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『穏やかな木陰の夢で 』
神代 誠一ka2086


 静かに、細やかに、風が吹き抜ける。
 大きな大樹の下、生い茂った葉の間から、柔らかく木漏れ日が落ちてくる。
 いつの間にここに来ていたのだろう。
 神代誠一は、ふと考えようとしてそれを放棄した。
 いや、決して悪い意味ではない。
 ただいまはゆったりと、穏やかな時間を過ごしたかった。それだけなのだから。
 耳元を擽る短い若草に思わず笑みを溢す。
 と、ふと足元でもそもそと何かが動いていることに気付く。
 警戒を緩め過ぎていたのだろうか、とも思ったが、多分違う。
 何故ならその気配はとても。とてもよく知ったものだったから。
「ぐまー。あんま若草ばっか食い過ぎるなよー?」
 足元で若草を食んでいたのは誠一にとっての愛兎(と呼ぶには、いささか関係がドライな感じがしなくもないが)(主にぐまの)
 気持ちのいい木陰に、柔らかい若草。
(あぁ……うん……)
 少しずつ微睡む意識に逆らわず、誠一は久方ぶりの穏やかな眠りへと誘われた。


 静かに。足音を立てずにそんな彼の傍にやって来た女性は、声を漏らさず小さく笑う。
 ぐまが顔を上げて鼻をひくりと動かすのを見て、人差し指を口元へ。
「いくら気候が良くったって、服だけでお昼寝なんて。全く自分には無頓着な飼い主さんね?」
 そっとぐまの頭を撫でると持って来ていた大きめのブランケットを静かに広げる。
 眼下で眠る誠一の目の下には、疲れからか眠れていないからなのか、隈が出来ていた。
 ブランケットを彼へとかけると、ぐまは心得たと言わんばかりに彼の腹部に寄り添うようにして丸まる。
 どうやら一緒にお昼寝をしてあげよう。ということらしい。
「…………」
 これは、きっと夢だ。女性には何故か分かっていた。
 だって彼は。セーイチは、彼女の前で眠ってくれたことはない。
 いつだって彼女が眠りにつくのを見守るばかりで。
 彼女――ヴェロニカ・フェッロには、それが少しばかり悲しくて、寂しくて、悔しかった。
 だからこれは、夢だ。
 どちらが見ている夢なのか、それはどちらだっていい。
 そっと、誠一を起こさないようにその髪を撫でる。
 自分の髪質とは違う、少し硬い黒髪。
「いつも有難う、セーイチ。ここでは……せめて、この夢の中だけでは、幸せな眠りを、貴方に」
 微笑み、ヴェロニカはそっと樹の幹に背を預けるようにして座った。
 この夢が終わるまで。この穏やかで幸せな光景を、目に焼き付けるために。


(……せめて、この夢も中だけでは、幸せな眠りを、貴方に)
 柔らかい、声がした。とても暖かい、気配がした。
 例えるなら蜂蜜色。例えるなら空色。例えるなら――。
 自分の腹部辺りでゴソゴソと動き始めた何かにつられる様に、誠一はゆっくりと目を覚ます。
 短い眠りのはずなのに、いつも以上にしっかりと疲れが取れた様な気がして、誠一は勢いをつけて体を起こした。
 バサリ、その体からブランケットが落ちていく。
「ん……?ブランケット?いつの間にこんな……」
 腹の辺りにいた犯人、ぐまはぐーっと伸びをすると、ぴょんと跳ねつつ誠一から離れていく。
 それを目で追いかけて、誠一は目を丸くした。
 くるりと一瞬だけ振り返ったぐまの目が、どこかじとりと呆れたように見えたのは気のせいだろうか。
「……ヴェラ?」
 木の幹に寄りかかって眠っていたのは、ヴェロニカだった。
 推察するに、誠一にブランケットをかけた後、彼女はそこでゆっくり寛いでいた。そして、寝落ちた。
 ……いや、推察するまでもなかった。うん。
 ヴェロニカの元へと跳ねていったぐまが、たしんっと足を鳴らす。
 これは恐らく、いや恐らくじゃなくても「はやくそれもってこい」の催促だ。ぐまこわい。
 ブランケットを手に、足音を消して歩み寄る。
 木漏れ日が彼女の飴色の髪に落ちて、優しい光を放っている。
 閉じられた瞳の奥は空色を閉じ込めているが、開いている時はとても目まぐるしく表情が変わるのから、見ていて楽しくて仕方がない。
 小さな寝息を立てるヴェロニカを起こすのも忍びない。
 手にしたブランケットを起こさぬようにかけて、誠一は笑う。
 こんなにもゆったりとした時間を過ごしたのは、どれくらいぶりだろう。
 そう、例えこれが――これが?


 ふと、誠一は目を覚ます。
 そこは自宅代わりにしている湖畔に建つログハウス風の小さな家の、自分の部屋。
 どうやら書類を枕に転寝してしまっていたらしい。
 足元ではぐまがもごもごガサガサと音を立てて何かを――。
「あああぐまああああ!それ手に入れるのに苦労した資料うううう!!!」
 やめて!かえして!食べないでくれ頼むから!
 慌てて取り上げると、書類はよれて端が欠けている程度だった。
 ほっと息を吐き、そこでふと誠一は気づく。
 机にうつぶせになって寝ていた割に、疲れが取れている。
 いや、体というか、首はバキバキだが。
 少しだけ、いや大分心が軽くなったような、そんな気がしたのだ。
 何か、夢を見たのだろうか。穏やかで、幸せな夢を。
「……よし、もう少しだけやるか」
 大きく伸びをしてから、誠一は机の上の書類へと手を伸ばすのだった。


(了)
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【ka2086/神代 誠一/男性/32歳/疾影士】
【kz0147/ヴェロニカ・フェッロ/女性/23歳/絵本作家】
【特別ゲスト/ぐま/若草リボンのイカしたうさぎ】
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2018年11月21日

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