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『polar star 』
ルカ マーシュaa5713)&ヴィリジアン 橙aa5713hero001

「誰がこんなとこ来ようって言いだしたんだよ!」
「ルカじゃん」
 橙がテントを組み立てながら淡々と返す。
 標高1000メートル近くある小高い山の頂。
 なぜかここだけ刈られたように周囲に樹々がなく、視界を遮るものがまったくない。非常に見晴らしのいい山頂だ。
「360度の大パノラマが楽しめますって書いてあったんだもん! パンフレットに! だけどなんだよくそ寒いぃぃ!!」
 つまりは吹きっさらしということだ。
 ルカが「寒ぃぃぃ」と叫ぶたび、「さみー…さみー…さみー…」とこだまが返って来る。寒さも弥増すというものである。
「…俺は止めたし。…なのにこんなハゲたおっさんの頭みたいな山に登るんだって言って聞かなかったのルカだし」
「今日晴れる言ってたし、実際晴れたし、昼はあったかかったの! なんで陽が落ちたとたんにこんななんだよぉぉ!」
 たしかに昼の間はいたって爽やかで穏やかなトレッキングを楽しんでいたのだ。
 ――さかのぼること、8時間前。
「朝の空気は気持ちがいいなー!」
 口笛を吹いてルカは上機嫌だ。
「…朝ったって、もう9時過ぎてるし」
 秋の終わり、天は高く青く澄み、山の空気が心地いい。。
 鳥たちの声が木々の枝から聞こえてくる。木立の匂いが満ちている。靴裏に踏む枯葉が柔らかく、冷たい風が頬を撫でるが、日差しは暖かい。
 世界はなにごともなく、平和にさえ思えるひととき。
「ヴィー! やっぱり来てよかったねー! こんなふうに空気が違うと身体の中から洗われる気がするっていうか」
 しかし山道が徐々に険しくなってくると、一転、ルカの眉間に皺が寄りはじめた。
 積もった木の葉で滑りやすくなっている山道だ。人ひとり分しか通れないのがほとんどな上、木の根がむき出しで足を引っ掛けやすい。木の枝や幹につかまらないと登れない勾配があったりもする。自然と息が上がる。
「日頃の、体力が、ものを、いう、っていう、か。…明日ぜったい、筋肉痛なる…」
 そんなルカの前を橙が黙々と行く。こちらは足取りが軽い。
「ヴィーはなんでそんな楽そうなの!? いつも部屋で本ばっか読んでるくせに」
「…日頃から本読んでイメトレしてんの」
「イメトレ!?」

 そんな山道をさらにゆくこと、3時間。急に視界が開けた。
 沖まで遙かにつづく紺青の海。水平線の上には雲が広がり、その雲を金色に溶かして輝く陽の光が眩しい。
「うおおおおー!」
 汗だくのルカが、肩で息をしながら大きくばんざいをした。
「着いたー! 頂上だー!!」
 隣で橙も大きく伸びをする。
 眼下に見える海辺に沿った曲線は、地図で見るそれと同じだ。
「…たどり着けたなぁ」
 荷物をおろした橙も感慨深げだ。
「おなか空いたー! 安心するとおなか空くよね」
「早っ…。もう食うの…。まあならハンゴウスイサンと行くか」
「やったー! カレーだ、カレー!」
 ルカがはしゃぐ。計画を立てた時に、「キャンプのメシっていったらカレーだろー!」と言って決めたのはもちろんルカだ。
 橙がキャンプ指南書を片手に、飯盒を提げる三脚型のトライポットと焚火台を組み立てはじめた。持参の炭を試行錯誤しながら組み上げて、固形燃料でつけた火を広げていく。
 無事に火がついたのを見て、橙が額の汗を拭った。
「…なんとか最初の関門は通過できたみたいだな」
「おめでとー! じゃあ、僕は米を研いで、っとー」
「…研いであるの持ってきたから」
「えっ、ほんと!? ヴィーすごい!」
「なるべく手間は減らす」
 橙が飯盒に洗い米を詰めて水を量り入れ、さっそく火にかけた。
「…火加減は、ハジメチョロチョロナカパッパ、だったっけ…」
「へー! それも本で読んだの? じゃあ次はカレーのルーだー!」
 ルカが荷物を漁りだす。
「じゃがいもと人参と玉ねぎ切るんだよね」
「切ったのタッパーに入ってる」
「じゃあ、肉をー」
「肉も切ったのクーラーボックスに保冷剤と一緒に突っ込んできたから」
「ヴィーすごいね! すごい用意がいい」
「なるべく手間は減らす」
 ルカは今や有能なこの英雄に感心するばかりだ。
「んで。カレーってどうやって作るんだっけ」
「じゃがいもと人参と玉ねぎを油でいためて」
「こんな感じ? あ、ちょっと焦げたけど気にしなくてー。で、次は?」
「…肉を加えてさらに炒める…」
「あっ、また焦げたけど気にしな」
「…そのヘラちょい貸して」
「あとは水を足して煮込めばいいんだよね?」
「…まあね、火が保つといいんだけど」
「じゃ火加減はヴィーに任せるねー!」
「…火加減は、っていうか、全部任せてるの間違いじゃ…」

 ルカが頂上を一周してあちこちから写真を撮って遊んでいる間に、橙は肉と香辛料がたっぷりのカレーを仕上げ、ルカは、皿に盛った白飯にルーを山盛りかけたカレーを2杯、昼の間の強行軍のせいもあってか、ぺろりと平らげた。
「ごちそうさまでした! じゃがいもがうっすら生煮えでシャリシャリしてたけど、おいしかったー!!」
「…うん良かったな。ってか生煮えで悪かったな」
「けど、なんだかんだでもう夕方かー。ずいぶん暗くなってきたね」
「…秋の日は釣瓶落としって言うらしいから、日が落ちたら暗くなるの早いんだと思う」
「なに、それも本に書いてあったの」
「うん」
「ヴィーはほんと読書家だよねー。で、あれ? そういやカンテラどこだっけ」
 見る間に暮れてもう手元も見えにくい。照明を探していると、
「…カンテラならルカが持ってくって言ってたぞ」
「僕?」」
 僕だっけ?と首を傾げたルカの顔色が、さあっと青くなった。
「わー! 玄関においてきた!」
「なんだって」
「あとで入れればいいやって手に持ってたの! 靴のヒモ結ぼうって思って座った時に横に置いてそのまんま…」
「ええ…」
 そう言っている間にも、ふたりの前で小さくチロチロと揺れている焚火の火は消えつつある。
「ということは、俺たち、この先灯りゼロってこと…? いやいやたき火しほうだいってことだよ!」
「燃料と炭はもうないぞ。このカレーを作るので使い切ったから」
「薪を集めよう!」
「いや、ルカは簡単に言うけど、この辺を歩き回るにはもう暗すぎて危険だ」
「じゃあさ! こういうときの魔法だよ、魔法!」
「…俺、武器と防具ぐらいしか出せないけど。盾とか。剣とか。」

 ――そして現在。
「誰がこんなとこ来ようって言いだしたんだよ!」
「ルカじゃん」
「寒ぃぃぃ!!」
 文字通り遮るものが何ひとつない山頂でふたりは凍えていたのだった。

 切るような寒さの風のみならず、地面も冷えて足下から寒気があがってくる。指先の感覚がもうない。暗さに身動きが取れない。
 橙はテント布に骨組みになる繋いだポールを通していた。
「手慣れてるなぁ…。それも本」
「本で予習したの」
 ルカが言い終わる前に橙が言った。
「慣れてはないけどな、っと…」
 テントを固定するためのペグを地面に打ち込んで、ふう、と息をついた。
「これでひとまず風は避けられる。何もないよりかマシだろ…」
「やった! ひとまず風を避けられるー!」
 橙の口真似をして早速テントに潜り込んでいったルカだった。

 ふたりは狭いテントの中で身を寄せ合い、かろうじて持ってきていたブランケットにくるまっていた。
「手狭だと思ったけど、おかげでこうしてくっついてりゃ少しはあったかい、かなぁ…」
 それでも夜明けまでは長い。どうしたものかと橙が考えていると、テントの小窓から外を見ていたルカが突然叫んだ。
「ヴィー! 星! 見て!」
 なに、とルカの隣から顔を出した橙も、空を見上げるとさすがに目を瞠った。
 嘘のように愚神も従魔もいない世界に戻っていそうな、星屑を一面に散りばめた夜の空。気が遠くなりそうなほどの。
「…満天の星って言うけど、ほんと星でぎっしりじゃん…」
「星ってこんなにあったんだなー!」
「…いつもはほんのひと握りの明るい星しか見えてないってことだな」
「カシオペア座は?」
「…んー…、星ありすぎてどれだかわかんない」
「じゃあ北極星は?」
「…北極星もわかんない。あっちが北っぽいけど…」
 腕時計の方位磁針を見ながら指を差した橙だったが、ああ、と手を打った。
「タイムラプスで空を撮影すりゃきっとわかる」
 すべての星が北極星を中心に回っているよう映るだろうから、と。

 端末で撮影したタイムラプスを再生していた橙が、わかったぞ、と夜空を指さした。
「あれが北極星だったんだ。としたら、斜め下のがカシオペアかな…」
「あれかー! まぎれちゃってわかんないもんだね。そういえば星座ってさ、昔は今とは見え方が違ったって聞いたことある」
「…ああ、星座も今の星座の見え方ではなくなり、北極星もいつかは見える位置がずれて北極星じゃなくなるらしいな」
「んー…たった今も星の位置は変わってってて、何百光年も向こうから届く光も、星は実際の場所にはないかもしれない?」
「…だな。なんでもそうなのかも。俺たちも、俺たちが見ている世界も。変わらないように見えて実は今も刻々と変わっていっている」
「でも、北極星を頼りにしていた昔の人たちもいたし、僕らも今こうして見てるし…。変わりながら、変わらない、でもあるのかなぁ。…ねえ、僕らさ、10年後にはどうなってるんだろうね」
「…10年後どころか、1年後にどうなってるのかもわかんねーじゃん…」
「うん。…でも。でもさ、…僕らもさ」
 今も世界中のあちこちで誰かが戦っている。愚神たちも人類も、世界を変えようとしている。
 目まぐるしく変わりつつある世界で、変わらないものがある。変わっていないように見えても、変わりつつあるものもある。
「ん…俺らも、きっと…」
 明日、朝がきて、山を下りて、世界は何も変わっていないと思ったとしても。また、たとえ大きく変わってしまうことがあったとしても。
「とかって言ってる場合じゃねえ! 窓開けてんな、ただでさえ寒いのに! 凍死するぞ!」
「うわーん! さみぃぃぃ!!」
 ふたりの頭上に夜の天球がある。
 あまたの星々は、静かに、たしかに、今も回転しているのだ。
 あの北極星をめぐって。



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa5713    /ルカ マーシュ /男性/18/人間】
【aa5713hero001/ヴィリジアン 橙/男性/25/カオティックブレイド】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、工藤彼方と申します。
このたびの発注、たいへんありがとうございました。
寒空の下のキャンプで一夜を過ごすにも不安なロケーションでございますが、
なんだか申し訳ないことにヴィリジアンさんがどんどん苦労性になってしまいました。
ルカくんは案外と自分で思っているよりヴィリジアンさんに日々支えられているのではないかな、という、
そんな工藤版になりました次第です。
あらためてまして、ありがとうございました。

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2018年12月07日

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