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『花を愛でるように人も 』
ラィル・ファーディル・ラァドゥka1929

 ラィルの故郷であるあの村に咲く花はほとんど存在しなかった。だから物珍しさを覚えて、花を売って歩いた頃もある。確か声変わりを迎えたばかりの子供だった時だと思う。大人に望まれる間諜という生き方に、何の疑問を抱くこともなかった。背が伸びると違和感のせいで目立つようになって変え、嘘塗れの日々に虚しさを覚え始めた。そんな日々はまだラィルの心中で鮮明に息づいている。過去の記憶、特に成長していく過程で見聞き、体験したことはいつまで経っても忘れられないものだ。
 ぶらぶらと通りを歩いて、ふと思い立ち行く方向を定める。方向感覚は文字通り感覚であり経験で養えるものではなく、訓練を始めたばかりの頃に褒められたことを思い出す。実際に迅速な撤収で役立つ場面はあった。あの時代に刃を抜いたのは、失態とは無関係な一度きりだ。
「あっ、いらっしゃいませ」
「どうもこんにちは。いつもの、用意出来るやろか?」
 先に気付いて声をかけてくる店員に挨拶を返して訊けば、彼女ははいと答えて店頭から奥へと並ぶ花々から幾つかを選んでいく。いつものと表現したが特定の品種を気に入って買っているわけではなく、花の種類から花束としての完成形に至るまでプロに任せきりにしているだけである。ラィルが指定しているのは予算くらいだ。
 そうして購入する花束は人に贈ることもあれば、ただ自室に飾るだけの時もある。ハンターという職業柄もあり買うタイミングもまちまちだ。染み付いた癖のせいで待っている間によく喋るから、すっかり顔を覚えられてしまった。よく喋る店員は嫌いじゃないが。
「今日はメッセージカード要ります? 相手の人のことを教えていただいたらイメージして作りますよ」
「あー……」
 店員からしてみればその方がやりやすいから言っているだけだろう、と思う。しかし、どうも未だにこちらの手の内を暴こうとされると警戒心がわいてしまって、カードに書く言葉も短く、名前の表記も頭文字だけに留めてしまう。この場で書かなかったら不自然に思われるからだ。
「や、今日は無しでええわ。それに、なんにも分からんほうが魅力的やと思わへん?」
 確かに、と頷いてみせると店員は他の客の話をしはじめた。否応無しに培われた勘で適当に相槌を打ちながら、少しずつ気持ちが冷めていくのを感じる。今度から別の店に変えようかと考え出し、そこで別に花にこだわる必要はないと思った。あの日々のお陰で占いに手品に演奏にと、色々と手に職がついている。そういったことでも彼女は喜んでくれるだろう。
 花束を手に店を出て歩きながら、溜め息とともに心に燻るわだかまりを吐き出す。人間はどうしてこうも、他人の秘密を暴きたくなる生物なのだろうか。それが情報という武器になるならラィルも理解出来る。それは大抵の仕事でも通用する事実だからだ。武器を手に、人間相手に戦うよりもよっぽど穏便に済むとも思う。しかしそんなメリットも何もなく、ただ他人の内側に首を突っ込もうとする輩も多いもので。比較して自分が幸せか不幸せか評価することに何の意味があるのだろうか。
(……しょーもな)
 逆に、自分の優位性を隠すことが出来ず、仄めかすタイプの人間もいる。例えそれが後ろめたい行為によって得られたものであっても、口にしなければ気が済まないような連中だ。昔はそれを、楽なターゲットだと見下していた。
 だが、今のラィルはそういった手合いばかりの世の中ではないことも知っている。ハンターという危険を伴う仕事を選ぶ者にも様々な人間がいるが、動機はともかく実際に取る行動としては善の側に寄った人間のほうが圧倒的に多い。無論、問題行動を起こせばその国の法で裁きを受けるし、ソサエティからも相応のお咎めはあるだろうが。それでも全員が仲良く手を繋いで、だとか、素姓を包み隠さず明かさなければ信用されない、だとか。厄介なしがらみが付き纏うわけでもなく同じ目的の為に協調出来るという距離感は、ラィルにとってちょうど良かった。だから時折、全てを許された気になってしまう。
 変わらない速度で歩き続けたまま、ふと花束を持っていないほうの手に視線を落とせば手袋に覆われていない指が酷く汚れているように見えた。後悔なんて少しもしていない。今までも多分これからも。けれど、それは確かに過ちだった。だからラィルは今ここにいる。ハンターとして生き続けることに、自分がこれまで犯してきた幾つもの罪悪に対する答えがあると信じているから。
(――だから、まだここにおってもええやろか……?)
 胸中で返事のない問いかけをして。そっと息をつくと、衝動的に買ってしまった花束は持ち帰ることにした。違う人間を想いながら花を手渡すなんて馬鹿なことをするのは、絶対に御免だ。今をちゃんと見据えられる時に自分で選んだ物を贈ろう。そして、花が綻ぶような顔を見たいと心からそう思った。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1929/ラィル・ファーディル・ラァドゥ/男性/24/疾影士(ストライダー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
非公開になっている設定を拝見したら物凄く書きたい気持ちに
駆られたんですが、おまかせでさすがにそれは……というのと、
文字数の関係でダイジェストか一場面切り出しにしかならないなあ
と思ったので、それをふまえつつもハンターとしてのラィルさんに
過去とこれからを考えてもらう……みたいな感じになりました。
普通に緩めの関西弁っぽく書きましたが大丈夫でしょうか。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2018年11月29日

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