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『ふたつの顔を持つきみと 』
アーク・フォーサイスka6568

 ――いつからこんなに欲張りになったんだろうと、自分自身に驚く時がある。
 心交わせたことが嬉しくて、想い想われているその事実だけで、この身体はくまなく満たされていたのに。




 広場には出立を前に張り詰めた様子の龍騎士達がいた。吹き荒ぶ粉雪に目を眇めることもなく、相棒の飛龍を従え立ち並ぶ様は壮観だ。
 目当ての人物はすぐに見つかった。

「事は急を要します。機動力の高い数名で先行し……」

 乱れた雪色の髪の奥の碧い双眸、そこに灯るのは穏やかな光ではなく密やかな闘志。
 踏み出すことを躊躇ったアーク・フォーサイスは、その場に佇み白い吐息を吐いた。
 彼が龍騎士達を率いる隊長であることは、初めて会った時から分かっていたけれど。

(こうして見ると、改めて……"隊長"なんだなぁ)

 近頃アークが思い出す彼と言えば、"隊長"ではなくプライベートな時間に見せる"シャンカラ"その人になっていた。
 目を細めてこちらを見下ろす笑顔。アークを見つけそれはそれは嬉しそうに駆けて来る大型犬のような人懐こさ。距離感が近く案外触れたがりなところ。――そして、ふたりきりの時に覗かす微熱混じりの眼差し。
 思い出すだけで頬が火照ってしまいそうで、アークは今の彼に意識を向けた。

(会う約束はできなかったけれど……顔が見れて、嬉しい。声も聞けたし、怪我とかもしてないみたいだ。……でも、)

"でも?"

 思いかけたことに首を傾げ、胸に手を当てる。

 約束ができなかったのは、急に顔が見たくて堪らなくなったからだ。気付けば聖罰刃と上着を携え転移門を潜っていた。
 警邏や会議中などで、遠目で見ることすら叶わない可能性は当然あった。現にあと少し来るのが遅ければ、彼らはもう出立していただろう。

 元気そうな姿が見られただけで充分――その瞳が自分に向けられることはなくても。
 焦がれた声を耳にできただけで充分――語りかける相手が別の人達だったとしても。

(なのに……)

 疼きを訴える胸を押さえつける。と、

「アークさん?」

 不意に名を呼ばれ、弾かれたように顔を上げた。アークに気付いた彼が足早に歩み寄って来る。

「何か御用でしょうか?」

 粉雪越しに尋ねる彼は、あくまで隊長らしく毅然とした態度で。そのことに何故かしらまた胸が疼いたけれど、彼の向こうに怪訝そうにこちらを見ている龍騎士達が見え、アークも"ハンター"としての顔を取り繕った。

「何かあったみたいだね……俺にできることがあるなら、手伝わせてもらえないかな」

 けれどすぐに別の龍騎士がかぶりを振る。

「ハンターさん。折角ですが、これから向かうのは大型の雑魔が目撃された場所で、」
「いえ、是非同行して頂きましょう」

 それに対し即座に反応したのはシャンカラだった。彼はアークを整列した龍騎士達の前へ連れ出し、

「こちらのアークさんは、ソサエティでも指折りの舞刀士でいらっしゃいます。実力は僕が保証します。良い技術交流にもなるでしょう」

 隊長がそう言うならと龍騎士達は飛龍へ跨っていく。アークはこっそり彼の外套を引いた。

「そんなにハードル上げなくたって、」
「いえ、僕は仲間に嘘は言いませんよ」

 耳打ちしてきた顔の近さに心臓が飛び跳ねそうになったが、告げたその顔が相変わらず"隊長"のそれだったことに、落胆に似た息苦しさを覚える。

(……今は任務中なんだから当然のこと。俺も気持ちを切り替えないと)

 気合いを入れるアークを他所に、シャンカラは自らの飛龍に二人乗り用の鞍を手早く着けていく。次々に飛び立っていく龍騎士達の中、それを見咎めたダルマが声をかけた。

「隊長殿ォ、手隙の飛龍が龍舎にいるぜ? 貸してやったらどうだ?」
「今回は遠駆けになるので。アークさんに負担をかけてはいけませんから」

 するとダルマは何か察したようにニヤリと笑い飛び立っていった。

「?」

 不思議に思い首を傾げていたが、

「さあ、僕達も急ぎましょう」

 準備を終えた彼に促され、飛龍の背へお邪魔した。




(……ち、近い……というかこれは、意識するなと言う方が……)

 龍園を飛び立ったあとも、アークはしばらく顔を上げられずにいた。吹きつける粉雪のせいではない。鞍の前方に座らされ、後方の彼が手綱を取ってくれているのだが、そのせいで背中からすっぽり抱きすくめられる格好になっているのだ。
 背に当たる胸は鎧を纏っていて、温もりこそ感じられないけれど。

「これだときみが身動き取りづらくないかな? 俺が後ろの方が、」
「大きな僕が前にいたら、アークさんが視界を確保できなくなってしまうでしょう?」
「そうだけど」

 自分だけが意識しているようで堪らなく気恥ずかしい。軽く頭を振り、剣士としての自分を奮い立たせる。

「大型の雑魔って話だったよね」
「はい。西の海岸付近で雑魔化した鯨が目撃されました。食料が少ないこの時期に漁に出られないのは、龍園にとって死活問題です」
「なら急いで討伐しないとね」

 しばらく行くと海が見えてきた。先行した龍騎士達が沖の方で飛龍を旋回させている。見ればその下、海面におぞましい化け鯨の背が浮かんでいた。
 それを目にした途端、アークの身体に一本の芯が通っていく。胸を煩わせていた様々な葛藤は瞬く間に失せ、金の瞳に剣士としての闘志だけが残る。研ぎ澄まされていく感覚を心地良く感じていると、龍騎士達へシャンカラが声を張った。

「潜られてしまえば手を出せなくなります、射手は阻害術を切らさぬように。攻撃の手は緩めず全力で当たってください」
「それなら、」

 アークはすらりと聖罰刃を抜き放つ。白刃が曇天の許眩く煌めいた。

「俺が桜花爛漫で敵の抵抗と回避力を下げよう。そのまま斬り込む。どう?」

 好戦的に転じた口調に、彼はかすかに目を瞠る。けれどそれも一瞬のこと。すぐに口の端を持ち上げると、

「合わせます。僕達が狙うは群れの頭目、良いですね? ――行きましょう」

 彼が手綱を捌くや、飛龍は頭を下にし一気に降下していく。舞い散る雪片が頬を打つも、戦闘の高揚感、信頼する相手と共に駆ける歓びに逸る胸は、痛みも怖れも感じない。
 聖罰刃が閃くや、粉雪よりもなお激しく、薄紅の桜吹雪が吹き荒れた。




 そうして無事討伐を終えた龍騎士達は、そのまま警邏に向かうべく飛び去っていく。タフだなと感心していると、先行くダルマをシャンカラが呼び止めた。

「仲間がいないか見回ってから行きます」

 またダルマは意味ありげに片眉を跳ね上げ、「ご随意に」とだけ言い残し去った。と、左肩がずしりと重くなる。慌てて振り向けば、シャンカラがぐったりと肩に顎をもたせかけていた。

「もう……突然いらっしゃるなんてびっくりしましたよ! その上同行したいだなんて……アークさんの腕は信頼してますけど、僕の心臓が持ちません」

 そうボヤく彼の顔は、すっかりアークの親しんだものに変わっていて。ホッと気が緩むと同時に、胸の疼きが融解していくのを感じつつ苦笑する。

「ごめん、急に……迷惑だった?」
「そうではなくて」

 彼はむにむにと自分の頬を擦った。

「急だろうと何だろうと、アークさんに会えたら嬉しいに決まってるでしょう? 僕、ちゃんとできてました? ニヤけたりしてませんでした?」

 そんな彼に思わず吹き出し、もたれてくる胸を肘で小突く。

「ちゃんと"隊長"してたよ。……ちょっと憎たらしくなるくらいに、ね」
「え?」
「何でもないよ」

 アークの呟きは、降りしきる粉雪に掻き消された。





━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka6568/アーク・フォーサイス/男性/17歳/決意は刃と共に】
ゲストNPC
【kz0226/シャンカラ/男性/25歳/龍騎士隊隊長】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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龍騎士隊の任務に初めて同行するアークさんのお話、お届けします。
隊長でなくとも、ハンターでなくとも、人は皆色々な"顔"を持っているのでしょうけれど。
その狭間でもやもやしたり、ギャップに驚いたりというのは、ある程度親しくなったからこそぶつかる悩みなのかもしれないなと思いながら書かせていただきました。
イメージと違う等ありましたら、お気軽にリテイクをお申し付けください。

この度はご用命下さりありがとうございました!
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2018年11月26日

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