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『花よ 』
蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009)&白藤ka3768

●導

 蝶よ 花よ
 熱をもて 地を乾かし
 光をもて 辺りを灯し
 花は甘く 蜜は甘く
 蝶よ 花よ
 甘い夢に はばたけ

 蝶よ 酒よ
 心をもて 己を過ごし
 闇をもて 夜を明かし
 酒は甘く 精は甘く
 蝶よ 酒よ
 甘い時に かたむけ

●朱金の冬 〜雪起こしと猩々木〜

 穏やかな白の薔薇を照らすように、鮮やかな紅の星が輝く。
 楽園の名を恣にする雫が纏うのは甘い南国の香り。
 苦味と酸味の中に、太陽の輝きのような彩りを、溶かし込んで。

 聖輝節の賑やかさに浮かれているのか、道を行き交う人々の顔には笑顔が浮かんでいる。
 知らぬ顔ばかりであっても、眺めていれば自然と口角はあがる。
 賑やかな空気をかみしめながら、蜜鈴は急がぬ速度でバーへと向かっている。
 連れはない、今日という日は特別に誰かを呼ぶつもりはなくて。
 行きずりで隣り合った誰かでも、偶々同じ場所に居合わせた友人でも。
 示し合わせたのでなければ、誰でも。
 別に蜜鈴に向けたものでなくて、誰の声でも。
 蜜鈴が好ましいと思ったものに向けた笑顔でなくても。
 誰かの感情が、想いが、どこかに届く様を眺めていたくて。

 カウンターの端、マスターの仕事を横から眺めるようなその席は、店内もぼんやりと眺めることが出来る。
(成程、逢瀬に似合いの店であったか)
 季節柄もあるのだろう、互いに憎からず想う者同士で交わす杯はどこも鮮やかな色に溢れている。
 誰もが互いの連れに心も視線も向けており、それを肴にでもしようかと己の盃を傾ける。
 コトリ
 もう数口で干す頃、新しい杯が置かれた。
 視線で問えば、マスターも視線で教えてくれる。
 転じた視線の先には独りで呑む男。
 隣に座るでもなく、カウンターのもう一方の端から齎される会釈。
(お仲間の様じゃな)
 新たな盃を引き寄せ謝意を示せば、それで終わる程度の仲だ。
 先の酒を飲みほしてから、ゆっくりと。
 蜜鈴の為の一杯を楽しむことにする。

 奏者が穏やかな音色を響かせる。
 抑えた照明の中、朱金の蝶が仄かな明かりとなって蜜鈴の周囲を舞い踊る。
 盃の礼にと選んだ祈りの唄は、ただ静かに響くのみ。

 清廉であればこそ 祝福を
 身も心も 漣こそあれ ただ流れゆくままに
 清廉であればこそ 慰めを
 不安も怯えもすべて 神の雫でやわらかく解して

 ささやかな壇を降りれば、男が立ち上がっている。
 近寄ろうとする気配を感じ取るが、視線は向けずにバーを出た。
 礼は終えたのだ、袖を重ねるほどの縁でもないだろうから。

●春 〜花見酒と空木〜

 プシッ
 小気味良く酒気の泡が解放されて、二人の持つ缶ビールが乾杯の音を鳴らす。
「昨夜の雨で、桜は全て散ってしまったばかりというに」
 花見とはまた酔狂な。そう零しながらも酒のあてを携えて来てくれる蜜鈴に白藤は短く感謝を告げる。
「せっかく見つけたせっかちさん、蜜鈴と一緒に見たいと思ったんやもん」
 箱買いした缶ビールを空けていく白藤。その片手が示す先には白い早咲きが一枝。
 まさに綻んだばかりの瑞々しい花弁の朝露が、日差しをうけてきらりと光る。

「花は口実なんじゃろうに」
「なぁに、ばれちゃってるん?」
 ほんの少し、灰色に影が増したように見えるけれども。
「付き合うつもりで来ておるよ」
 悪う酔わぬようにと、肴選びに配慮するくらいわけもない。
(思いきし酔わすも手と思うたが……)
 長引かせるのは悪手と感じ。より美味く呑めるようにと揃えている。
「……潰れても構わぬよ」
「うち、弱いつもりはないよ?」
 ちいさな呟きを拾ってしまう程度に、尖らせているようにも。
「万が一、億が一の話じゃて」
 呑みたいだけ呑むのが一番で、抑える方がきっと、身体にも心にも悪いだろう。
 楽しく、望むままに干せばいい。
 ……満たされる時間は長い方が良いに決まっている。
(留まり木くらいにはなりよるよ)
 こくりと飲み干し薄く笑みを浮かべた。

 咲いたばかりの薄紅の花弁が皆、強い雨に流されて。
 寂しくなるほど短い花期を惜しむ心に、空ろ木の花が入り込む。
 明け方に少し休んた程度で、一枝の花を見た時の郷愁は強く。
 本当なら休息を欲しているはずの身体を動かして、誰かの傍を選んで……
 空けた缶はいくつ目だろうか。
 耐えきれなくなった欠伸が、ゆっくりと白藤の意識を蝕んでいく。
「……眠ぅ」
 とろりと瞼が緩んで、張っていた身体も抜けがちに。
 本当は、酒のせいではない。いつもの半分も呑んでいないと分かっている。
 けれどこれは、酒のせいになるはずだと、そう決めたから。
 雨上がりのやさしい日差しと、すぐ傍の蜜鈴の温もり。
 美味しい肴に、舌も胃袋も満たされて……
 状況証拠は揃ったと、ゆるり身体を横たえる。
「ん〜……」
 すり、と膝に頬を摺り寄せて。
 ……すぅ
「……起きるまで、ここに居るよ……」
 子守歌のように、蜜鈴の声が深く、眠りへ誘っていく。

●漆黒の夏 〜石楠花と花糸撫子〜

 波打つ紅が、きめ細やかな白の海を淡く桃色に染めてゆく。
 かつてもてなしの場となった城の名を冠した雫は爽やかに香る。
 甘さと深みのある紫は、弾ける空気を迎え入れて、明るさが増していく。

 路上までも利用した屋外酒場は暑い夜を爽快に過ごしたい者達で盛況だ。
 良く冷えた酒を交わし、暑さを忘れるためとばかりに目まぐるしいほどにジョッキが行き交う。
 寝苦しい夜はもう嫌だと寝床を這い出した白藤は、今日も酒場で酒を交わす。
 連れが居る時もあれば、居ない時もある。
 単に都合がつくかどうかの違いだけだ。
 単身酒場に乗り込んで、飲み比べなり驕り合いなり遊びに興じるのもそれはそれで楽しいものだから。
 どれほど遅い時間でも、この時期の野外酒場は誰かしら人が居る。
 人が居るから灯りも絶えない、むしろ眩しすぎる時だってあるくらいだ。
 都合がいい場所だと思うし、それを利用して今日も夜をやり過ごす。

 酔いつぶれた者達の寝姿に笑いを零しながら、タバコに火をつける。
(酒の勢いとか、そりゃ駄目やわぁ)
 今日の主役は恋に破れた男で、受け取ってもらえなかった花束は今なお男の傍に在る。
 心を差し出された給仕は上手にあしらった上で、男を喜劇の主役に仕立て上げた。
 その見事な手際を思い出しながら、今なお酔っぱらいの合間を縫う様に動き回る姿を眺める。
 パチリ
 目が合ったからか、カクテルのメニューを差し出された。 
「そろそろ迎え酒のタイミングぅー? 冗談、そもそもこれくらいじゃあ酔ったうちにも入らんもん」
 言いながら適当におすすめを頼む。
 たまには人から見て似合いの酒、なんてものもいいかもしれない。

 方々にある灯りのせいで、影は伸びず、足元に留まったまま。
 寄り添おうというのか、影から溶けだすように現れた漆黒の蝶がくるりと回って。
 大丈夫だと微笑めば、もう一度、くるり。
 グラスに添えられたレモンにそっと、留まった。
「なぁに、一緒に呑んでくれるん?」

●秋 〜月見酒と草珊瑚〜

「ススキじゃないんやね」
「妾達には、こちらの方が似合いであろう?」
 雲はなく、まぁるい月が煌々と輝いて。
 輝きを返す朱色も、どこか宝石のようにも見せてくれる。
 ただ暗いだけの空の闇色も、どこか穏やかな雰囲気となっていた。
「豊作を感謝するものと聞いたに、農家ではない妾なれば……力を示す、依代のようなものじゃ」
 選んだ所以を語る様子に燻るような熱を感じ取る。
 呑むなら、楽しくあるべきだ。
「うち、呑めればなんでもいいと思ってたわぁ」
 茶目っ気を強めて笑えば、妖しく笑い返される。
 盃を差し出して、呑もうと誘った。
 呑んでしまえば、空気なんていくらでも変えられるから。
「では……一献?」
 詩天の酒はそれこそ、リアルブルーで呑んだ酒にとても近い。
 風習にあわせて用意されたそれを呑めるだけでも今日、お呼ばれに預かった甲斐がある。
「おおきに! 勿論、うちの返杯受けてぇな?」
「……感謝しよる」

 静かに呑むのはいつも通りに見えるが、それにしたって今日は静か過ぎるように思う。
「かーいいけど、これって食べられるん?」
 月のお供に目をやって、思いついたまま声に出す。
「毒ではないと聞きよるよ」
「味はどうなん?」
 美味しいなら味わってみよかなぁと、一房に手をかけ、一粒をぷちんと手の中へ転がす。
「……」
 途端に視線を逸らされて、ぽぉい。
 遠くに投げて、証拠隠滅は確実に。
「遠慮しておくわぁ」
「なんじゃ、つまらぬ」
「蜜鈴ひどぉい……実際どうなん、アレの味」
「食べられる……だけの筈じゃな」
「ネタにもならんやつや!」
 むしろ蜜鈴、食べた事、あるん?

 鈴生りの赤は海の宝石に似て、恵まれた意味を持っているというのに、実態はとても平凡で。
 陽のためにある鏡のような月を見上げ、闇色の空を見据え、何も為さなかった悔悟に耽る。
 忘却の彼方か、記憶の海の底か……欠片は在れど形は見えぬ。
 形ばかり在ったとしても益が、力がないならやはり普通と同じ、むしろそれ以下ではないのかと。
 己の力とは、益とは、才能とは。
 他と違うと言われるばかりが強く残り、十全に揮えず無為となったいつかを。
 見下ろせば、平凡の赤が映りこむ。
 この赤は、血の色とは違うはずだ。
 月明りに満たされて宝石のように輝いても、それだけの実。
「これだけ可愛い美味しそうなんやから、それで十分かもなぁ」
 足りないのではなく、相応の充分という視点。
 愛でる様子を見つめてから、もう一度、赤を眺める。
 血の色ではないと、断じることができて。
(……飲み干しきれておらなんだか)
 瞬いて。
 今は、自身が、そのままで在れる時のようだから。
 己の羽を休めても、よいのかもしれない。

●未

 四季を巡り
 花を巡り
 酒を巡り

 蝶よ 花よ
 甘い夢に微睡み
 蝶よ 酒よ
 甘い時に揺蕩い

 蝶よ 花よ 咲けよ……

━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka4009/蜜鈴=カメーリア・ルージュ/女/22歳/聖魔術師/陽光の蝶が宿す、爪跡】
【ka3768/白藤/女/28歳/調猟撃士/月影の蝶が抱く、茨鎖】
おまかせノベル -
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2018年12月11日

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