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『許されるのなら、もう一度闘争を 』
ヰ鶴 文aa0626hero002

 握りしめた鉄は、じっとりと生温かった。
 眼前に広がる景色は、見知っているものにも見えたし一度だって目にしたことのない風景にも見えた。太陽の光が遮られ、重苦しい暗闇が広がる中で、多くのモノが――それはつまり、人間以外の種族と思しき存在も含めて――互いを殺しあっているようだった。彼もどうやらその例外ではないらしく、向こうから迫ってくるもう一方の連中を叩き潰さなければならない、ということを何となく理解していた。
 戦い方は理解している。右手で掴んでいるフルーレにも似た細身の剣を、頭か心臓か、あるいはそれに近い機能を持つ部位を突くか斬り裂けばいい。簡単だ。
 なので。彼は攻勢に出た味方たちとともに(顔はよく見えなかったが、味方だということは分かった)、狙撃中で後方支援を行う敵陣営の後方を迂回して叩くことにした。彼は気づかれずないよう大回りに移動し、手近な場所でうつぶせに構えていた狙撃兵の1人を、逆袈裟懸けに切り払った。
 うまくいった、と言葉には出さずに確信した。間違いなくその華奢な体を深く抉ったし、周りにほかの敵もいない。助かる見込みはないだろう。
 ごろり、と狙撃兵の体が切り払われた勢いそのままにあおむけになり、その顔が目に入った。目に入って――息が詰まった。
 それは、彼が誓約を交わしたはずの少女そっくりだった。深い青の瞳は、日の光が届いていないはずなのにやけに明るく、無機質に彼の怯え切った顔を反射していた。
 いや、それだけではない。周りの、彼が今まで味方だと思っていたそれはよく見てみれば異形そのもの、それも彼の住む世界を台無しにしたはずの、愚神たちだった。彼が叫ぼうとも、剣を振るって二、三愚神を倒そうとも、彼らは止まらない。彼がかつて守っていたはずの世界を、彼らはまた、彼とともに壊していく――――……

「……ッ!?」
 ヰ鶴が弾かれたように体を起こす。素早く周囲を見回すと、見慣れた自室の風景がただ広がっていた。外はまだ暗い。時計は深夜の三時を指していたが、月が出ているせいか先ほどのような重苦しい暗黒が立ち込めているわけではなかった。
 ――――夢、か。
 ばたり、とそのまま後ろに倒れこむ。頭を預けた枕はじっとりと湿っていてどうも気持ち悪かった。無理もない、とヰ鶴は言葉には出さず首肯する。あの悪夢は、控えめに言っても見ていて気分がいいものではなかったからだ。自分の相棒を、それとは知らなかったとはいえ、躊躇なく殺す、などと。
「……わかってたじゃないか。同じかもしれないって、最初から。目を背けてただけだ」
 外のモノ。己の元の世界に仇なしたもの。それらと自分がここでは同類としてくくられるということをきちんと理解していたはずだった。にもかかわらず、そうではないかもしれない、忘れられるかもしれないと考えていた。それ自体が結局のところ間違いだったのだ。
 力任せにベッドを殴りつける。だが、厚いマットレスはそんな狼藉を意にも介さずに彼の拳を柔らかく跳ね返した。それがますます彼のいら立ちを煽り立てる。
 ヰ鶴はするりとベッドから離れると、足音を立てないようにしてそっと部屋を後にした。

 自分がのけ者であるという認識を抱くのに、さほど時間はかからなかったように思う。
 かつて、外側からやってきた敵をこれ以上ないほどに憎んだ。異形、拒絶すべきもの、滅ぼすべき対象。しかし結局はそれらに敗れ、こちらに呼ばれて「同じモノ」として生きていかざるを得なくなった。戸惑いがなかったわけではないが、他に選択肢もなかった。何より、あの少女をこのまま捨て置くわけにも、どうしてもいかなかったのだ。
 それからしばらくして、同じ「外側」から来た者たちとも交流を持つようになった。憎むべき相手だ。けれど最終的には受け入れた――不本意ではあっても。そして同類として、逃れられない宿命を理解しようとするように、英雄と呼ばれる者たちに近づこうとはしていた。
 だが。ヰ鶴はしばし立ち止まり、意識を外界に向ける。夜風が体を吹き抜け、わずかに身震いする。
 それでも、本質は決して変わらない。英雄も、不倶戴天の敵である愚神も、そして自分でさえも、この世界においては外側から来た存在、本来ありうべからざるものとして認識されている。そして同時に、英雄も――まさに自分が歩み寄ろうとしている――わずかな安全圏を少しでも超えれば、愚神としてこの世界に仇なす危険性を抱えている。自分が何よりも嫌悪する存在に、守るべきものを抱えた今の状態で。
 もし、そんな可能性を抱え続けて生きていくのなら、ここでいっそ自分でこの奇妙な旅に終止符を打つほうが良いのではないだろうか。
 誰かに害をなすのであれば、いっそ――、
「……、」
 ふと、視線を真横に振る。そこにはこのあたりでは比較的大きな公園が、いくつかの遊具を抱えてぽつんとそびえていた。ブランコ、砂場、雲梯、ジャングルジム。対象にしている子供たちが誰もいない公園は、外縁部の木々の威圧感を借りてその異様さを際立たせているようだった。
 特に何か理由があったわけでもない。ヰ鶴はふらりと公園の中に足を踏み入れると、ゆっくり、しかしまっすぐにジャングルジムに向かって歩いて行った。
 握った鉄は恐ろしく冷たかった。ヰ鶴は顔をしかめると、両手に温かい吐息を吹きかけてから一心に鉄でくみ上げられた山を登攀した。柔らかな掌が返って熱を帯びるのにも構わず、彼は一息に頂上まで登り切った。
 頂上に腰を下ろすと、ヰ鶴は小さく息を吐いて周囲を見回した。ほとんどは高い木に囲まれており、隙間すきまから見える景色も家屋の壁で遮られていたものの、入り口から見える景色だけは違っていた。背の低い一軒家の群れを超え、遥か彼方、高層ビルが連なる摩天楼へと無限に、キラキラと煌めいた展望が続いていた。
 ――ヰ鶴はただ、その細く果てしなく伸びる道をじっと見つめていた。ことのほか美しいと感じたわけでもないし、むしろ寒くてしょうがなかったけれど、その景色に目を奪われていた。彼はたまったつばを飲み込むと、思わず口をついたというように言った。
「……僕が守ったのは、これか」
 センチメンタルな一言でもなく、誇りに満ちた宣言でもない。ただの独り言だった。けれどもそれは、確かに、ヰ鶴文が今まで生きて、曲がりなりにも世界の敵である愚神と敵対し続けてきた結果を彼にいやおうなく認めさせるものだった。
 決して目も眩むほど美しいとは言わないけれど、愚神に堕ちてこれを破壊するよりは、この景色を守る方がまだいい。もう一度この感覚を味わうことができないのなら、明日、明後日と続く風景を眺める方がまだいい。ヰ鶴はジャングルジムを下山すると、また音もなく家路につくのだった。


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ヰ鶴 文/男/20歳】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 守ったものは美しくないかもしれない。それでも壊したり、二度と見ないという選択はできなかった。

 山川山名です。この度はご注文していただいてありがとうございました。
 今回、かなり久しぶりに筆を執りましたが、いかがでしたでしょうか。ご期待に添えるものであったのなら幸いです。
 短いですが、私からは以上です。寒さが厳しくなってきました。お体にはお気をつけてお過ごしください。

山川山名
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2018年11月29日

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