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『そしてまだ二人の歩みは続く 』
マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&迫間 央aa1445

 深い青色の髪とドレスの裾が風に揺らめいていた。能力者である央には彼女が他の人間からどういう風に見えているのか、よく分からない。ただ、少なくとも能力者にしか認識出来ないというわけではないのだろう。まるで追っ手に狙われているかのように人目を避けて――彼女の格好を見ればその画は容易に想像出来たが――央が山積みの書類と格闘しているオフィスの前を通り抜けるその姿を見たときには、体がうっすら透けていることも相まって、ここ数日の残業による疲労と寝不足で頭がやられてしまったか、まだこれくらいでおかしくなるほど歳は取っていないのに、とかそんなことをつらつらと考えて。しかしもし自分が幻覚か幽霊を見ているのならあの様子はおかしいと気付き、そこでようやく彼女が異世界の住人――英雄であると思い至り。分かってしまえばいてもたってもいられずに、央は諸々の仕事を投げ出してオフィスを離れ、そして彼女が向かった方向と人が多い場所にはいないだろうという推測から辿り着いたのが、屋上だった。
 央が勤める庁舎の屋上は見晴らしがいいことから、夕方や夜まで一般にも開放されている。といっても周辺に特別珍しい歴史的建造物や自然の名所があるわけでもないので、賑わうのはせいぜい近くの小学生が遠足に来た日くらいのものだが。既に夜も更けて職員の利用もない屋上の縁に、彼女は腰を下ろしていた。
 暗闇の中で揺れる髪は、波のようでありながら深海に似た闇に溶ける色をしている。その髪とは逆に彼女が身にまとっている衣装――ウェディングドレスの白は光を放つように輪郭を浮き出しているように見えた。今にも飛び降りてしまうんじゃないか、そう思うと元々走ってきたせいで早鐘を打っている心臓がいよいよ限界を越えて破裂してしまいそうだ。
 それでも放っておけないと央は思った。世界蝕、そして愚神の出現。抜きん出た身体能力を持つ人間に能力者という呼称が与えられた段階で、央は自らにもその能力があると知った。だが、だからといって何か変わるわけでもなかった。自分の身の回りで愚神絡みの事件が起きることもなければ英雄が姿を見せることもない。その時にはまだH.O.P.E.は存在しなかったから学生である央に力を活かす為の道標は存在しなかった。そのまま何処か遠くで起きている出来事のようにニュースで成り行きを眺めながら、安定を求めて公務員になって。けれど。
 まだ名前も知らない彼女は美しかった。遠巻きに数秒見ただけなのに、心を惹きつけてならなかった。このことを一目惚れというのだろうか。好きだと感じるとか、本能的な欲求に駆られるとか、そんな今までの即物的な感情とは違う。ただ彼女が誰とも誓約を交わさずに消える様を見たくないと思った。そして出来ることなら、この手で救い出して共に戦いたい。
 伸ばしかけた手を下ろして央は足を踏み出した。そして名前も知らない彼女に話しかける為に口を開いて――。

 あの日と同じように風が屋上を吹き抜けていく。柵にもたれかかって青空を眺めていると唐突に白く輝く蝶が視界の端をかすめ、央は真上に向けていた顔を正面へと戻した。光が消えればウェディングドレスを着た女性――マイヤが姿を現し、一瞬央の顔を見返した後、直ぐに視線を肩の辺りまでずらしてしまう。
「……ねぇ、今日は何か用事があるの?」
「いや、特に無いな。……帰りにH.O.P.E.に寄っていくか?」
 自分でも居酒屋のような扱いに突っ込みを入れたくなったが、マイヤは特に気にならなかったらしい。彼女がこくりと頷くとまた央の目の前で蝶が舞って、何も無かったように彼女の姿は消え失せた。その代わり、先程まで何も持っていなかった筈の央の手には握れば隠れてしまえる程度の大きさの宝石が残された。
 誓約を交わした英雄は実体を持ち、この世界の人間と同様に行動することが可能になる。といっても彼らが異世界の存在なのは変わらず、極端な話をすれば飲まず食わずでも死ぬことはない。大抵は無意識にある習慣から、あるいは物珍しさから好むらしいが。
 しかしマイヤはそういった日常生活を好まない――というより、疎んでいる節がある。誓約を交わし、エージェントになったまではよかったが、央がそれとなく食事や買い物に誘ってみても彼女は首を振るか断りの言葉を入れて、またあの宝石――幻想蝶の中に籠ってしまう。自主的に現れるのは依頼に関する事柄くらいだ。暫く依頼を受けずにいるとああして促してくる。央も分かっているので最近は先に言うようにしているが。
(戦うことだけがマイヤの生きる意味、なんだろうか)
 過去の記憶がどれだけあるのかは分からないが、彼女は愚神や従魔に対し悪感情を抱いているように思える。共鳴した時に自身の言動が変化するのはマイヤに気持ちを引きずられているからではないか。根拠はないがそう予想している。だとすれば日常を厭うのも納得がいく。
 ただ、それはとても寂しいことだ。悲しみの海に溺れたままのマイヤを生かし、戦わせるのは自分の傲慢かもしれないとも思う。勿論彼女を戦いの道具として見ているわけではなく、出来ることなら何でもしたいとすら思っているのに、まるで釦を掛け違えたようだ。
「まだまだ時間が必要だな……」
 言ってまた頭上に目を向ける。何処までも澄んだ青空が広がっていた。

 ◆◇◆

 水の粒が一滴、また一滴と降り注いで、器の底に水溜りが出来てはじめて自分という存在がここにいるのだと気付く。けれどそれは、マイヤにとって少しも嬉しいものではなかった。
 もし誰かに説明を求められたとしても、上手く言葉にするのは難しい。持っていた筈の記憶は千々に砕け散って、破片をかき集めても何ひとつ意味を成さないから。マイヤがほんの少しの水を得て手にした思いは自分がとても大切な何かを失ってしまったことと、その人か物かも分からない何かを取り戻そうにもここは、自分が在るべき場所ではないこと。たったその二つだけで。だったらここで生き長らえる意味なんてない。一刻も早く、この世界から自分を消してしまいたくて見覚えのない街をさまよい歩いた。
 顔に風を受けても、何も感じない。違う世界の人間だからなのか、自分がおかしいのか。それすら分からなかったけどどうでもいいと思った。どうせ、何を感じたって心が動くことはない。もしここから飛び降りたらどうなるのだろう。肉体がないから、何もないのだろうか。ふと上体を傾けた瞬間、声が聞こえて。振り返ると同時に体ごと心が引き戻された気がした。

 幻想蝶の中は快適だ、と誰もが口を揃えて言う。中にはAGWも収納出来るけど、同時に出し入れをするわけではないからか、マイヤがいるベッドの上にいきなり降ってくるなんて事態はなく、常に静けさに満ちている。
 央と出逢ったときに着ていたドレスはきっと過去の自分にとって大きな意味を持つのだろうし、現在も大事に扱っている。最近はその時その場所に合った服を着ることが多いけれど、少し前は本心から他には何も要らないと思っていて。でも身動きが取り辛いのも確かなので、幻想蝶の中にいる間は脱ぐようにしていた。今思えばひどく人間臭い行動だと思う。でもあの頃は央への負い目で息苦しくて、それが理由の全てと思っていた。
 くるりと素肌にシーツを被せた状態で寝返りを打つ。央と出逢ってからの思い出がマイヤの心を通して具現化して周囲に散らばっている。本物――例えば少し前まで使っていた央の眼鏡といった品々は現実の彼の家の中に置いてある。棚の上が物でそろそろ溢れそうだった。
 確かに幻想蝶の中は居心地が良く、静寂を妨げるものもない。けれど。
「……ここには、央がいないものね」
 だからマイヤの知る英雄はいつも、能力者と一緒にいるのだろう。時間はかかってしまったけれど、マイヤもその訳を知ることが出来た。
 体を起こしてベッドから出るといつものドレスを着て扉に向かう。そして力強く自らの手で開け放った。

「マイヤ〜、水持ってきてくれ〜!」
「……仕方ないわね」
 折角逢いに出てくればこの有様である。央曰く、地方公務員だって縦社会。上司に呑みに行こうと誘われたら断れないもの――らしい。有給休暇の残り日数に頭を抱える日々だから尚のこと。本人は弱くないと言っているが、二足の草鞋とエージェント業の心身を磨り減らす仕事内容のせいか能力者といえども疲れは溜まるようで、それが酔いやすくしているのかもしれないとマイヤは思う。愚神や従魔が自分の大切な何かを奪った仇だろうと判断した今は以前よりも討ち滅ぼしたいという欲求が高まったけれど、近頃はマイヤが央の勢いにストップをかけるような場面もある。
 台所で彼のコップを取って水を入れて。戻ってくると一度テーブルにそれを置き、ソファーに寝転がっている彼の頭を抱えて自分が入れるスペースを確保し、そのまま央の頭を膝の上に乗せて零れないよう気を遣いつつコップの水を口の中へ運び。様子を見て要らなくなったら彼の唇から直ぐに離す。息をついた央がお礼を言うのを聞きながらコップを置いて、手はそのまま彼の額へと乗せる。手櫛で乱れた前髪を軽く整えた後、両手でそっと眼鏡を外した。ふっと央が笑い声を零すのでマイヤは首を傾げる。くすぐったかっただろうか。
「いや、ごめん。……何か、いいなって思ってさ」
 言って央は気持ち良さそうに目を閉じる。
「……そうね。今、ワタシは生きているんだって、そんな感じがするわ」
 復讐心という名前を付けることが出来ただけで、痛みが消えたわけではない。それに、これから歩む道もまだ障害だらけだ。けれど今は二人だから。ずっと一緒に生きると誓ったから何一つ恐れるものはない。
 その言葉を聞いて央は微笑み手を伸ばす。頬を撫でる感触と温もりにマイヤは瞳を閉じた。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1445hero001/マイヤ サーア/女性/26/シャドウルーカー】
【aa1445/迫間 央/男性/25/人間】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ここまで目を通していただき、ありがとうございます。
二人が距離を縮めていく過程は参加シナリオ等で描かれているかもですが、
そこまで追うのは難しかったので、出会いとすれ違いと現在と、
その辺りをダイジェスト的にがっと詰め込んだ形になりました。
最後の膝枕はつぶやきの「流れるような動きで膝枕」がツボだったので
(普通にマイルドな感じですが)意識して書いてみたものです。
今回は本当にありがとうございました!
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2018年12月11日

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