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『空はいつも彼とともに 』
イェルバートka1772)&ピウス(ワイバーン)ka1772unit001

 上空を吹きすさぶ風がイェルバートのフードをはためかせる。戦闘中に押さえている余裕などあるはずもなく、視覚や聴覚を妨げないのならとそのままに背中の大部分を覆う鎧についた鞍の持ち手を握る。今、イェルバートが騎乗しているのは小型の幻獣であるワイバーンだ。実際には勿論勝手の違う点が多いものの、馬やイェジドのように騎乗する側の人間と騎乗される側の生物に相性があり、それに加えてハンターの相棒として戦力に数えられるのだから息の合う合わないは重要な要素だ。行動を共にするようになってそれなりの時間が経ったピウスは遠方からの攻撃を回避しつつ、機導師として術を行使し、仲間を支援する相棒の行動を阻害しないように最大限の注意を払って空という名の戦場を飛び回る。ただし、至近距離にまで迫る歪虚には容赦しない。前脚に付けた爪を模した武器で大型の鳥の魔獣を他愛もなく切り裂く。そうなれば今度は逆にイェルバートがその動きに合わせて、体勢を変えたり持ち手を掴む手に力を込めて対応する。そして、機を見ると懐から魔導計算機を取り出し、周囲のマテリアル汚染を取り除こうと術を発動して――。
「――っ!」
 声にならない声がイェルバートの喉から吐き出される。白い帯状の光が結界の範囲を示すように広がって、続いてガラスを割ったように砕け散って。雪のようにはらはらと落ちるその光の破片の間をすり抜けるように、イェルバートの手元から離れた魔導計算機が落下していく。術自体は既に発動出来ているが、収束を迎えたわけではなく。使い手や結界の範囲内から距離が離れてしまえば不完全な形で止まってしまう可能性がある。それにあれは――。
 ぐ、と軋むほど強く指に込められた力に、ピウスは気付いたのかどうか。言葉で伝えられない代わりに顔をイェルバートの方に向けて頷くような仕草をしてみせると、反応を待つ間もなく急降下を始めた。ほとんど反射的に強く背中にしがみつきながら頭上を見上げる。術の完成はどうにかなりそうだ。戦いもイェルバートの術が届く範囲では行なわれていない。仲間の実力ならば直ぐに片がつくだろう。
「ピウス、もういいから!」
 イェルバートがそうやって声を張り上げても、ピウスが従う気配はなかった。反抗心を伝えるように小さく唸り声をあげる。むしろその勢いは加速していき、イェルバートは唇を噛む。
(――何をやってるんだ、僕は!)
 胸中で自身を責めながら、急速に視界内に広がる森を見つめていた。フードが外れて、金色の髪が大きく掻き乱される。
 このままじゃいけないと、ピウスを止めないとと思っているのも本心だった。制止の言葉を口にしてもその通りにしないのは彼が悪いのではない。自分の心に迷いがあるからだとイェルバートは気付いていた。一緒にいる時間を重ねて、心が通じ合ったから表面に出さない部分まで見抜いてイェルバートの為になるようにと彼が自ら行動を決めてしまう。ちゃんと割り切ることが出来ていたなら、ピウスは仲間の元へ向かい応戦してくれただろう。
 彼にも逸る気持ちがあったのか、勢いを落とすのが遅れたことにイェルバートは気付いたが最早為す術はなかった。それでもピウスは相棒を投げ出さないように、上半身を上向けて――。
 一人と一頭の体に衝撃が走った。

 道を歩きながら、無意識に懐に入れた手のひらに触れる感触がある。固くて大きくて、今のイェルバートにはまだ、手の大きさが足りない――。
 はぁ、と溜め息が自然と零れ落ちた。小さい頃に祖母が溜め息をつくと幸せが逃げる、という言葉を教えてくれたことを思い出す。イェルバートにではなく、新しい魔導機械の開発に手こずっていた祖父に言ったのだったか。さすがに十年近くも前になると記憶はあやふやだが。ただ当時のイェルバートの幸せは祖父母と一緒にいられることで、自分が不幸になれば二人にも迷惑がかかるかもしれない。そんな風に考えてしないように意識はしていた。結局は無自覚に出てしまうものなので、特別多い部類ではないと思うがやめられずじまいだ。
 イェルバートが歩く道の両端には柵越しに草原が広がっている。その向こうにいるのは馬や牛、イェジドやリーリーなど。動物も幻獣も種類ごとに区画が分かれているが、扱いにあまり大きな違いはなさそうだった。そして更に進んでいけばグリフォンとワイバーンの姿も見られる。視線で追ってそこに相棒がいないことを確認すると、イェルバートは脇道に逸れた場所にある小ぢんまりとした建物の扉を開く。ひょっこりと顔を覗かせれば、
「――ようやく会いにきたのか」
 と、初対面の時は無口で恐そうという印象を抱いたものの、付き合いが続けば案外そうでもないと気付いた老齢の男性が、まるでこちらを待ち構えていたように話しかけてきた。作業着を身につけ、ブラシを持って床を磨いていた手を止めてイェルバートの顔を見る。被っていたフードを下ろして会釈をした。
「……すみません。あの、ピウスは……?」
「大したことはないと伝えてあっただろう」
「それはまあ、そうなんですけど……」
 饒舌ではないが口下手でもない、けれど今回ばかりはどうにも歯切れが悪くなってしまう。男性は何か言おうとして、しかし視線を外して考える素振りをした後、短くついてこいとだけ言った。有無を言わせない行動にイェルバートは大人しく従って歩く。ここに来た以上、逃げて帰るつもりはなかった。それに、あのとき伝えられなかった言葉がある。
 一度外に出て、敷地の奥側にある巨大な建物――龍舎へと足を踏み入れる。ワイバーンは全高こそイェルバートより頭二つ分と少し高いといった程度だが、頭から尾までの長さは倍以上にもなり、その体を負担なく収める為には相当の広さが必要となる。見た目自体は藁が敷かれていて餌箱があるなど、牛や馬の小屋とあまり変わらない雰囲気ではあるが。外に出ているものもいればつい先日のピウスのように依頼を受けたハンターと共に戦場に駆り出されているものもいるのだろう。空きがちらほらとあって、残っているワイバーンたちは飼育員の男性やイェルバートがいることなど意にも介さず、やたらと人間くさく欠伸をしたりとくつろいでいる。
(こうやって見るとやっぱり、全然違うんだよね)
 ここに来る度にいつもそう思っている気がする。それは鱗の色や尻尾の大きさといった外見的な部分もそうだが、仕草や鳴き声も違っていて、それぞれに自分のような存在がいるのだと思うと、何とも言えない気持ちになる。喜びのような責任感のような、ぐちゃぐちゃとまとまりのない感情だ。極論を言えば故郷で飼われていた動物たちだって使役する目的で飼っていたのは同じなのに。もっとも、ピウスは法的にはソサエティから貸与された物という扱いだが。
 男性が立ち止まって促すので、一人そちらに近付く。するとピウスは目一杯に首を伸ばし、甘えるようにイェルバートの前へ顔を差し出してきた。それを見たらここに来るまでの躊躇や葛藤が嘘のように吹き飛び、迷わずに手を伸ばして飾りのついていない頭を撫でる。顎から喉の辺り、耳の付け根、それからねだって下がる、一際固く分厚い鱗がついた頭のてっぺんも。他の幻獣のような柔らかい体毛はないけれども、比較的鱗の薄い箇所からは温もりが感じられる。漏れる鳴き声は多分、猫が出す声と似たようなものだろう。
「ごめんね、ピウス。……ううん、そうじゃないね」
 片方の腕を下ろし懐に入れると、中の物を掴んで取り出した。
「僕の大事なものを守ってくれて、ありがとう」
 ピウスの目の前に出してみせたのは魔導計算機だ。ハンターになると決めて、村を出る前の日の夜に祖父から餞別だ、と言って手渡されたもの。それはイェルバートが初めて目にしたときにはもう既に年代物の雰囲気を漂わせていて、物珍しさから用途も知らず欲しいとねだった記憶がある。使用する祖父の格好良さ込みで欲しくなったのだと今はそう思う。そのときには譲られる機会もなく、イェルバートも成長するにつれて大事にしていることを知ってねだらなくなり。欲しい物をくれたことより、先輩機導師として未来を託してくれたことが何より嬉しかった。整備が行き届いているお陰で故障することなく、機導師としての役割を果たすために活躍してくれている。ピウスが追わなければどの辺りに落ちたかすら分からず、探すのを諦めるしかなかった筈だ。運良く木がクッションになったので傷が増えただけで済んだ。魔導計算機を覗き込んだピウスは喜ぶように普段より高い声で鳴いた。そしてばさばさとその場で翼を動かしてみせる。
「何? お礼は遠乗りにしろって?」
 計算機をしまってイェルバートが悪戯っぽく訊けば、ピウスは高めの声を歌うように響かせた。それはまるで鯨の歌声のようで、リゼリオ郊外から海上へ出ようかと思案する。あの後はイェルバートを庇うように着地した為に傷を負ってしまったが、治った報告は数日前には届いていた。なのに、自分のせいで相棒に怪我をさせたと負い目を感じ、訪ねるのに時間をかけたのでピウスの世話をしてもらっている男性が少し怒っている態度だったわけだ。一緒に行動していた仲間も皆、急降下を見て心配したとは言っても怒りはせずに、一人と一頭と一個の丈夫を喜んでくれた。ちゃんと報告しないとなぁと改めて思う。
「ピウスに構ってやるのもそうだが――」
 と、正直存在を忘れかけていた男性の声が聞こえたので、イェルバートは振り返った。
「それをくれた相手にも会いに行ったほうがいいんじゃないか」
「あ……」
 そういえば忙しさにかまけて暫く帰っていない。思わずピウスを見るとじっとこちらを見返してきた。この頼れる相棒のことも沢山話したい。イェルバートがそうします、と答えればピウスが賛同するようにまた鳴いてみせた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka1772/イェルバート/男性/15/機導師(アルケミスト)】
【ka1772unit001/ピウス/オス/不明/ワイバーン】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
もし次の機会をいただけたら一本目に繋がる話が書きたいなあ、
という気持ちがあったので、アルケミストデバイスと絡めつつ
ほんのりとそれっぽい雰囲気を入れて書いてみました。
ピウスくんの名前の由来や鱗の白い部分を雲に見立てて
海に反射する雲のような〜的表現が入れられず無念です。
初のPCユニットで、より自由な感じでしたが大丈夫でしょうか。
今回は本当にありがとうございました!
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ファナティックブラッド
2018年12月06日

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