▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『『鏡の前で』 』
アレスディア・ヴォルフリート8879

 1日に何度、髪を梳いているだろう。
 アレスディア・ヴォルフリートは洗面台の前にいた。
 さほど、乱れているわけではないのだが、髪を梳きたくなり彼女はここに立っていた。
 彼女にとって髪を梳くこと――頭に櫛が触れるその感触は大切な思い出で、しかし目に映る鏡の前の自分の姿、その髪は目を逸らしたくなる見ていたくない色だった。
 母と同じ色の綺麗な黒髪は無く、鏡に映っているのは色を失った灰色。
 この髪を見るのは、苦しかった。いつでも自分と一緒に在る髪なのに。見ると苦しさを覚えるのに、切ってしまおうとは思えない。
 染めてしまえば少しの間だけでも、見せかけであっても昔の黒さを取り戻せただろう。それで、苦しみを感じずにいられたかというと、やはり虚しさを感じずにはいられなかっただろうけれど。
 そう。護るべくものを護れず、何もかもを失い、何一つ、死ぬことすらも出来ないと思い知ったあの時――。
 雨の中、まるで雨が洗い流してしまったかのように、アレスディアの髪の色は無くなった。
 けれど、嘆くことは出来ない。
 全ては自らの愚かな行いのせいなのだから。
 髪をひと房、手にとって見詰めて思い起こす。
「失われた命を想えば、自分の何を失ったところで贖いようもない」
 頭では理解していた。
 それでも、心までは追いつかずにいた。時を経ても。
 髪を梳きながら、記憶の中の母の感触に抱かれながらも、真の癒しなど得られるはずもなく。
 前を見れば、手の中を見ればあるのは、色のない髪。
 手の中の、鏡の中の自分の姿、その髪の色を見ては、苦しみを覚えていた。

 だけれど、今は。
 アレスディアの脳裏に、新たな大切な記憶が増えていた。
 彼はこの灰色の髪をひと房、手にとって言ったのだ。
 昔の、子どもの姿の黒い髪は確かに綺麗だったが、この髪も美しいと。
 アレスディアの身体の一部であるかぎり、輝きは失われていない、と。
 色を失い、まるで死んでしまったかのような髪。
 それは違うと言っているような彼の言葉。
 色を失っただけで、彼女の髪も生きている。アレスディアと共に。
 彼の顔を、言葉を、声を思い起こすと、胸に熱いものがこみあげてくる。
 今ならこの髪も、少しは好きになれるかもしれない。
 こみ上げる熱は、母を想う時の、優しく暖かいばかりの熱ではなくて。
 とくん、とくん、と、心臓の高鳴りを感じる。
 熱く、痛みをも覚える、熱を感じていた。

 今まで、アレスディアは過去に縋って髪を梳いていた。
 母の姿と、感触と、温もりに縋る思いで。
 これからも、母を想う気持ちに変わりはない。
 だけれどこれからは――。
 アレスディアは、櫛を手に取って色を失った髪を、梳き始めた。
 母とそれからもう一人。
 この髪を美しいと言ってくれる人を思い浮かべながら、ゆっくりと梳いていく。

 記憶の中の、大好きな母の手の感触はもう、得ることができないものだけれど。
 もう一つの、自分を包んでくれる大きな手と身体の感触は、これからもきっと、ずっと得ることができる。
 共にいる、そう約束してくれたから。
 梳いた髪が、さらさらと落ちる姿を見て、今までこの髪を見て感じることのなかった、喜びともいえる温かな感情がアレスディアの中に湧き上がり、熱いため息をついた。
 顔を上げれば、鏡の中の自分の表情がいつもと違う気がした。
 独りで髪を梳いている時の、どこか影のある表情ではなくて、母に髪を梳いてもらっていた時とも恐らく少し違う、穏やかな顔。
「静電気で絡まりやすい季節になったな」
 気付けば、鏡の中の灰色の髪の自分に微笑みかけている自分がいた。
 無理に櫛で梳かすと、髪を傷めるんだったか。
 そう思い、手を軽く濡らして髪を撫でると、頭を撫でてくれた大きな手の感触が。
 小さな頃の、母の手と、最近感じた男性の手の感触が思い浮かんで、胸の中が温かく熱い熱で満たされていった。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【整理番号/PC名/性別/外見年齢/職業】
【8879/アレスディア・ヴォルフリート/女/21/フリーランサー】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

ライターの川岸満里亜です。ご依頼ありがとうございます!
髪の毛の色、自由設定の一部を見落としていたようです。申し訳ありません。
ご説明いただきまして、ありがとうございました。
東京怪談ノベル(シングル) -
川岸満里亜 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年12月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.