た方を振り返った。
「そういえば、ね、三下さん。私たちのほかには誰もいないんですね。今日、なのに」
訪う人の気配がない。
「噂からすれば、一番御利益がある今日この時間にこそ、恋人たちが集まるはずですよね?」
「あ、言われてみれば。今日がその特別な日だと聞いたと思ったんですが…。日を間違えちゃったかなぁ」
ひっそりと静かなトンネルの中で、みなもは側壁に触れた。湿ってザラザラとした肌触りだ。制服の袖や髪や手首を水滴が冷たく濡らす。
(あれ? 今なにか…)
誰かの"思念"のようなものが――?
「おおお、きれいですねぇ…!」
三下の歓声にふりかえると、暗いトンネルの向こう側に、金色に染まった街並みを溶かして夕陽が揺らめていた。
「わあ、きれい…! 遮るものがなくて、本当に真直ぐ差し込んで来るんですね」
「うん、これは噂になるのも道理です」
そう語る三下に頷こうとして、みなもははっとした。
「あっ…!? あたしの手」
光の差す手首のあたりが薄らいでいるように見えたのだ。
まさか。
何度も瞬いた。
(あたしの身体が…)
夕焼けの光に溶けてゆくだなんて。
何を言う間も無く手足の先から順に、膝、肘、腕、と消えてゆく。
霧のようになった自分が、足許から地面に吸い込まれてゆくようだ。そう、自分の影の中に。
抗えない重力に、助けて、と三下に手を伸ばそうとしたが、その手がもう無い。
三下が振り向いた。
「って、へっ!? みなもさんっ!?」
慌てたように見回しはじめた様子からして、三下にもう自分は見えていないのだ。
「みなもさーん…!! みなもさん、どこですかー…!!」
三下の声がトンネルに木霊する。
(あたし、ここです…っ)
しかし、みなもの声は届かない。


凍りついたように立ち尽くす三下の足下には、二人分の影があった。
「これはいったい…」
三下の影はそのままに、みなもが今まで立っていたところには制服姿の影だけが長く伸びている。
――が。
その制服の影が、輪郭が、ゆらゆらと揺らめいて、形を変えはじめた。
見る間にそれはみなものものではない、何者かの影に変じていく。
「なんだって…?」
着物を着た、見知らぬ女の影へと――。




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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【1252 /海原・みなも/女/13/女学生】
【NPCA006/三下・忠雄 /男/23/白王社・月刊アトラス編集部編集員】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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おおおおおおひさしぶりでございます――!
発注を頂いた折に、思わず「ああああお懐かしい!」と声を上げてしまった工藤でした。お元気でいらっしゃいましたでしょうか。またかように発注をくださいまして(おまけノベルの方も)ありがとうございました。
僅かなりともご希望に添えているとよいのですが…。どうぞ、お納めくださいませ。

東京怪談ノベル(シングル) -
工藤彼方 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年11月21日

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