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『夢見る肉塊』
満月・美華8686


「かぐや姫の次はシンデレラ、その次は……白雪姫にでもしようかと思ったけど」
 よくわからぬ姿をしたものが、そこにいた。
 美しい女性、に見える。おぞましい怪物にも見える。
 山羊の角か、蠢く触手か、判然としないものが生えているようでもあった。
 そんな何者かが、いきなり語り始めたのだ。
「ごめんなさいね、今回はその手の趣向は無し。単刀直入に、お話したい事があるの」
「……貴女の正体、に関して?」
 満月美華は言った。
「それなら別にいいわ。聞いても理解出来ない、ような気もするし」
「そういう事。だからね、今回のお話は、その事に関してではないのよ」
 それが、ちらりと美華の手元を見つめた。どこが目であるのかは不明だが、視線は感じられる。
 眼球が無数ある、ようにも思えてしまう。
 ともかく。その眼差しは、美華が細腕で抱えている、大型の書物に向けられていた。
「それの、貴女以前の所有者について。ちょっと時間を取って、お話しておこうと思うのよね」
「私の前の所有者……って、私のお祖父ちゃんでしょ? 違うの?」
「……ここで言う所有者とは、契約者の事」
 口調が、いくらか重くなったようだ。
「貴女の祖父は、契約者ではなく封印者……私をその書物に封じ込めてくれた、忌々しいけれど大した男よ。ふふっ、貴女は彼のように成れるかしらね」
「貴女の玩具にされた人が……私の前に、もう1人?」
「失礼ねえ。玩具になんて、していないわ。私はただ、貴女を見ていると愉しいだけ……前代の契約者はねえ、貴女と比べると随分、面白みに欠けたわね。で、それは誰なのかと言うと」
 数日前に見た夢を、美華は思い出した。
 あれは、何かの前兆だったのではないか。ふと、そんな気がした。
「やめて……」
 声が微かに震えるのを、美華は止められなかった。
「聞きたくない、そんな話……」
「貴女の、お母さんよ」
 美華の願いは、踏みにじられた。
「ねえ満月美華。貴女、自分のやらかしでその書物の封印が解けちゃったと思っているようだけど、それは半分正解、半分は思い上がりね」
「どういう事……?」
「言ったでしょう? 貴女のお祖父さんは大した人だって……あの男が施した封印、貴女のおイタ程度でうっかり解けるようなものではなくてよ」
「じゃあ、どうして解けたのよ……」
 呻くように、美華は訊いた。
「まさか、貴女が自力で封印を破ったとでも」
「あっはははは。そんな事、出来ればしてみたかったわねえ」
 よくわからぬ姿が、笑いで揺らぎ震える。
「貴女のお母さんはね、娘と比べて面白みのない女ではあった……けれど黒魔術師としては、まあ一流。何しろ、あの男の娘だものね。だから、その書物の封印を解いてくれた」
「お母さんが……」
「あの男に閉じ込められた私を、その娘が解き放ってくれたというわけ。何故か? 黒魔術の探求者としての知的好奇心? 違います。彼女にはね、私と契約しなければならない理由があった」
 指差された、と美華は感じた。
「貴女よ、満月美華」
「私……?」
「あの頃、彼女のお腹にいた貴女はね、本来なら生まれないはずの赤ちゃんだったのよ。死産は確実、そう言われていた。長年にわたる黒魔法の研究と実験、その影響で……貴女のお母さんは、まともに子供を産めない身体になっていたのよ。だからね、私が書物の中から声をかけてあげたの」
「封印を解いて、貴女を解放する……そうすれば、無事に子供を生ませてあげる……とでも?」
 美華は訊いた。答えなど聞きたくない、とも思った。
「今、私がこうして生きているのは貴女のおかげ……とでも?」
「感謝してくれる必要はなくてよ。貴女は私に、愉しいものを見せてくれる。それだけで充分……とにかく貴女は無事に生まれた。その代価として彼女は、貴女のようになった」
「……たくさんの命を、孕んだ……?」
「私は彼女にね、千匹の仔を孕んで欲しかったのよ」
 人ならざるものが人に求める代価、それを人の思考で理解しようとしてはならないのだ、と美華は思う事にした。
 夢の中の、巨大な母の姿を思い浮かべる。
 あれは、契約の代償であったのだ。
 美華が、この世に生を受けた。そのせいで母は、あのような有り様に成り果てたのだ。
「自分のせい、なんて考えては駄目よ満月美華。ご両親は、全ての事態を受け入れた上で、貴女がこの世に生を受ける道を選択したのだから」
「お父さんも……」
「人間にしては見上げたものよ。自分の妻に何が起ころうと、それを受け入れる……さすが、あの男が娘の夫と認めただけの事はあるわね」
 あの男、その娘、その夫……美華の、祖父と両親。3人とも今や、この世にはいない。
 否、と美華は思った。
「お母さんは、私と同じ……無数の命を孕んでいた。それなら、そう簡単に死ぬ事はないはずよ」
「そのお話を今するわね。まあ心して聞きなさい」
 口調が、いくらか改まった。
「まあ恐ろしくなったのでしょうね。娘が無事に生まれた以上もはや用済み、という思いもあったかも知れないけれど……貴女のお母さんは私をもう1度、その書物に封印したのよ」
「貴女が、むざむざ封印されたと?」
「彼女は一流の黒魔法使い、とは言っても父親には遠く及ばない。あの男のような、強力な封印を施す事は出来なかったわ」
「だから、私でも解けた……」
「そんな不完全な封印だったという事に、彼女は気付いていたのかいないのか……ともかく。あなたたち親子はいよいよ、あの日を迎えるわけよ」
 ここから先を聞いてはならない、と美華は思った。思っただけだ。
「貴女のお父さんが車を運転していた。後部座席では、貴女のお母さんが……車内いっぱいに、膨らんでいた。そう、貴女のようにね。車は軋み、そして事故が起こった。お父さんは即死、苦しむ暇もなかったと思うわ。良かったわね」
「お母さんは……」
 美華は思う。今の自分であれば、乗っている車が事故を起こしたとしても最悪、無数ある命の1つを失うだけで済む。
 母は、どうであったのか。
 思うところを、美華は言葉にした。
「……貴女に、取り込まれた……?」
「ああん、私が言う前に言っちゃ駄目よお」
 おどけられた。
 ふざけるな、と叫ぶ代わりに美華は言った。
「私……妙にね、この力に馴染んでいて変だなとは思っていたのよ。とにかく……お母さんに、会わせて」
「こないだ会ったじゃない。びたーん! ぼよぉーんって、ふふっ、あっはははは」
「会わせなさい! いいから早く!」
「……はい調子に乗らないように」
 美華の身体が、膨脹した。
 巨大な肥満体が、風船の如く宙に浮く。ふわふわと、浮かび上がって行く。
 夢の中から、現実の世界へと。
 言葉だけが、追いかけて来た。
「契約が次の段階に進めば、ね……もう少し、貴女の思い通りに出来るかも知れないわよ?」


 目が覚めるなり、音が聞こえた。特注の大型ベッドが、ぎしぎしと鳴っている。
 就寝前に施しておいた変化の魔法が、解けていた。
 今の美華は、巨大に肥満した肉塊である。恐らくは、事故が起こった時の母のように。
「お母さん……」
 無数の命を孕んでいる、だが母の命はない。
 そんな己の巨大化した腹部を撫でながら、美華は呟くしかなかった。


 登場人物一覧
【8686/満月・美華/女/28歳/魔女(フリーライター)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年11月27日

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