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『命が続く限りは 』
アルヴィン = オールドリッチka2378)&ユリアン・クレティエka1664

「サテサテ、これで片付いたカナ?」
 言ってアルヴィンが首を傾げると、その動きに合わせてキラキラと星が煌めく。そうみたいだね、と答えて頭上に広がる青空と同じ色をした鞘に刀を収めたユリアンは、こちらへ歩み寄ろうとして途中で立ち止まった。アルヴィンも彼の様子を訝しんでというよりも純粋に興味を抱き、倒した魔獣が跡形もなく消えていることと他に敵の気配がないことを確認すると、他のメンバーに先に戻るよう合図をして、彼の傍まで歩いていった。
 徒歩で三十分もしない距離に小さな集落のある、何の変哲もない森の中だ。それでも、薬師の助手であり、母親が薬草師だという彼だから何か珍しい草花でも見つけたのだろうか、と連想し。アルヴィンが立ち止まり覗き込むのと、地面に片膝をついたユリアンが振り返るのはほぼ同時だった。
「兎ダネ」
 言ってユリアンの隣にしゃがむと、そっと慎重に手を伸ばす。
「大怪我ってわけじゃなさそうだけど――」
「ンー、歪虚の影響カナ?」
 歪虚は土地やそこに住まう生物のマテリアルに悪影響を及ぼす存在だ。今回は人里からまだ程近く、自然発生した魔獣が相手だったのでヒトに目立った被害は出ていないが、小動物は体積に比例してマテリアルの絶対量が少なく、歪虚の影響も受け易い。
 二人の目の前にいる兎はぐったりとしていて、一見すれば既に死んでいるようにも見える。けれどその体はかすかに呼吸を繰り返しており、転化の兆候も見られないことから生きていることは明白だった。
「……アルヴィンさん、助けられそう?」
「大丈夫大丈夫。少し、時間はかかるケドネ」
 不安そうに訊くユリアンに努めて明るく振る舞いながらもアルヴィンの視線が兎から離れることはなく。ひとしきり容態を調べると自身と絆を結んだ精霊――奇しくも同じ兎で、体毛の色も白と一致している――に祈りを捧げ法術を行使する。回復魔法は聖導士の代名詞的な術だ。一般人より怪我や病気が治りやすい体質を持つ覚醒者に比べれば繊細な扱いを要求されるが、やってやれないことはない。ユリアンもアルヴィンの集中を乱さないよう、静かに事の成り行きを見守っていた。
「――フゥ。ここカラはきみの出番カナ? ユーリ君」
「弟子じゃなくて助手なんだけどね。――でもここに師匠はいないし、やれるだけのことはやるよ」
 答えるユリアンの青い瞳にほんの少しだけ翳りが浮かぶ。けれどそれは付き合いの浅い人間であれば見間違いだったかと思い直すほど僅かな時間で消え失せて、ユリアンは小さな体の下へと慎重に手を差し込むと、壊れ物を扱うような優しさでもって兎を抱きかかえた。彼が立ち上がるのに合わせてアルヴィンもゆっくり体を起こす。先程の戦いよりもよほど神経をすり減らす行為ではあったが、負担を感じるほどでもなくて。肌ではなく毛並みに触れる程度の軽さで兎の背中を撫でればぴょこぴょことその耳が動いて、アルヴィンは小さな頃の記憶を思い出す。現在でも精霊となって自分を守ってくれているし、戦うための力にもなってくれる。けれどやはり兎の精霊であって、兎とは違うのだ。
(……ナンテ言ったラ怒られるカナ?)
 自らを犠牲にアルヴィンを助けたくらい一途な子だから。
「場所は……相談するときに借りた、あの家の人に頼んでみようか」
「気の良さそうヒトだったシ、タブン大丈夫じゃないカナ」
「もしダメだったら、民家を当たってみよう」
 ウンウン、と頷いて答える。万全を期して迅速な対応を要求されたものの、ハンターズソサエティの事前判断としては容易な任務だった。その為、滞在期間も短く想定されている。宿泊の延長は必須だろう。転移門は戦闘でマテリアルを消耗し、一時的に利用出来なくなる可能性をふまえて、幾らかの猶予が用意されている筈だ。それだけあれば兎も充分回復するに違いない。
 念のため周囲への警戒を怠らずに歩き、集落まで戻ると宿代わりに利用させてもらう予定の建物の前にハンターの一人が立って二人を待っていて、事情を説明すれば許可を貰ってくると言って、先に中へ入っていった。そして、ユリアンと話をする暇もなく一度は閉じた玄関扉が開け放たれ、まるで重病人がいて一刻を争う事態かのような様相を呈してきた。二人と一羽が部屋に入って落ち着いた頃には、狭い室内に入りきれないハンター仲間や住人が野次馬と化している。さしものアルヴィンも大袈裟な、と思わないでもなかったが、
「動物は私達の隣人だからねえ」
 という長老然とした老婆の言葉に得心した。そういった生物に対する敬意が精霊を生み出す場合もある。
 アルヴィンも兎に限らず動物好きだし、道を歩いていてたまに犬猫に寄って来られることもあるけれど。薬師の助手を兼任していることを抜きにしても、ユリアンは手先が器用なうえに気配りの行き届いた青年だ。体が小さい為に扱いづらく、言葉を交わせないから少しの変化も見逃せない。そんな相手への対応は彼に任せるのがベストだろう。
 実際にそう口にすると、彼は真剣な眼差しで頷いてみせた。――少しだけ苦味を含めて。

 ◆◇◆

 二度と同じ悲劇を繰り返さない為にも、後ろばかり振り返ってはいられない。普段はなるべく意識しないように心がけているし、窮状に陥れば目の前の事態以外を考えられる余裕などなく。けれどふとした瞬間に未だ、あの頃を思い出すことがあった。一度は手を伸ばして届いたはずなのに、結局は失われてしまう。それも、とても安らかにとは言えないような形で。己の命で償いになるのなら、なくなってしまったものが取り戻せるのなら。全てを明け渡して闇に溶けてしまってもいい、そんな風に思ったときもある。けれど結局は今もこうして息をしている。命を捧げることが罪滅ぼしになんてならない現実、生きることの重さ、難しさを知ったからもう、死のうだなんて思わないけれど。
 開け放たれた窓からはそよ風が吹き込んで、薄いレースのカーテンを波のように揺らめかせた。その後には部屋の中にいるユリアンの髪や兎の真っ白い体毛を撫でて霧散していく。外では子供達が遊んでいるのだろう、走り回る音や笑い声、鬼ごっこでもしているのか、時折少女の甲高い悲鳴が聞こえる。勿論、それすらも声だけで楽しげなのがよく分かる。優しく穏やかな時間。まるでつい三日前まで、歪虚の脅威に晒されていたとは思えないくらいに。
 宿代わりに使わせて貰っているこの建物は、元々集落で一番の名家が自宅として使用していたものらしい。それが子供が出来ずに皆老いて亡くなっていって、誰かの手に渡ることもなく手入れだけ続けられてきた。だからハンターを呼ぶことになった際に、拠点として活用してもらうことになったのだと、色々と世話を焼いてくれているおじいさんが話していた。
 小さな女の子が持ってきたパンバスケットにクッションを敷いたベッドの上、兎はすぴすぴと寝息を立てながら眠っている。アルヴィンが応急処置的に行なった回復魔法は的確で、正直なところ、薬師代理としての仕事はほとんどなかったと思う。元より師にしろ母にしろ、全く経験がないとまではいかないが、人間相手が本職である。人間には有効でも動物には毒になる場合もあるので何となく分かる、程度の知識を集落の人々やハンター仲間の知識と突き合わせて慎重に検討をし、失われたマテリアルの自然回復を促進したり、滋養強壮の効能がある薬を調合して適度に与えたくらいだ。
 アルヴィン以外のハンターもみんな、まだこの場に残っている。一人一人は遠慮しているのだが何ぶん人数が多いせいで兎を構いまくる結果となり、兎には特別思い入れがあるらしいアルヴィンが、面会時間を容赦なく制限した。なので彼らは子供達と遊んだり巡回を行なったりして時間を過ごしているようだ。
「平和なモノダネー」
 その声でうとうとと夢の中に落ちそうになっていた意識が引き戻される。見れば開けっ放しの扉の前に頼れる隊長が立っていて、そしてやましいことでもしているかのようにコソコソと部屋の中に入ってくる。これだけ見ると正直、仕草の端々に気品は感じても威厳は影も形も見られないが、周りの様子をまるで手品のように見通しているのはいつどんな局面でも同じだ。
「ズット付きっきりダシ、ユーリ君もお疲れ様ダネ」
「いやいや、全然疲れるようなことなんて出来てないよ」
 むしろ普段が繊細な加減を要求されない単純作業だったり、道具が混ざってしまわないように行なう小まめな整頓だったりに細々と動き回っているので、休みの日も同然に平和極まりない。最初に物音が聞こえた気がして兎を見つけ、ぐったりとした様子を見た時には一瞬、心臓が掴まれたような思いをしたものだが、以降は深刻に考えたりすることもない。食事をさせるのもアルヴィンに任せっぱなしだった。
「アルヴィンさんこそ、お疲れ様。色々と手伝ってもらえて本当に助かったよ」
 言うと、微妙に距離を置き兎を見つめていたアルヴィンが唇を尖らせて小さく唸って。
「そんな顔をシテると、兎サンも幸せを運ンデくれなくなるヨ?」
「え、えー? 俺、そんな酷い顔してる?」
 予想外の言葉に思わずぺたぺたと自分の顔を触る。――幸せ。果たしてこれ以上の幸せを得る権利はあるのだろうか。信頼出来る仲間に囲まれて、戦いのない日には賑やかで温かい時間を過ごして。これ以上を望むのは傲慢じゃないか、とユリアンは思った。
「ふふーふ。そんなユーリ君ニハ、僕が神託を伝えヨウ」
 あれ、確かこの人神は信じてなかったんじゃ。そんな胸中でのツッコミを言う間もなくアルヴィンが口を開く。
「――自分のやりたいヨウに、全力で突っ走っていくのガ、幸せになるコツだヨ。楽しんでる僕が言うんダカラ間違いナイ」
 言って誇らしげに笑う彼を呆然と見つめ。次の瞬間にはふっと笑みが零れた。
「だったら絶対だ」

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka2378/アルヴィン = オールドリッチ/男性/26/聖導士(クルセイダー)】
【ka1664/ユリアン/男性/20/疾影士(ストライダー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
ユリアンさんの設定と、つぶやきで言葉をかけるアルヴィンさんと、
ゆるめの雰囲気を全部書きたいと強欲に詰め込んだ結果がこれです。
そして、何度書いてもマスター出来ないアルヴィンさんの口調……。
つぶやきを見ているとアルヴィンさんからユリアンさんへの呼称は
ユリアン君からユーリ君に変わっているっぽいかな?と思ったので
交友関係のほうの記載ではなくそちらを採用させていただきました。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年11月30日

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