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『雪と墨はされども共に 』
銀 真白ka4128)&黒戌ka4131

「うー、寒い。寒いでござるよ! 我慢出来ぬ!」
 さくさくと新雪を踏む二人分の足音が聞こえる。そんな静寂に近い時間を破ったのは、黒戌の言葉だった。先を歩いていた彼は立ち止まって、大袈裟なくらいに両腕で自身の体を抱くとその場で地団駄のように足踏みし始めた。下ろせば足の付け根の辺りまで届く長い髪がふわふわと跳ねるように揺れる。その髪も装束も名前の通り真っ黒なものだ。
「兄上、まだ歩き始めたばかりです」
 真白が事実を述べると、彼は振り返って少し恨めしそうな顔をする。真白の硬い、あるいはぎこちないと評されるものと違って、兄である黒戌の表情は細かく目まぐるしく変化をする。真白もまた自身の名前になぞらえるように髪も着物も白いので、見ず知らずの人からあまり兄妹だと思われたことはなかった。歳が離れているせいもあるのだろう。兄妹といっても自分達の間にはまた別の兄や姉が挟まっている。話に聞くだけで長兄以外とはまだ顔を合わせたこともないけれど。自分が覚えていないだけかもしれない。
「妹よ、そう言われると兄の立つ瀬が無いぞ」
「申し訳ありませぬ」
「いや、やはり拙者が悪かったな。無計画にも程があったでござるよ」
 言って兄は遠くを見やった。倣うように真白もそちらを見れば、雪景色の山麓に小さな人里が見える。あの地を出発したのは数刻前のことだ。そして山登りを始めて暫く経ち、丁度いい大きさの洞穴を見つけたので、先程まで火を熾して暖をとり、村の女性に作ってもらったおにぎりを食べつつ休憩していた。
 そもそもとして何故兄妹二人きりで雪山を登っているのか。その理由は実に簡潔なもので、真白の物心がつく前に氏族が世話になっていたという、また、真白自身も幼かった頃に短い間だが兄に預けられたことのある相手を訪ねるというのが一つ。もう一つは特殊な環境に赴くのだから折角だと、雪上での訓練を真白が希望したという物だ。
 自身と兄の二人で生きるには中々の困難が付き纏い、歪虚と戦い人助けをすることで生計を立てていたその背中を見て育った真白は、何一つ悩むこともなく兄と同じ道を往くと決めた。土地を渡って彼が“ハンター”として歪虚を討伐する仕事の斡旋を受けられるようになると、真白もそれを追い名簿に名を書き連ねた。やっていることは登録以前と然程違いはない。しかしながら、回ってくる依頼はいずれも二人で活動していた頃のものよりも規模が大きく、それゆえに兄以外との関わりも持つようになった。そのこと自体に何も問題はない。むしろ、己の見識が広がっていく感覚に感動すらも覚えるくらいだ。ただ、互いに間合いを見計らわずとも連携が取れる兄とは違い、知り合って間もない相手と上手く息を合わせる必要が出来た。行く場所もその時々で変わる。だから少しでも強くなる為に技術向上を目指す。その一端として兄が山登りを提案した。気温が低く雪解けはしにくいが、天候は安定していて標高も低い。そう勧められたのが決め手だった。実際、既に道中は中程まで来ているだろう。後は崖などの危険がない場所で手合わせしてもらえば真白はそれで満足がいく。
「兄上、一刻も早く山を下りましょう。手合いはその後にでも――」
 言葉を途中で切って視線を向ければ、兄もこれまでの様子が幻だったかのように、気配のほうへと視線を投げつける。静かだが鋭さを湛えたその眼差しのままに、懐から音もなく流星錘を取り出して真白を見た。頷いて応え、腰に下げた剣へと手を伸ばす。死んだ生き物が転化して歪虚となるその性質上、人里から離れた所に現れる雑魔の大半が魔獣だ。
 得物の間合いを活かすためには真白が前に出る必要がある。敵の位置を足音で判別し、狼型の魔獣の攻撃を手甲の力を使って凌ぐ。勢いに逆らわず後退をすれば、真白と魔獣の間を縫うようにしなった鎖の、その先端にある梅花を模した錘が獣の胴を強く打つ。地面に沈んだかと思えば、そのまま塵のようになって消え失せた。真白はそれを確認することもなく二匹目の攻撃を躱して、光で出来た刃で躊躇わず敵の頭部を刺し貫いた。地面が雪で埋まっているため、身動きを取り辛いのは確かだった。しかしながらその不利な条件を考慮しても、明らかに軍配はこちらに上がっている。むしろ、真白にとってはこれが実戦訓練そのものだった。
 意識せずとも呼吸が合うので黙々と、討伐する人間もいないからかやや数の多い魔獣を捌き切って。武器を収める頃には程好い疲労感に真白の息がほっと零れる。兄も裏を表へ戻したかのように雰囲気を一変させて、そして視線を真白ではなく自分達の行く先に向けた。
「もう怖い魔物は一匹もおらんでござるよ」
 その声音は優しく、場違いなほどに暢気なものだった。兄の言葉を聞いて出てきたのは齢十にも満たないであろう少年だった。真白も交戦した直後に気付いたが、敵が気付いていないなら声をかけないほうがいいだろうと黙っていた。目線を合わせた兄がこの先にある村の子供だと聞き出し、共に向かうことになって。兄の後ろから向けられる目を真白はじっと見返した。

 ◆◇◆

 それは過大評価だろうと思わないでもなかったが。自分達も元より立ち寄るつもりだったものの、どこに行ったのかと大騒ぎになっていた子供を連れ帰った黒戌と真白は村人達に過剰なまでの歓迎を受けた。会う予定の人物の住処はまだ先で、以前とは行く道が違っている。だから黒戌も彼らとは特に面識がなかった。なのにこうも親切にされると、素直に好意を有り難がるよりもあくどい連中に騙されやしないかと心配になる。彼らの話からすれば、そもそもこの村を通る旅人は滅多にいないようだが。
 着いたのが夕方頃だったのであれやこれやと騒いでいる内に陽が暮れて、その晩は子供の住む家に厄介になった。野菜を中心とした温かい食べ物までいただいた上に、近くの家の人からは今は出稼ぎに出ていていないからと、布団も用意してもらった。至れり尽くせりとはまさにこのことだろう。打算でもって豪奢な部屋を用意されるより余程、黒戌にとって価値のある時間だ。それは真白にしても同じだろう。彼女はまだ他人の温かみというものに慣れていない。今の自分達の生業を抜きにすれば特に。そんな真白はといえば――
「ねー、お姉ちゃんあそぼー」
「む、あまり強く引っ張るな」
 と、山の途中で出会った時こそ、そのむっつりとした様子にだろう、怖がって距離を取っていた男子に懐かれてさっきから遊び相手になってほしいとせがまれている。きっかけは多分、人によっては堅苦しいと思われる、真白の生真面目で礼儀正しい態度を彼の親が褒め称えたからだ。同じ年頃の女子と比べると少しだけ背が低く、比較的歳が近いというのもあるだろう。気付けば自分よりも真白に懐いていて、少々複雑な気持ちになる。その感情がどちらに向けられているのかは何とも言い難いところだが。
「兄は力仕事をして疲れているでござるよ。遊び相手はお主に任せた」
 言ってすぐ後ろにある縁側に腰を下ろし、そのままごろりと転がって片肘をつく。そうして庭先の二人を見守る姿勢に入ると、真白は口を微妙にへの字にして黙ったものの結局は、承知しましたと丁寧に応じた。ひらひら手を振ってみせるこちらを一瞥し、昨日黒戌がそうしたように姿勢を低くして男子と目線を合わせ話し始める。鬼ごっこ、と大きな声で要望された彼女は難しそうに眉を寄せた。そして恨めしそうに黒戌の顔を見る。
 あれのことかと黒戌は直ぐに思い至った。真白がまだずっと小さかった頃の話だ。その時にはもう木刀を手に素振りをしていたものの、年頃の娘に戦う事ばかりを教えるのは忍びなく、故郷で自身が幼かった頃にしていた遊びを一緒に楽しむことにした。ところが、今よりも大きかった体格差から楽しんでもらう為に手を抜けば真剣な彼女に怒られるわ、かといって本気を出せば話にならずにむくれるわで、結局いい思い出が作れなかったように思う。黒装束を活かして暗がりに隠れようものならば、あまりの見つからなさにさしもの真白も大きな銀色の瞳に涙を滲ませたので慌てて飛び出していった覚えがある。あれは今でも申し訳ないと思う。黒戌からは彼女の姿が見えていて、何か遭っても守る事が出来るのだから問題ないと思っていた。
 ――あれからもう十年以上になる。若く見える黒戌が今の真白ほどの歳で、彼女の背丈は今の黒戌の腰程しかなかった。真白が何も憶えていないのは幸いという他ない。そして、自分が託されたあの秘密は墓場まで持っていくと決めた。もっとも、例えどんな死線の最中に身を置こうとも、そう簡単に死んでやるつもりなどない。少なくとも彼女が自分の手など頼らず、多くの仲間に囲まれて健やかな日々を送れるようになるまでは。そのためには未だ働いても働き足りない。
 もしもこの村の人々が歪虚に侵され、転化してしまったなら。黒戌は迷わずに彼らを討つ。しかし、真白はどうだろうか。剣士としての己を望んでいることに偽りはなくとも、このまま彼女を歪虚との戦争へ向かわせるのは果たして最良か。それを自分以外の誰かに問いかけようとも答える者はない。これから会いに行く相手にしろ、立場は似通ったものだ。しかし、助言はしても黒戌の意思を操るような真似はしない。
(――試されているのは拙者のほう、か)
 真白に――彼女の氏族に最も近い者として、直々に主命を授かった身でもある。責任は今までもこれからも、黒戌の命を賭すに値する重大なものだ。けれど。
 小さな体躯を活かして逃げ回る男子を懸命に追う真白を見て、ふと笑みが零れる。彼女のことを大事に想うから何一つ苦に感じることはない。
「やはり、拙者も混ぜてくれー!」
 跳ねるように飛び起き近付けば、振り返った真白の頬がほのかに色付く。黒戌にはそれで充分だった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4128/銀 真白/女性/16/闘狩人(エンフォーサー)】
【ka4131/黒戌/男性/28/疾影士(ストライダー)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
一人称ではないですが二人の視点なのでなるべくカタカナは使わず、
ちょこっと戦闘を入れたり、ふわっと過去に触れた話になりました。
語彙力に乏しく、時代劇的な雰囲気にならなかったのが心残りです。
少なめになってしまった台詞はギャラリーのものを参考にしました。
また、武器も装備品欄を参考に。やはり刀を、とも思ったんですが
何でも使うとのことなのと、表現的な格好良さから変更はせず。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年12月04日

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