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『引きこもりたい忍者』
不知火 轍aa1641


 名乗り口上でも考えておくべきだったか、と不知火轍は思わなくもなかった。
 キャットウォーク上でまごまごしている間に、全員の視線が自分に集中していた。
 頭を掻きながら、とりあえず挨拶をしてみる。
「……どうも、不知火轍と言います」
「何だ、てめえ……」
 男たちが、剣呑な声を発した。
「こんな夜中に、廃墟探検か? おい」
「……確かに、いい感じの廃工場だよね」
 轍は見回した。
「……廃墟の好きな人たちの気持ち、何となくはわかるかな。それにしても」
 廃工場に集まっている男たちを、キャットウォークから見下ろしてみる。
「……あんた方は廃墟探検、じゃあないよね。当たり、って事でいいのかなあ」
「てめえ……まさか」
「……多分そのまさかだと思う。はい、H.O.P.E.から来ました」
 轍は言った。
「……いけない商品を売り買いしてる人たちが、いるって言うから」
 この男たちの、何人かは売る側、何人かは買う客、その他の大勢は用心棒か兵隊といったところであろう。
 その兵隊たちが、懐から拳銃を取り出している。
 芸がない、と轍は思った。わかりやすい、とも言える。
 ここで轍の口を封じる。自分たちが悪事を働いている、と認めたようなものだ。
「……めんどいなあ。帰りたい。でもまあ大人しく帰らせてもらえるわけもなし」
 言葉通りと言うべきか、男たちが容赦なく発砲を開始していた。キャットウォークの手摺から、跳弾の火花が散る。
 その手摺をまたいで、轍は飛び降りていた。
 飛び降りながら、空中で細身を翻す。
 ひょろ長い脚が、超高速でいくつもの弧を描く。回し蹴り、後ろ回し蹴り、踵落とし、旋風脚。
 縦横無尽の蹴りが、男たちを吹っ飛ばす。
「てめえ、どうやってここを突き止めやがった!」
 まだ大量にいる兵隊たちが、至近距離から拳銃をぶっ放そうとする。
 そこへ轍は、鞘を被せたままの忍者刀を叩き付けた。斬撃ではなく殴打、とは言え当て方次第では頭蓋を叩き割るくらいの事は出来る。
「……ハッキング……ってほど、大したもんじゃないけどね」
 そこまではせず轍は、殴り飛ばすにとどめておいた。
 殴り飛ばされる兵隊に荒事を押し付けたまま、何人かの男たちが右往左往し、逃走の機会を窺っている。
 彼らの手にしているトランクの中身が、売買の品だ。麻薬か、武器か。
 とにかく、その類のものを買い求める際には当然、隠語を用いる事になる。何の変哲もないネット上の商談で「アイスクリーム」や「チョコレート」を注文するのだ。
 売り手と買い手の、そんなやり取りの中から、こうして取引の行われる場所を割り出す。
 ネット三昧の日々を送っていれば、まあ自然に身に付くスキルではある。
「……別に、引きこもってるわけじゃあないけどね。ああでも、引きこもれるもんなら引きこもりたいなー」
 呟きながら、轍は鞘入りの忍者刀を振るい、男たちの手から拳銃を叩き落とした。
 何とか拳銃を拾おうとする者、ナイフを抜く者、様々である。
 その全員に、轍は蹴りを叩き込んだ。細長い脚が、鞭のようにしなって男たちを打ち据え吹っ飛ばす。
「……働きたくないでござる。ちょっと忍者っぽく言ってみました」
 轍は跳躍した。そして、逃げようとしていた男たちの眼前に着地する。
「ま、待て! わかった俺たちの負けだ、こいつは持って行ってくれ」
 そんな言葉と共に差し出されたトランクを、轍は忍者刀で叩き壊した。
 中身が、工場の床にぶちまけられた。
 何やら白い粉末状のものを内包した、小袋。それが散乱している。
 轍は、とりあえず訊いた。
「……小麦粉、じゃないよね? もちろん」
「そのまま鼻から吸ってもいいし、巻いてタバコにしちまってもイケるぜ。錠剤に加工する事も出来る。のど飴みてえによ、お手軽にしゃぶってイイ気持ちになれるのよ」
 男が、下卑た笑みを浮かべる。
「……こんだけの上物、手に入るのは俺らのルートだけだ。あんたもよ、こんな正義の味方ごっこ続けるよりずっと儲かるぜ? 俺たちの兵隊になれよ」
 その顔面に、轍は忍者刀を叩き込んだ。無論、鞘は被せたままだ。
「……頼むよ。僕に、こいつを抜かせないでくれ」
 鼻血を噴いて悶絶する男に、声を投げる。
「……忍者だのアサシンだので、敵の首を刎ねまくる。そんなのネットゲーの中だけにしたいから、さ」
 

 登場人物一覧
【aa1641/不知火・轍/男/外見年齢21/生命適性】
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2018年11月22日

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