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『護るべきもの、帰るべき場所 』
虎噛 千颯aa0123


 虎噛 千颯(aa0123)が扉を開けると、妻が足音を押し殺して玄関まで出迎えに来た。もう寝ているかと思ったが、どうやら千颯が帰ってくるまで待っていてくれたらしい。妻は千颯を見つめると、今にも泣き出しそうな顔で「おかえりなさい」と呟いた。
「ただいま」
 千颯は疲れもそれ以外も隠しきり、妻を安心させようと努めて笑顔を形作った。それだけで色々察したのか、妻もぎこちない笑みを浮かべる。
「お風呂とご飯、どっちが先?」
「それじゃあお風呂にしようかな」
 すぐ入れるから、と妻は言った。いつ帰ってきてもいいように着替えも用意してあるらしい。時刻は十二時を過ぎている。千颯の帰りを今か今かと、風呂や着替えを用意しながら待ってくれていたのだろう。
「先に寝ててくれていいぜ」
 ありがとう、と千颯は言った。本当は抱き締めてキスでもしたいぐらいだが、風呂にも入っていない手で今は妻に触れたくない。
 妻の背中を見送った後で脱衣所に入って服を脱ぎ、熱い湯船に身体を沈める。心地よい温かさが冷えた身体に染み込んでいく。
 それでも、奥に溜まった淀みまでは、流しきってはくれなさそうだ。


 今日千颯が赴いたのは、局地的に異世界化した、とあるひとつの町だった。
 灰色の瓦礫に埋め尽くされ、黒い柱が乱立していた。黒い柱は生き物だった。生き物だったモノ達だった。
 千颯はその中を英雄と共に歩いていた。生存者を探して。助けを求める命を求めて。結局その町から見つかった生存者は二人だけで……二人見つかっただけでも大層喜ばしい奇跡だったが、他の人達は、人以外の生命も、ありとあらゆるものが黒い柱へ変わったらしい。
 千颯はその光景を見て、絶望した、訳ではない。絶望はしない。絶望になど負けたりしない。希望的観測と言われようと、「『王』を撃破すれば元に戻るかもしれない」、その希望は存在する。広がる惨状を焼き付けて、二度とこんな事が起きないようにとむしろ想いを強くした。
 けれど。屈したりなどしなくても、いつもの飄々とした千颯でいられるという訳でもない。普段は楽天的で軟派な態度の千颯だが、いついかなる時もそうという訳ではない。千颯はヒーローではない。そんなものはむしろ嫌いだ。自分の大切な人のために戦う。名前も知らない誰かのためになんて戦えない。そんな自分の本質を、千颯はよく知っている。
 それでも、重なり合う柱を見た。大きな柱と小さな柱。親子なのだろうと思った。きっと我が子を庇った親が、けれど護り切れないまま共に柱と化したのだろう。それを思い出すだけでも、爪が痛い程に手のひらに突き刺さる。


 濡れた髪を拭きながら寝室へ赴くと、妻と息子が寝顔を晒し、横並びで眠っていた。気配を消してそっと近付き、柔らかい息子の髪に触れる。
 暖かい。風呂から上がったばかりで、体温は千颯の方が今は高いはずなのに、触れているぬくもりの方がずっと暖かく感じられる。命のぬくもり。千颯が一番護りたいもの。あの柱になった人々も、同じように護りたい大切な何かが存在する。それを奪う権利も、踏み躙る権利も、誰にもない。
 家族といる時は寄らない皺が千颯の眉間に刻まれる。
「……パパ」
 微かに聞こえた幼い声に、起こしたか、と千颯は身を固くした。だが、どうやら寝言だったようである。どんな夢を見ているのかと息子の顔を覗き込むと、息子は今にも泣き出しそうに幼い顔をぎゅっと歪める。
「……パパ。いかないで。
 パパ、おいていかないで。
 パパ、いったいどこにいったの?
 パパ、パパ、かえってきて……」
 そして涙を一筋零し、シーツの端を握り締める。息子が今見ている夢の中身を、千颯に知る術はない。
 だが、心当たりはあった。別世界の千颯の息子だと主張する、千颯の二人目の英雄の寂し気な声を思い出す。
――ボクが物心付いた時には、パパはもういなかったんだ。
――本当は、パパの事、何も、何も知らないんだ。
 息子の頭に乗せた手とは反対側の手を伸ばす。シーツを握る息子の手を、上からしっかり包み込む。
「パパは何処にも行かないぜ。二人を置いていったりしないぜ。ここにいる。パパは、ちゃんとここにいるから」
 言いながら優しく、ゆっくり頭を撫でてやると、息子は「……パパ」と呟きながらふにゃりとした笑顔を見せた。置いていかない。置いていけない。悲しい思いなどさせはしない。
「約束する。パパはちゃんと帰ってくるぜ。だってパパは二人のこと、こんなに愛しているからな」

 千颯はヒーローではない。ただ護りたいもののために戦っているだけだ。それでも、戦う。だからこそ戦う。
 そして必ず帰ってくる。護るべき者の下に。千颯の帰るべき場所に。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【虎噛 千颯(aa0123)/外見性別:男性/外見年齢:24/能力者】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 こんにちは、雪虫です。千颯さんと言えばフルオープンパージ! ……とも思ったのですが、今回はこのようなお話にさせて頂きました。イメージや設定など齟齬がありました場合は、お手数ですがリテイクのご連絡お願い致します。
 この度はおまかせのご注文、誠にありがとうございました。今後ともどうぞよろしくお願い致します。
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2018年11月29日

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