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『それは懐かしき 』
鞍馬 真ka5819


 夢の中で、歌声を聴いたような気がする。
 鞍馬 真はふと目を開くと、その眦が微かに濡れていることに気が付いた。
 泣いてまではいないだろう。だが、恐らく微かにはその反応があったのだろう。
 それにどこか安堵しつつ身を起こす。
 カーテンから見える空はまだ夜明け前。
 今なら少しくらい、愛龍と空を駆けても構わないだろう。
 これからなら丁度いい日の出が見られるはずだから。

 愛龍と昇る朝日を楽しんだ後は、早朝の鍛錬だ。
 ハンターとして役目を果たすため。ただそれだけのために真はその腕を振るう。
 地位や名誉など、欲しい誰かが貰えばいい。少なくとも真が欲しいのはそういったものではないのだから。
 いつだったか、どこでだったか。誰かがこう言った覚えがある。
「お前の戦い方は、生きる戦いじゃない。死ぬための戦いみたいだ」
 まさか、とは言えなかった。心のどこかでそう思っている自分がいる気がしたのだ。ずっとずっと、前から。
 決して命を粗末にしていいとおもっているわけではない。
 ただ、どうしても自分の命に対して重みを感じられないのだ。
 ――それはもしかしたら、自分に過去がないから、なのだろうか。

 真にはこの世界に来るまでの記憶がない。
 所謂記憶喪失、と言われる状態でこの世界へと飛ばされて、よく分からないままに戦う力があると言われ、生活するために戦うことを選んだ。
 曰く、記憶喪失者には三つの予後があるという。
 一つは全てを思い出すタイプ。
 二つは一生思い出さないタイプ。
 三つは思い出すが、忘れていた間の記憶を失うタイプ。
「想えば沢山の仲間が出来たと思わないかい」
 鍛錬を終え、軽く汗を拭った後、愛龍に背を預けつつ、真は口を開いた。
 記憶は戻るのだろうか。真自身が戻したいと思っているのだろうか。それとも、もう……。
 ほんの小さな尻尾の揺れで真の思考を断ち切る愛龍は、本当に賢い龍だと笑う。
「そうだね。今はこの世界でのことを考えなければ。沢山の人が苦しんでいるんだから」
 空を見上げ、珍しく大きな事件が起きていない今日を享受する。それのなんと幸せなことか。
「それに、戦いに死にに行ってるんだなんて言ったら、また彼に怒られてしまうよね」
 自分を信頼し、同じ戦場を駆けてくれる年上の友人を思い出して肩を竦める。
 そういえば、最近よく眠れないという人が自分の周りに多いような気がする。
 気配に敏感で眠れない、と言う意味ではなく。それは精神的なものから来る不眠に近いのではないかと真は思っているのだが。

 どうしてそこで、それを口遊んだのか分からない。
 それを思い出したのかどうかすら分からない。
 けれどふと、真の口から音が溢れ出した。

 ――いのちとうとし ねむれわがこ
   つむぐえにし  らせんのきみよ
   すこやかなゆめ まもるわがね
   おそれすぎさり おだやかなうみ
   いのちとうとし ねむれわがこ
   いとしとうとし ねむれわがこ ――

 愛龍が小さく啼いた声で、は、と意識を戻す。
「もしかして。今、私は歌っていたかい?」
 愛龍に尋ねずとも分かる。自分は歌っていた。
 この世界で聞いたこともないはずの、子守歌を。確かな旋律で。
 ハラハラと、頬を零れて落ちるものは何だろう。
 悲しさはない。寂しさもない。けれど、真の海を切り取ったような青の瞳から。それは零れ落ちて止まらない。
「記憶は、ないんだ。覚えているはず、ないんだ。だけどね」
 この歌を、確かに歌ってもらった事があるんだ。
 柔らかく、優しく染みわたる、まるで守る様な歌声で。
 両手で顔を覆い、そのまま真は旋律の余韻を失わぬように。
 肩を震わせながら、愛龍に背を預け続けた。

 たとえ脳が記憶を失っても。
 心が、何かを覚えていることもある。

 いのちとうとし ねむれわがこ
 いとしとうとし ねむれわがこ

 繰り返し旋律を呼び起こしながら、真はそっと眠りに落ちる。

 ――愛し尊し 眠れ我が子――

 風が誰かの代わりにそっと、真の長い黒髪を守る様に慈しむ様に吹いていた。


(了)

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【ka5819/鞍馬 真/男性/22歳/闘狩人】
【ゲスト/真の愛龍/ワイバーン】
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2018年11月28日

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