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『そこにもう月は無く 』
バルタサール・デル・レイaa4199)&紫苑aa4199hero001

「ねえ、僕を映画館に連れて行く気はない?」
 唐突な紫苑の言葉を聞き、バルタサールは新聞に落としていた視線をこちらに向けた。表面上は無表情を貫いているものの、紫苑には面倒くさい、と書かれているようにも見える。知り合ったばかりの頃こそ、薄っぺらな優しさで紫苑の我が儘を大抵飲み込んできた彼だが、付き合いが長くなってくると良くも悪くも気心が知れるもので。今ではシンプルに利害関係だと割り切っている節がある。だからといって嫌われているわけではないが、それは紫苑にとってはどちらでもいいことだ。相手を利用しているのは自分も同じ。それに、彼のもう一人の英雄と比べればまだ扱いやすいほうだろう。
「――誓約、忘れたわけじゃないよね?」
 紫苑がそう言ってしまえば彼は聞かざるを得ない。バルタサールが心から望んでいる数少ないものが力だ。そして、能力者である彼が手っ取り早く力を得る方法が、紫苑のような異世界の住人――英雄との誓約。二人と交わしても単純に力が乗算されるわけではないが、タイプの違う相手と組めば戦力の幅が広がる。これは、能力者と英雄に限った話ではないが。後は非人道的な言い方をするなら替えがきく、というメリットもある。紫苑とて誓約が無ければ消えてしまう儚い存在でしかないが、趣味じゃない行為をしてまで生きたいとも思わなかった。
 バルタサールはほんの僅かに逡巡する素振りを見せた後、腕時計で現在時刻を確認し新聞を置き、最後に咥えていた煙草を灰皿に押し付けて立ち上がった。
「……言っておくが、何を上映してるかまでは把握してねえぞ」
「うんうん、分かってるよ」
 紫苑がにこやかに言ってみせれば彼は物言いたげにこちらを見返したが、それ以上は何も言わずに扉の方へと歩き出した。紫苑も黙ってその後ろをついていく。沈む夕陽が二人を橙色に染める。紫苑も特別見たい作品があって言ったわけではないし、最悪子供向けの映画でも構わなかった。それならそれでバルタサールの反応を見るのが楽しみだからだ。その場合は当然、逃げ出さないようにちゃんと見ておかないといけない。
 まくった袖の先からタトゥーが見える強面の壮年男性であるバルタサールと、一人で歩けば道行く女性がみな振り返るような若い美形の男性である紫苑。自分たちのことを周辺住民は一体どういう関係だと思っているのだろうか。もっとも、額から伸びる一本角を隠していないので間違っても血縁関係とは思われない筈だ。能力者と英雄だと一目で分かるだろうが、人間関係としてはどうだろう。もしこれで仲良く見えているのなら、それは酷く滑稽なことだと思う。
 バルタサールが運転する車に乗って数十分、紫苑の映画への興味が薄れてきた頃になって、ようやく目的地へと到着した。元々いた世界には存在しないものだから、一度は試してみたいと思っていた。紫苑がラインナップを確認している後ろではバルタサールがまるで別々にやってきた客のように違う方を向いている。それはそれで都合がいいと、紫苑は有無を言わさず決めてしまうことにした。手招きで彼を呼び寄せて、一つのポスターを指し示す。バルタサールはサングラスの位置を直すと「分かった」とだけ言ってチケットを買いに行ったが、何も思っていない筈がないだろう、と紫苑は確信した。お互いに腹を割って過去を話したことはないが、それでも関係があると察していることもある。

 途中からだぞ、というバルタサールの言葉通り、二人がシアターに入った時にはもう随分と話が進行しているようだった。映画のジャンルのせいかそもそも映画館自体下火なのか、広い室内のほとんどが空席で、紫苑が中央の席に座るとバルタサールもその数席隣にどかりと腰を下ろした。咎める者はいない。もしいたとしても、彼の顔を見た瞬間怯むだろうが。
 臨場感のある銃声が鳴り響いた。スクリーンに映ったバルタサールと年齢が同程度、外見もかなり大まかに括れば似ている男が発砲した音だ。そのまま撃ち殺し損ねた性別も不明の謎の存在に対して怒声を浴びせかける。その内容から分かったのは男――おそらく主人公だろう――はマフィアで、ボスの密命で内部にいる裏切り者を探していたこと。対峙した相手がその裏切り者だったが、敵対組織に協力しているというわけでもなく言うなれば薬漬けの快楽殺人者だったこと。そして主人公の動向に気付くと彼の家族に目を付け、妻や子供、彼女らを見守っていた友人まで殺害したこと――。
 バルタサールが能力者としてH.O.P.E.に所属する前に何をしていたのか、紫苑は知らない。ただ、決して真っ当な職には就いていなかっただろうし彼から同類の匂いがするのは確かだ。
 平気な顔でスクリーンを見つめているバルタサールのサングラスを剥ぎ、どんな目をしているのか見てみたい。けれど、紫苑の目的はあくまでも観察だ。本音を暴きたい欲求はすぐに霧消し、微笑を浮かべると正面へと向き直った。

 ◆◇◆

 初めて紫苑を見た時の感想は、分かりやすい英雄だな、だった。麻薬カルテルという裏社会の中でも闇の深い場所で、常に身内が警察官に情報を売る可能性も考慮しながら生きてきたバルタサールだ、己の思惑を隠し、相手の意図を読むことは人より得意だが、紫苑についてはそれなりの付き合いとなった今でも読み切れない。そうではなく、彼の容姿――その美しいと評されるであろう顔面についた角が、分かりやすく異世界人であることを主張していた。自身の過去を覚えているのかいないのか、それでも実体を持たないというのは本能的に危機感を煽るものだと思うが、紫苑は女が見れば黄色い声をあげるだろう微笑みを浮かべ、バルタサールを見ても怖がる素振りひとつ見せずに状況説明を求めてきた。この時はそれなりに友好的だがあまり干渉してくるタイプでもないだろうと、誓約を交わすには最適の相手だと思っていた。彼の提案した誓約内容が“退屈させないこと”だった時点で、振り回されることは目に見えていた気もする。もっとも、ろくに家にすら帰ってこないもう一人と比べればまだマシな部類だが。
 そうして紫苑自身が物事を楽しむというより、突拍子もない提案でも受けざるを得ないバルタサールを見て面白がっている、といった形で誓約は履行され続けているわけだが、今までの経験を考えると映画は相当に楽な方だ。じっとこちらを値踏みするような視線はあるものの、映画という娯楽に興味があるのも全くの嘘ではないようでスクリーンのほうを見ていることも多い。元々多くはないが詮索や嫌味もなく、紫苑と一緒にいるにしては平穏極まりなかった。
 人当たりのいい悪人こそ真に警戒すべき者だ。そんなバルタサールの経験則の真逆を行くように、映画内では怒りや哀しみを剥き出しにした派手な演技が展開されている。見始めた時に目立っていた中年男は裏切り者の手によって半死半生の状態に追いやられ、今は彼の気まぐれで助けられた水商売の若い男が中年男の相棒に頼み込んで裏切り者を追う、といった流れだ。芸能関係には疎いので名前も顔も分からないが、少し離れた席で座って見ている紫苑と同様に恵まれた容姿をした役者だなと漫然と思う。演じている役のように、大企業の女社長に気に入られていてもおかしくはない。中年男の相棒を説得する際に孤児の自分を助けてくれて、などと、分かりやすく自分の悲劇性を語っていたのがどうにもチープだ。フィクションなんて得てしてそういうものなのかもしれないが。
 結局、若い男はマフィアの連中と協力して裏切り者を始末するが中年男は死亡し、恩義のある彼の意思を継いで組織へ仲間入りを果たすというところで話は終わった。バルタサールの斜め前方に座っていた男がこの映画のファンのようでスタッフロールの最中、隣にいる物好きな女に対してあの描写の意図がどうこう、続編の撮影が云々と講釈をたれていたのが何となく耳に入る。まさか最初から見直すと言い出さないだろうかと懸念していたが、全く関係ない映画の予告編が始まると紫苑は立ち上がり、それに合わせてバルタサールも立って彼の後を追った。
「……なあ、面白かったか?」
 ロビーに出た後、今後も彼が利用したがりそうか気になってそう声をかける。前を歩いていた紫苑がくるりと振り返った。容貌がいい上に平安貴族的な装束を身にまとっている為、まるでスクリーンの中から出てきたかのようだ。彼はしばしの沈黙を挟み、
「次はきみも楽しめるように、子供向けの楽しい映画にしようかな?」
 と言って着物の袖で口元を隠した。答えははぐらかしたが、細めた目が何か収穫があったと物語っている。それともバルタサールが中年男の境遇に思う所があったように、紫苑もあの若い男にでも何か感じるものがあったのだろうか。似ているのは女受けのいい容姿くらいのものだが。
「他にやりたい事があるなら、今のうちにやっとけ。そう頻繁には来れねえからな」
「彼女のお陰でお金の使い道は山ほどあるしね」
 紫苑は妙に楽しそうだ。昔はともかく、現在のバルタサールに金への執着はない。己の目的を果たす為に利用出来るものは何でも利用するだけ。金銭もその一手段に過ぎない。――それにしてもやはり彼女の場合、成果と報酬が釣り合っていないが。誓約を違えることなどいつでも出来ると思いながら、気付けばそれなりの時が経過している。
「……まあ、いいや。音がうるさくて結構疲れたし。帰って早寝することにするよ」
「いいんだな」
 念押しすれば素直に頷いたので、駐車場へ戻ることにした。珍しく隣に並んだ紫苑がこちらを覗き込むようにしてこう言ってくる。
「ねえ、次の仕事が終わったらどこへ連れて行ってくれる?」
「……おまえの好きにしろ」
「うん、そうしよう」
 楽しげな紫苑を一瞥し、バルタサールは車へと乗り込んだ。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4199/バルタサール・デル・レイ/男性/48/人間】
【aa4199hero001/紫苑/男性/24/ジャックポット】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
最初にプロフィールを見た時は自分にこのアダルトな二人が
書けるのだろうかと不安に思いましたが、
気が付けばかなりノリノリな感じで書かせていただきました。
二人のイメージと違ってなければいいのですが……。
単純な好意ではないけど完全に冷え切ったわけでもない、
そんな微妙で複雑な雰囲気が出ていればなあと思います。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年11月22日

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