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『永遠に孕む命 』
満月・美華8686

 あぁ、なんて愛しいのでしょう。

 満月・美華(8686)が、長い金髪をサラリと揺らし、碧眼の瞳に優しい光を宿して膨らんだ腹部を慈しむように撫でる。
 隣には、お腹の中の父親であろう旦那様が、嬉しそうに声を掛けながらお腹に耳を当てて確認する。

 それは理想的な姿なのだろうがーー……

 現実は違った

 屋敷の奥にある美華の部屋で、ゴーレムメイドがガチャリとドアノブを捻り、開くと部屋の半分を占める程に大きくなった腹部。
 ギシギシ、とベッドが軋む音ともに体を、否、肉の塊を抱えて上半身を起こす。
「ぜぇ……はぁ……ふぅ……っ」
 体を起こすだけで美華は、猛ダッシュした後のように苦しそうに息をする。
 ガラガラと、食事が乗ったサービスワゴンをゴーレムメイドは、主の前に置くと1歩後ろに下がる。
 動けない体を動かさないのに胃は、食べろと言わんばかりにグルルと音を立てる。
 だから、彼女は出された食事を貪る。
 空腹である、胃を満たすために。
 孕んだ命を消してしまわぬように、肥大した手でスプーンを掴み食事を口に運ぶ。
 空いた手は、パンを持ってそのまま口に運んでかじった。
 食べ終え、満足した美華は、直ぐ側にある本棚から読み掛けの本を手に取ると読み出した。
 紙に書かれた羅列に目を滑らせ、現実を忘れてただ没頭して“何か”から目を反らした。

 そう、それは“死”であった

 “死”という、人が必ず訪れる時に畏怖し

 それを感じないように

 ただ、逃げるように

 あまり、動けない体で出来る唯一のは

 “読書”であった

 物語、魔術書、本なら何でも良い

 感じたく無いモノを忘れさせ

 見たくないモノから目を反らせ

 聞きたくないモノが聞こえなくなる

 ある意味では、本を読む時間は彼女にとっては一番の救済なのかもしれない。
 肥大してゆく体を周りからの目から隠すように、自室に籠り一切家から出ずに生活をしている美華。
(あ、あぁ……)
 正常な光を失った美華の瞳は腹部に向けると、苦しそうにうめき声を漏らしながらも微笑みながら擦った。
 ポコッと、音を立てながら腹部が少し膨らんだ。
 また、新たな命が彼女の体の中で生まれたのだ。
 その事に喜びを感じる美華はーー……もう、正常では無かった。
 いや、魔女である彼女はこれが本来の彼女なのかもしれない。
(愛しい、愛しい、我が子達……)
 肥大してしまった手足。
 永遠になのか、それとも原因があるのか分からないが、孕み続けて膨らみ過ぎた腹部は何時まであるのだろうか?
 誰もが“母”となる時に抱く不安さえ、壊れたカラクリ人形の様に美華は喜びを感じるだけ。
 ゴーレムメイドはただ生活の1部として、やるべき事をする為にサービスワゴンを押して食べ終えた食器を運ぶ。
 カラカラ、カチャカチャ、屋敷の廊下に小さなタイヤが回り、運んでいる食器が動きに合わせて音を奏でる。
(もっと、沢山……私に孕んで……)
 哀れな美華は、心がぐしゃりと握り潰されても、ガラスの様に理性が割れても、日に日に増える命を喜ぶだけの人形と成り果てた。
 壊れゆく日常。
 窓から差し込む日差しは、徐々に地平線の向こう側へと姿を隠す。
「さぁ、寝る時間ですよ。明日もまた、増えたら兄弟がいっぱいですね」
 ゴーレムメイドが灯りを消し、部屋に月明かりが照らされる中で美華は、腹部から感じる沢山の鼓動を子守唄にして眠りについた。

 あぁ、命を孕むのはとても……幸せーー……

 と、思いながら夢の世界へと飛び立つ。
 そっと、布団をかけ直すとゴーレムメイドは音を立てぬように、美華の部屋から出ていった。
 こんな状態でも幸せなら、正気に戻って現実を見るより良いであろう。
 静かな森で、森の賢者がホゥーホゥーと鳴いた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【8686/満月・美華/女/28/魔女(フリーライター)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度は、東京怪談ノベルの発注をありがとうございます。
違うベクトルの闇を書くのに結構苦戦してしまいました。
私なりの解釈と救いの無い感じを組み込んでおりますので、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
本当にありがとうございました。
東京怪談ノベル(シングル) -
紅玉 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年11月27日

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