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『One for One 』
リィェン・ユーaa0208)&イン・シェンaa0208hero001

「室内だけじゃなく、自然光で撮影しましょうよ。ふたりの幸せに光と風の祝福を!」
 H.O.P.E.婚(ほぷこん)推進キャンペーンのカメラマンは言ったものだ。ついでに「室内シーンも撮り足しを」。
 なにせ先の撮影、1シーンで花婿役が斃れ伏してしまったのでいろいろ足りていないんだった。
 というわけで。撮影隊が緊急に再招集され、H.O.P.E.東京海上支部を舞台に殴り愛なしのロケが実施されたのだ。


「やっぱり、気乗りしないか?」
 白タキシードで決めた花婿役のリィェン・ユーは、プリンセスラインのウエディングドレスをまとうテレサ・バートレットに低く抑えた声音を投げた。
「え? ううん、そんなことないけど」
 撮影用とあって、いつもよりはっきりと輪郭を描いた化粧。しかし、その鮮やかさに反して表情は鈍く沈み込んでいて、かえって彼女の迷いを浮き彫りにしてしまっていた。

 テレサ・バートレットが掲げる正義の価値。とあるヴィランのボクサーは彼女に突きつけた。その正義はただ父親からもらっただけの、安い正義だと。
 以来、彼女は悩み続けている。自分という存在の価値と、それ以上に有り様を。
 彼女は父親の語った正義を自らの標とし、これまで生きてきた。「パパの正義をあたしが世界へ示す」、自らに課した使命を為し、全うしてきたのだ。それがたったひとつの言葉で打ち砕かれ……倒れ臥した彼女は今、カウント8を宣告されている。

 それは誰より理解してるつもりだよ。結局はテレサ自身が踏み越えていかなきゃいけないものだってことも。それになにより、世界のどん底にいた「綺麗じゃない」俺が正義の有り様を語るなんてナンセンスだろう。
 リィェンは息をつき、テラスを縁取る手すりにもたれて海風へ髪を梳かせるテレサへ一歩近づいた。
 だけどな。俺だっていつまでもここから見守ってるつもりはないんだよ。
「せっかく綺麗な格好してるんだし、みんなに希望を与える花嫁がそんな顔しないでくれよ。まあ、俺なんかが花婿役じゃ盛り上がらないのもわかるけどね」
 肩をすくめてみせるリィェンにテレサは薄笑んで。
「自虐はあたしの仕事だから、横取りはやめてくれる?」
「きみのオーバーワークが心配でね。少しは引き受けておこうかと思って」


「おー、リィェン攻めるアルねー」
「武辺のくせにかような小洒落たセリフを仕込んでくるとは……」
 こちらは遠巻きにふたりを見やるテレサの契約英雄マイリン・アイゼラ、そしてリィェンの契約英雄イン・シェンである。
「インはどうアル? ふたりがくっついたほうがいいって思うアルか?」
 ロケ弁をがふがふ喰らいながら器用に問うマイリンへ、インは自ら淹れた白茶――日本の茶は全般的に、彼女にとっては濃すぎるのだ――をすすって苦笑を返した。
「それはどうかの。今のテレサにリィェンをくれてやるは、いささかためらわれるでな」
「ん、そうアルねー」
 たとえリィェンが押し切れたとしても、依存の先を父親からすげ替えられるだけになりそうで。それを無二の親友であるマイリンすら認めざるをえないほど、今のテレサは危うい。
「でも、あたし的にはリィェンも危ないかなって。思い詰めるタイプっぽいアルし」
「うむ。そうでなくとも焦っておるゆえな。言うても詮無きことじゃが、時間がもう少しあればのう」
 ボクサーに突きつけられた「最後の機会」はもうじき来る。それを前にテレサは自らを追い詰めていたし、リィェンもまた覚悟を決めていた。
 本当に詮無いことではあったが、せめてあと1年、時間があったなら……ここまでふたりは追い詰められずにすんだだろうに。
「どうあれわらわは最後までリィェンに付き合うばかりじゃ。それはそちも同じであろ?」
「友情は見返りを求めないものアルからね」
 ふたりは顔を見合わせて苦笑し、視線をたどたどしいふたりへと戻す。


「自虐は置いておいて。今のあたしが希望の象徴になれてるって思えるほど、あたしは傲慢じゃないわ」
 眼下に広がるメガフロートの様を見るともなくながめ、テレサは小さくかぶりを振った。
 リィェンは歩を進め、テレサの横にそのたくましい肩を並べる。彼女の顔を見ないのは、せめてもの気づかいだ。心配はもちろん、テレサの問題に自分の我を押しつけたくない。
 もちろん、それ以外のことは尽くすつもりだけどな。
「きみがそうある必要なんてないさ。きみに希望を見るのは、きみじゃなくて他の誰かなんだから」
 テレサの視線を頬に感じながら、リィェンは言葉を継いだ。
「きみにはそれを見せる力がある。きみを仰ぎ見て、救われる誰かがいる。きみに必要なのは自覚じゃなくて、それに対するあきらめさ」
 彼のおどけたセリフに思わず笑みをこぼすテレサ。
 息をついて、肩をすくめて。
「One for All――そうありたいって思ってきたんだけど、いざとなるとだめね。あたしがなにをすべきかじゃなくて、みんなにとってのあたしがどうあるべきか。そればかりに囚われてる気がする」
 ジーニアスヒロインという称号に対し、多くの人々は強いるわけだ。自分はこんなに弱いのだから守れ! 自分に優しく笑みかけ、自分の心も体も完璧にケアして、あげくの果てにはどんな悪も赦さず討って、世界を平和にしてみせろ!
 テレサはそんな身勝手を背負い、担ぎ、抱いて、それでも前へ進もうとあがき、自分が“ジーニアスヒロイン”にふさわしい存在ではないと嘆く。
 くそ! 俺はそれすらあきらめろって言うのか!? ちがう。そうじゃない。俺にとってのきみは、けしてOne for Allなんかじゃない!
「……One for One」
「え?」
「俺はOne for AllでもAll for Oneでもなく、ひとりはひとりのために尽くすものだと思うんだ」
 そうだ。きみが囚われているのはみんなの目だ。
 偉大な父親の娘だっていう、ただそれだけのものに囚われて、みんなの望む自分でいなくちゃいけないと思い込んでる。
「きみは正義を伸べる“手”であろうとする。それは誰にもらったものでもなく、Oneであるきみが自分に望んだ有り様だ。極論で言えば身勝手なんだよ。Allであるみんなが救われるのももちろん身勝手さ」
 だから俺は身勝手に願うよ。
 きみがきみのために生きるきみであってほしいって。
「正義なんて究極の身勝手だろう? 人によって定義はいくらでも変わるんだ。あのボクサーにだって彼なりの正義がある。たとえ認められないものだとしてもね」
 あいつは悪役である自分の義を貫いてる。それはあいつにとって正道で、だからこその正義だ。
「じゃあ、絶対の正義と悪は誰が決めてくれるの?」
 テレサの問いならぬ問いに、リィェンはやさしく静かに、しかしなによりも強く答えた。
「きみを信じる者の心だ」
 きみの正義を決めるのはきみだ。
 そしてきみじゃなくて、父親でもみんなでもない。Oneである俺だ。One for One、きみだけのための俺が究極の身勝手を突き抜いて、絶対無二だと言い張ってやる。
「……俺たちは確かに決戦を前にしてる。形だけでも誓いを交わして、来世で。そう願ってドレスとタキシードに身を通す者がいる。でも、こうも思ってるはずなんだ。“王”なんざぶっ飛ばして、ここで交わした誓いをこの世界で全うしてやろうって」
 太い首に篭もった力でゆるんでしまった蝶ネクタイを締めなおし、リィェンはテレサへ手を伸べた。
「不安も自虐も、今のきみに捨てろなんて言わないさ。それはまさにみんなが抱えてるのと同じものなんだから。でも、だからこそ見せてやらないか? その先にある希望を」
 示した先にはセッティングを終えたカメラマンが待っている。彼のアシスタントも、H.O.P.E.の広報係の面々も、いくらかの野次馬も。
「結局みんなって話になるのね」
 苦笑したテレサがリィェンのネクタイに指をかけ、その角度をなおす。
「でも、それは確かにあたしがあたしへ願う正義の有り様だわ」
 あらためて彼の手を取って、一歩。踏み出した。
「ひとつだけ確認しておくよ」
 リィェンは手に重ねられたテレサの手、そのあたたかさに自らのあたたかさを重ねて。
「それは誰かからもらった正義か?」
 まっすぐな問いにテレサは振り向き、うなずきもかぶりを振ることもなく、まっすぐに答えた。
「ええ」
 リィェンは顔を上げた。
 彼女の言い様にネガティブな色はない。しかし、返ってきたものは「掲げるものは自分の正義ではない」というもので……
「あたしはあのボクサーに突きつけられて思い知ったわ。あたしの正義じゃなにも買えないんだって。でも、リィェン君たちはそんなあたしを信じて、支えてくれる」
 再びリィェンへ背を向けたテレサは、歩を進めながら語る。
 その足取りは彼の支えを必要としないほど強く、確かなものだったが、真意は杳として知れず、しかし、彼女が心を据えていることだけは察せられて――リィェンは押し黙ったまま次の言葉を待った。
「あたしは、あなたたちがくれた信頼に足る正義になりたい。これ以上信じてなんて言えないけど、あたしはそうなれるまであきらめないから。身勝手だってわかってるけど、ね」
 そうか。万感を胸に秘めて、テレサの手を取ったまま片膝をついた。
「リィェン君? タキシードが汚れたら困るでしょう?」
 足を止めたテレサが彼を引っぱり起こそうとするが、リィェンは巌のごとくに不動である。
「これは借り物の衣装だが、借り物だろうと今こうして身につけているうちは俺自身のものだ」
 眉根を跳ね上げるテレサ。リィェンが言外に含めた真意を悟って。彼は今、テレサが思い悩む“与えられたばかりの正義”を語っている。
「きみも俺も借り物の服で、偽物の夫婦をやろうとしてる。でも、借り物だろうと偽物だろうと、行動することには意味があるし、意義が生まれるはずだ」
 たとえ与えられたばかりの借り物の正義でも、それを行うものが偽物などであろうはずはない。
「ましてや本物になることをあきらめない者が無力で無意味だなんて、俺は認めない」
 そうだ。この俺が認めない。
 思えば、初めて逢ったときからそうだ。きみはきみの命を賭けてヒロインを担おうとする。それがきみのなりたいきみで、きみがありたいきみなら……俺はその足を支えて先を拓くだけだ。
 悪いが許可を取るつもりはないよ。なにせ俺は、きみなんかよりずっと身勝手なんでね。One for Oneを貫かせてもらう。それから。
 テレサの手を静かに引き寄せて節くれ立った両手の指で包み込み、祈るように――小麦色の手の甲へ、口づけた。
「今の俺は偽物の花婿だが、それで満足する気はないからな」
 きみを支えるのも拓くのも、俺以外に任せるつもりはない。その身勝手も貫かせてもらうよ。

 しばしの沈黙が重ねられた後、テレサが力を込めて、今度こそリィェンを引き起こした。
「……誰かに告白してもらうなんて、実はエレメンタリースクール以来だわ」
 そしてくすぐったげに笑み。
「ただし。あたしのボーイフレンドになってくれるなら、まずはパパを説得してもらわないとね!」
 リィェンは「そいつはこれ以上ない難問だ」、苦笑した。
 今ははぐらかされたが、かまわない。秘めるばかりだった想いを、こうして伝えられたのだから。インからヘタレ呼ばわりされるのも、今日このときで卒業だ。
 それに俺はきみよりずっと身勝手で、あきらめの悪い男なんでね。
「撮影入りまーす。……お、テレサさんいい笑顔ですねぇ。ただ、花婿さんはちょっと気合入りすぎ? リラックスでスマイルですよー」
 カメラマンに言われ、リィェンはあわてて眉根から力を抜いた。


 リィェンは溶接されたのかと疑いたくなるほど重い目蓋を無理矢理に持ち上げ、かすかに目を開く。まいったな、腫れてやがる。
 これまでの経験ですぐに知れた。ここが病院の個室であることは。
 そうか。俺は、負けたのか。
 テレサの前を塞ぐあの壁を崩せずに。
「リィェン君、よかった。目が覚めたのね」
「テレサ」
 見えてなどいないのに、声の主の名を呼んでいた。反射が利くほど染みついてるか。まったく、我ながらいじましい話だ。
「す」
 すまない。そう告げようとした声は指先で止められて。
「今回の負けでわかったことがあるから。まだ終われない。あたしは絶対あきらめない」
 立ち上がる気配の強さにリィェンは知る。テレサは本当に、あきらめていないのだと。
「ゆっくり休んでて」
 テレサがまっすぐ歩き去って行く。
 じゃあ、俺は――


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【リィェン・ユー(aa0208) / 男性 / 22歳 / 義の拳客】
【テレサ・バートレット(az0030) / 女性 / 22歳 / ジーニアスヒロイン】
【イン・シェン(aa0208hero001) / 女性 / 26歳 / 義の拳姫】
【マイリン・アイゼラ(az0030hero001) / 女性 / 13歳 / 似華非華的空腹娘娘】 
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2018年12月03日

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