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『売り子の少年 』
ラィル・ファーディル・ラァドゥka1929

 立ち寄ったジェオルジでの祭は、なかなかの賑わいだった。
「なんや、えらい騒ぎになってるんやな」
 ラィルは領主の館の近く、普段は牛や羊がのんびり草を食んでいるだろう場所に設けられた、臨時の市場を冷やかして歩く。
 各村が特産品を並べているのは当然としても、ヴァリオスで流行の衣装を身に着けた売り子が綺麗な布やアクセサリーを売っていたりもするし、ポルトワールから来たと思われる日焼けした男が干し魚を積み上げていたりもする。
 店をのぞいて回るほうの身なりも様々だ。
 まるでそれぞれの町の市場が一斉に出張してきたような大騒ぎである。
「僕もここやったらあんまり目立たんなぁ」
 思わずニヤリと笑うラィル。
 小麦色の肌に銀髪といういで立ちも、エキゾチックなアクセサリーも、この騒ぎの中でならそれほど目を引くことはないだろう。
 元々物売りとしてあちらこちらを彷徨っていたこともあり、つい「店を出す側」の視点になる。

 暫く歩いていると、ふとある店の売り子と目があった。
 まだ12〜3歳と思われる少年である。
 両側のにぎやかな出店に挟まれた小さな屋台には、素朴な籠に盛った果物や木の実が並んでいた。
 正直言って、全く目立たない店構えだ。
 同じようなものを扱っていても、口八丁手八丁のお姐さんが賑やかに呼び込みをしている店もたくさんあるのだ。
 ラィルは店先に立ち、小ぶりだが宝石のように赤く色づいたリンゴを指さす。
「なんぼや?」
 少年は驚いたように目を上げ、周囲の喧騒にかき消されそうな声で値段を告げる。
 相場としてはやや安いが、商品の質を疑うほど安すぎるというほどではない。
「うまいんか」
「うん。あ、ううん、どうかな」
「なんやそれ」
 ラィルが思わず噴き出す。少年は顔を赤らめて視線を外した。
「そのままだと酸っぱいんだよ。干しリンゴにしたり、ジャムにしたり、お菓子に使ったりするとおいしいんだ」
「ほなそう言わんと。お客さんを買う気にさせな、商売は始まらんで」
 ラィルは売り物台を回り込んでずかずかと入り込むと、あっけにとられる少年の隣に座り込んだ。
「にいちゃん、なんだよ?」
「どれ、ちょっとこっちから見せてもらうで」
 人好きのする笑顔を浮かべ、ラィルは知り合いのように少年の肩をたたく。

 売り物をあらためながら、ラィルが思いだすのは自分が少年だった頃。
 彼も売り子だったが、他に「本当の仕事」を持っていた。
 だからこそ、本物の商人に完璧になりきる必要があったのだ。
 ――本当の目的を隠すために、誰にも本当の仕事を悟らせないために。
 その生活を捨て、別の道を選んだ今になって、商売の楽しさを心から楽しめるようになった。
 この何か事情がありそうな少年にも、どうせなら楽しく店を出してほしいと思う。
「あんな、これだけ店が出とったら目立たな負けるんやで。なんも大騒ぎせんでもええんや。でも通りかかったお客が『なんやろな』と足を止めてくれるような工夫は必要や」
 ラィルは籠の中からレモンを見つけた。
「おっ、ええもんみっけ。ちょっと待っときや」
 言い置いて店を飛び出すラィル。しばらくするとどこかで調達した鍋と砂糖とを抱えて戻ってくる。
 それから少年が足元に置いていた簡易ランタンに鍋を置き、砂糖と切ったリンゴを入れ、レモンを絞って、即席のコンポートを作りはじめた。
 リンゴの煮える甘い匂いに、すでに何人かが足を止めてこちらを見ている。
 ラィルは煮えたばかりのリンゴを味見して、少年に向かって親指を立てて見せた。

 試食販売は大成功だった。
 持ってきたリンゴはもちろん、ラィルはついでに上手い口上で笑わせながら、栗やクルミもきっちり売り切った。
「いやー完売は気持ちええな!」
 満足そうに伸びをするラィルに、少年は尊敬のまなざしを向ける。
「にいちゃんすげえな。売り物をばんばん食べさせるなんて、最初は何考えてんだと思ったけど」
「それも僕の編み出した作戦やで。まあ少年は次からこの手を使ってもええわ」
 少年はぽつぽつと、自分の事情を語りだす。
 いつもは父親が店を出していたのだが、今年は山で怪我をしてしまい、代わりに少年が初めて店を出したのだそうだ。
「でもたぶん、今年は父ちゃんより稼げたと思う」
「そうか。ほな次からは親父さんと一緒に店ができるな」
 少年がうれしそうに頷いた。

 身につけた商売の技術は、嘘を誤魔化すためだった。
 その苦しい思い出はしばしば蘇ってラィルを苛む。
 だがこんな笑顔を見られるなら、悪くないとも思えるようになった。
(罪滅ぼし、なんて言うつもりはないけどな)
 少年と手を振って別れながら、家族の団欒のひとときを思う。
 誇らしげな笑顔に、彼の家族もきっと楽しいひと時を過ごすだろう。
 できれば、そうであってほしい。
 自分が持つことのできなかった時間に思いをはせ、ラィルは顔を上げて歩き出した。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka1929 / ラィル・ファーディル・ラァドゥ / 男性 / 24 / 人間(クリムゾンウェスト) / 疾影士 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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おまかせノベルのご依頼、誠にありがとうございます。
折角この時期のご縁でしたので、ジェオルジの郷祭での一幕を選びました。
いつもシナリオでお助け頂いているので、こんな少年がいたらついアドバイスしてしまうんじゃないかと。
お楽しみいただけましたら幸いです。

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2018年12月10日

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