『人魚姫は愛しき日々を送る 』

ジュード・エアハート（ka0410）

　バイバイ、またねと手を振る小さな女の子に手を振り返して。親子の姿が見えなくなると、ジュードは踵を返して店へと戻った。扉を閉める前にクローズドのプレートをぶら下げるのも忘れず。店内に足を踏み入れた途端、気が抜けて欠伸が漏れた。
　ハンターと菓子屋の店長、どちらがジュードの本業かと訊かれればどちらも、と言わざるを得ない。歪虚のいなくなった世界で海商として成功を収めることが今の夢だし、その為には覚醒者としての能力を最大限に活用したい。危険は付き物だし、装備や消耗品が入用になるが、その分リターンも大きい仕事だ。菓子屋だって道楽や練習台でやっているわけではなく、仕入れた材料や気候に合わせて作り方を変えたり、甘い物好きだからこそ並々ならぬこだわりもある。勿論それで赤字は出せないので、採算が取れるのか検討を重ねる必要はあるが。
　ハンター業で数日の間店を閉めることも珍しくなく、生ものの在庫を溜め込めないので大体は需要を予測して量を調整し、売り切れ次第閉店というスタンスを取ることが多い。今日も商品棚はすっきり片付いていた。
（先に掃除を済ましちゃって、それから買い出しかな）
　まだ後二、三日はリゼリオに留まって営業に専念するつもりだ。不定休の為、どうしても固定で誰かを雇うのは難しいが、依頼を通じて知り合った友人に声をかけて何人かには手伝ってもらう予定になっている。明日は賑やかな一日になりそうだ。
　てきぱきと店内の掃除を終わらせて服を着替える。気分に合わせて選べるよう並べてある服まで手を伸ばし、少し考えて男物の方を手に取った。お菓子作りは明日の朝になるが、売り上げの確認や道具の用意などやることはまだ山積みだ。
　そうして店を出る頃にはすっかり暗くなっていて、急いで商店街の方向へと向かう。女物も慣れれば思った程動きにくくないが、こっちが身軽なのも確かだ。軽やかに風を切る感覚が気持ちいい。何とはなしに見上げた空は晴れて星が輝いている。
「――あ、猫だ」
　反射的にそう呟く。後少しで商店街に着くという頃合いだ。茶色の毛がところどころ日に焼けたせいか金に近い色になっている野良っぽい猫が道の隅に座り、灰色の目でじっとジュードを見つめ返していた。確か誰かに雌猫だと聞いた覚えがある。
「おいで」
　ジュードも距離を取りながらも邪魔にならないよう端に寄って、しゃがみ込むと鳥の鳴き真似をして気を惹いてみる。次は猫の真似。少し待ってみても動く気配がなかったので溜め息を零し、諦めて立ち上がる。
「……見た目は似てるのになぁ」
　中身が違うから仕方ないけど。あるいは、勝手に重ねて気に入っているからそれを感じ取って懐かないのかもしれない。まあ人間と猫を比べるのもナンセンスな話だ。
　じゃあね、と挨拶して離れていくジュードの後ろ姿を猫は暫く見つめていた。

　深く、終わりのない世界へと落ちていく。視界一杯に深い蒼が広がっていて、呼吸すらもままならない。そこでようやくジュードは自身が海に沈んでいることに気付いた。故郷の海は冴え冴えとして自由で、なのに人間たちの勝手な都合で争いの火種にさせられる。海軍に海賊、そして海商。歪虚ではなく、海賊の手によって沈んだ船も、無視出来ないだけの数に及んだ。だから海商に雇われた乗組員も自ら対抗する術を身につけ、海上での争いは続いて。
（――なのに、なんで助けられなかったんだろう）
　慕っていた相手を助けるどころか、逆に、お前には将来があるとジュードを守り助けてくれた。年齢なんて関係がない。未来があるのはあの人だって同じだったのに。だから、仇である歪虚を許すことが出来ない。歪虚による被害を受けて命を落とす人や悲しむ人を見るのは御免だ。
（俺も……このまま沈んで、消えるのかな）
　そんなの嫌だ、とジュードは胸中で言葉を足した。やり残したことは山程あるし、スタートラインにすらも立てていない夢だってある。それから両親、友人、ハンターとして依頼をこなす過程で出来た仲間。彼らをあの時の自分と同じように悲しませるのは絶対に嫌だ。何より――
　愛しい人の名前を呼ぶ。声に出すことは出来ないけれど何度も繰り返す。人魚姫のように泡になってあの人の幸せを祈るんじゃなくて、暗闇の中でも二人で手を繋ぎ、足掻いて生き延びるのだ。
　水面へと手を伸ばした瞬間、光とともに雨粒が降り注ぐのが見えた。

　微睡みから緩やかに意識が覚醒する。帰って帳簿をつけている最中に寝てしまったらしい。
「夢かぁ」
　既に曖昧だが辛くて苦しかった後に、何かいいことがあったような。そんな印象が残っている。
　さすがに疲れたと寝る為に立ち上がろうとして。帳簿の脇に置かれた紙に気付き、文面を視線で追う。そしてジュードはふっと笑って言った。
「起こしてくれればよかったのに」
　紙を大事に持ったまま、今度こそ立ち上がって部屋を出る。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka0410／ジュード・エアハート／男性／18／猟撃士（イェーガー）】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
色々な部分が書きたくて詰め込んだので
かなり駆け足気味になっちゃってますね。
称号がとても印象的だったのと、ギャラリーにある水中の絵や
コメントの一部の人魚というフレーズにときめきを感じたので
その辺もちょっと意識してます。ふわふわっとだけですが。
今回は本当にありがとうございました！

おまかせノベル

りや

ファナティックブラッド

2018年12月10日