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『当然 』
リィェン・ユーaa0208

 すっ。
 丹田へ落とし込み、押し固めた吸気に“気”を灯して功と化す。
 ふっ。
 体内に巡らせた気の抜け殻である呼気を吹き捨てる。
 まるで、きみの銃から吐き出される薬莢だな。
 ――思いついてしまった言葉が集中を乱し、套路(とうろ)に乗せていた体を揺らがせた。
「なにしてるんだ、俺は」
 腰に手をあて、やれやれ。据えていた腰を引き起こしたリィェン・ユーは、自らの有様に苦笑する。
 思春期な男子でもあるまいに、なにもないところに惚れた女の影を幻(み)るとは。
 しかし、苦笑を払うようにかぶりを振って。
 いや、結局はそういうことか。俺は“あのとき”に留まったまま、一歩だって踏み出せていないわけだ。

 初めてあの少女と出逢ったとき、その姿に光を見いだした。
 それがあまりにまぶしくて、美しくて、リィェンはその光ある世界を目ざした。
 しかしながら、たどりついた先で彼がなにをしているかといえば、相も変わらず彼女を見つめて立ち尽くすばかりのことで。
 ……彼女のため武の鬼になると誓った。
 その心に偽りはないが、結局のところそれは欺瞞ではないのか。人として、男として支えるのではなく、彼女にとって都合のいいものへと変じてまでそのそばに在ろうとしている己は。
 浅ましいな、俺は。そう自嘲して、さらに考える。
 ならば、俺が俺の浅ましさを踏み越えるにはなにが要る?
 それは考えるまでもないことだ。
 踏み出し、踏みしだき、踏み越える。
 今、自分の正義の価値を見失い、懊悩のただ中でもがいている彼女に道を拓くがため、闇さながらの体と悪夢さながらの拳を備えたあのボクサーを打ち、討つのだ。
 俺は武辺だ。まっすぐ突っ込んでいくことしかできん。しかし、それでいい。それがいい。きみっていう光が伸びる先を曲げるようなことはしたくないから。
 イギリスで生まれ、白い肌の父を持つ彼女が肌を小麦に焼いている理由は、自分が全人類の“ヒロイン”であることを示すためだ。
 それをすることで彼女がなにを代償として叩きつけられたことか、リィェンは知っている。だからこそ、その意志をもって踏み出された足に価値があるのだとも。
 きみの正義はけして父親からもらったものじゃない。血を流しながら、それでも高くきみが掲げた正義の価値は、悪を気取るばかりの輩に穢されていいものじゃないんだ。

 リィェンは呼吸を整え、腰を据えた。
 目の前に討つべきボクサーを想像し、対する。
 厄介なのは蛇さながらに鎌首をもたげた左拳だ。しなやかに打ち下ろされるジャブで弾かれれば、どれほど首を鍛えていようが容易く脳を揺らされ、意識を飛ばされる。そうなれば、続く右拳を避ける術はなく、命を刈り取られるばかりだ。
 リーチの差は覆せん。おそらくは先手を取ることもかなうまい。仮に先手を取れたところで、あのカウンターが待っている。まったく、どうしようもないな。
 が、つけいる隙がないわけじゃない。脚だ。拳に命を吹き込むには前へ踏み込む必要があるのは変わらない。そしてボクサーは上体の攻防に特化している。
 据えた腰からまずは前蹴りを放ち、その蹴り足を踏み下ろした反動で肘を上へ突き上げた。蹴りで牽制、そこから踏み込んで、打ち下ろされてくるだろう拳を下から払う動きだ。
 さらに上体を横へひねりながら逆の掌打を突き出しておいて、逆へひねって肩を前へ。同時に横から足裏による足払いを引っかけながら、大きく全身を回して体当たり。あの男のリーチの長さは圧倒的だが、逆に懐へ潜ってしまえば打てる手は大きく損なわれる。突き込みながらショルダーブロック、相手の拳が当たった反動を利してさらに蹴り、当たろうと当たるまいと回転で間合を詰めながら体当たりで決める。
 当然、思い描いたとおりには行くまい。しかし、まっすぐに突き抜けるという意志だけは捨てない。その一歩を為すがためにこそ、千の技と万の業(わざ)とを尽くすのだ。
 ――最後はこいつでなくちゃな。
 強く震脚、発勁の掌打を打ち込んで、勁を握り込んだ拳打へ繋ぐ。その勢いのままに体を前へ、畳んだ肘で勁を決めた。
 これこそはリィェンという武人を象徴する三連勁。
 いや、武人以前のリィェン・ユーを表わす“前進”だ。

 きみは俺があるべき俺の姿を照らして見せてくれる光だ。
 言葉にできるかは自信がないが、せめてこの俺をもって伝えるよ。
 きみの手が引き上げてくれたからこそ、この世界に俺は在る。
 きみの正義に守られていればこそ、この世界が俺の、唯一無二の場所になった。
 そんなきみが迷いの底にあるなら、今度は俺がきみに伸べる。きみに救われた俺の手で、きみがあるべき場所へ。
 こんなものは誓いじゃない。ただの当然だ。
 だから行こう。あたりまえにまっすぐと。光とは光るものなんだ――まったくもって当然のことを伝えるために。
 果たして踏み出したリィェンの足はなにより強く、そしてなにより重かった。


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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
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2018年11月22日

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