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『11月の直会 』
天城 初春aa5268

 関東某所、某山の奥深くに真月稲荷神社はある。
 名のとおり稲荷を奉るこの神社、訪れる参拝客は希だ。なにせ道行が険しすぎる。普通の人間であれば急ぎ足で数時間。最低でもガチ登山装備で固めてくる必要がある。
 そんな環境だからこそ、天城 初春の日々は穏やかで快い。
 ここならば、わずらわしいばかりの縁者が乗り込んでくることなく、縁を辿り来る愛しき人々ばかりを迎えることができるのだから。

「ふう」
 初春は落ち葉を掃いていた竹箒を杖代わり、かがめていた背を伸ばした。
 小さな体を包む巫女装束は衣ばかりか袴までもが黒。襦袢は掛襟と同じ赤でそろえられ、本来あるべき白は足袋に見られるばかりである。
 その異装を見るに、この神社の成り立ちはただならぬものであるようだったが。
「掃いても掃いてもキリがないのう」
 当の巫女はなにを気負う様子も隠す体もなく、のんびりと青い空を見上げて苦笑した。
 こなさなければならない社務こそ微少だが、この地で生きるとなればそれなり以上にいそがしくなる。こうして社を保ち、火を熾す薪を割り、食卓を彩る野草や魚を狩り……甘酒用の麹を仕込むため、山を駆け下りて町へ向かう必要だってある。
 やれやれ、生きるとはかくも面倒なことじゃ。
 六歳児にしては少々穿ちすぎた達観を胸中で唱え、初春は掃きためた落ち葉の中から焚きつけにする用の乾いたものを拾って袋に詰めていく。
 今日は午後から小さな祭があり、夜には直会――なおらい。神饌(神へ捧げた食材、食品)をいただく神事である――が催される。それまでに諸々の準備を整えておかなければ。面倒なことこの上ないが。
 ま、面倒の内に愉しみあればこそ、人は日々の面倒を全うできるというものよな。

 祭を前に、氏子たちが鳥居をくぐって集まり来たる。その身なりは当然、登山装備だ。
 総代(氏子の代表者)が神主である祖父となにやら話し込んでいる中、初春は英雄たちが案内してきた氏子たちへ甘酒を配っていた。
「ようお越しくださいましたのじゃ。甘酒でお腹をあたためてくだされ」
本来であれば人々を迎えるのも巫女たる彼女の役割なのだが、この甘酒だけは英雄たちに触らせられない。取り違えられたら大変なことになるからだ。
「11月の海老は活きがいいそうですね」
 ふと、声をかけてきた男がいた。
 氏子ではない。が、祭には捧げ物さえ携えてくれば誰でも参加が許されるもの。一部の神社マニアやなにかしらの縁ある者が訪れることもなくはない。
 初春は甘酒へ、小さなタッパーに収めてあった茗荷を散らして渡した。
「薄味ですので、お口に合いますかどうかわかりませんがの」
 一気に飲み干した男は熱かったのか、眉間に「くぅー」と皺を刻み、口の端を吊り上げる。
「確かに効いています。ああ、待ち遠しいですね……ナオライが」
「神よりのいただきものですからの。ご存分に舌鼓を打たれてくだされ」
 男と笑みを交わし、初春はいそいそと作業へ戻った。

 かくて祭が開始し、祖父の祝詞が奏上された後、初春による巫女舞が披露された。
 英雄の神楽歌を鈴の音で刻んで右へ回り、左へ回りを繰り返す。その順逆双方は彼女という殻から“初春”を追い出していき、ついには空とした。
 来る。まわりで見ていた人々が息を飲む。
 一対の回転を終えた初春がふと跳ね、地を踏んだその瞬間――どん。その軽く小さな体で為せようはずのない重い足音が、冷えた空気を低く轟かせた。
 跳躍とは、巫女の自我とその身にまとわりついた穢れを振り落とし、天へ近づくものであり、そうして近づいた“空(から)”にこそ神は降りるのだ。
 果たして神を宿した足は地の下にはびこる荒神を踏み鎮め、この世界に祝いをもたらす。

「いい祭でしたな!」
 祭の最後を飾る直会、氏子たちが祖父へ酒精に染まった声音を投げた。
 しかし、彼らの世話をしているのは英雄たちばかりで、初春の姿はない。そう、彼女は彼女自身と一部の者たちのためだけの直会へ向かっていたから。
「兄様方と姉様方、わしらの直会を始めましょうぞ」
 境内の端で輪を作り、初春と共に焚き火を囲む人々が一斉にうなずいた。
 見る者が見ればすぐに知れたことだろう。彼らが一様に超ハイレベルリンカーであり、H.O.P.E.の内で“酔人”と呼ばれる超問題集団であることが。
「今夜は……最高のナオライになる」
 彼らが示した神饌は、調理の全行程を“テ”の主が担った料理の数々である。
 これらをひとつところへ集めるため、インポッシブルなミッションが繰り広げられた。それには当然、初春自身も参加している。互助会の監視網をくぐり抜け、さらにはこの神社へと導いたのは、すべて彼女の尽力あってのものだった。
「では、天獄で!」
 初春は麹の仕込みから“テ”で担われた甘酒を呷り、海老反った。
 せっかく清めた土にどうにもならない穢れを叩き込みつつ、彼女は思うのだ。
 面倒も営みも祭も、全部まとめてこの一瞬のためにあるんじゃよほほほおお!!


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【天城 初春(aa5268) / 女性 / 6歳 / 鎮魂の巫女】
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2018年11月26日

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