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『祝福の弾幕』
松本・太一8504


 このところ、息子が帰って来ない。
 以前は、毎年の盆と正月には帰省していた息子・太一が、2、3年に1度しか私たちに顔を見せなくなってしまった。
 まあ、帰りたくない気持ちもわからぬではなかった。
 私たち夫婦には、息子が2人いる。太一と、その弟だ。
 この弟は、20代で早々に結婚して家庭を築いた。私たちに毎年、孫の顔を見せてくれる。
 兄・太一の方は、48歳の独身である。
 この御時世、自分1人を養う仕事にありついているだけで幸せとするしかない。私も妻も、そう思う事にしている。
 私たちの方から、太一に何か言った事はない。
 太一の方で、しかし何か重圧を感じてしまっているかも知れない。親の気持ちを、要らぬところまで忖度してしまう。昔から、そういう息子であった。
 私たちが訪ねて行けば、まあ表面上は歓迎してくれるだろう。
 息子が無事に生きている事だけを確認したら、私たちは帰るつもりだ。泊まり込もうなどとは考えていない。
 私は、妻に確認してみた。
「お前、太一に前もって連絡したよな? 今日、行くって」
「あら、いやだ……お父さんが言ってくれたんじゃないんですか?」
 妻が、そんな事を言っている。私は思わず天を仰いだ。
「……お互い、老いぼれたな」
「孫のいる年齢だもの。ああ、太一には孫云々の話は禁物ね」
「わかっている、無事を確認するだけだ」
 言いつつ私は、目の前のドアをノックした。とあるアパートの一室である。
「は、はいっ。ただいま」
 女性の声が聞こえた。そして、ドアが開いた。
 現れたのは、若い娘である。太一が適齢期に結婚をしていれば今頃、こんな娘がいたのかも知れない。
 それはともかく、私は部屋を間違えたのだろうか。
 混乱に陥った私に代わり、妻が言った。
「間違いでしたら申し訳ありませんが、あのう、こちらに松本太一という人が」
「は、はい。松本太一の自宅は確かにここですが、あのその」
 慌てふためいていた娘の表情が、口調が突然、冷静なものになった。
「……御両親の方ですか? どうも初めまして。松本太一さんには常日頃、大変お世話になっておりまして。さ、中へどうぞ」
 二重人格の類であろうか。
 太一が、このような若く美しい女性と、結婚を前提とした同棲生活でもしているのならば、親としては喜ぶべきなのだろう。
 思いつつ私は訊いた。
「あの、貴女は一体……息子とは、どういった関係で」
「それをね、少しお時間いただいて御説明いたしますので」


「ちょっと! 何で2人とも中に入れちゃうんですかっ!」
 自分の中にいる1人の女性に、太一は抗議をした。
 その女性が、両親を室内に招き入れてしまったのだ。二重人格か、などと父には思われてしまったかも知れない。
『御両親に……いつまでも隠し通せると、思っているの?』
 太一の中の女性が、そんな事を言っている。
 松本太一という人間に取り憑いた、悪魔族の女性。そういう事になっているが、本当のところは太一も知らない。
 ともかく父も母も、目を丸くしている。呆然と見回している。
 息子が月四万二千円で住んでいる、狭いアパートの一室に足を踏み入れた、つもりなのだろう。
 それが、こんな広大で意味不明な空間に迷い込んでしまったのだから、呆然とするのも無理はない。
 巨大な、工房であった。
 大量にいる謎めいた生き物たちが、あちこちで工員として動き回り、わけのわからぬ機械を稼働させ、わけのわからぬものの量産に励んでいる。
 母が言った。
「あの、太一は……息子は、どこに?」
 目の前にいますよ、という言葉を太一は呑み込んだ。
 今の松本太一は、内部に二つの人格を住まわせた『夜宵の魔女』である。
 自分たちの息子が、そのようなものに変わってしまったという現実を、両親には受け入れてもらわなければならないのか。
「ああ、親御さんが来たんだね。ちょうどいい、見てってもらいなよ」
 1人の少女が、手元のタブレット端末を弄りながら声をかけてくる。見た目は、幼い女の子だ。
「あの、本当にやる……んですか……っ」
 痙攣し、長い髪と豊かな胸を苦しげに揺らしながら太一は言った。
 タブレットに表示されているのは、今の太一の姿だ。
 そこへ少女が、可愛らしい指先で、ちょいちょいと修正を加えてゆく。
「今さら何言ってんの。天使にでも何にでもなるって言ったろ? 二言はない、これ魔女の契約の基本だからね」
 夜宵の魔女の全身に、細かな修正が加えられてゆく。
「悪魔の類と契約する時だって、そうだろ? あいつらに言った言わないは通用しない、口で言った事が全部なんだよ。魔女も同じ」
『そう言えば私たちも、契約書の類が残っているわけじゃないものねえ。今からでも作る?』
「えっ、私たちのって契約、なんですかあぁ……」
 そんな言葉を垂れ流しながら、太一は翼を広げていた。
 たおやかな背中から、6枚の翼が生え広がり、ゆったりと羽ばたいている。
「よし出来た、死の弾幕をばらまくセラフィムの翼! あんたはねえ松本太一、地上に裁きをもたらす破滅の天使に成ったんだよ!」
「いや、あの……弾幕は、もういいですから……」
 ふわりと空中に浮かびながら、夜宵の魔女は天使へと変わっていた。まるで羽化するように。
 両親の、目の前でだ。
 呆然としている父と母に、天使らしく祝福でも施しておこう、と太一は思った。他に、出来る事など何もなかった。


 魔女の巨大な工房と、月5万円もかからぬ安アパートの狭い一室が、繋がってしまった。
 そんな時に、両親が事前連絡もなく訪ねてくる。
 まあ、不幸と呼ぶほどのものでもないと太一は思う。自分がこれまで経験してきた事に比べれば、だ。
 48歳の冴えない独身男。
 そんな分相応とも言うべき姿に戻った太一に向かって、父は淡々と言った。
「……お前が、まあ無事にとは言わんが元気でやってる事はわかった」
「元気でもないよ」
 太一は応えた。
「で、さっき色々と説明があったと思うけど……お父さんもお母さんも、無理に信じてくれなくてもいいから」
「信じるしかないだろう。色々、見ちまったんだからな」
 父の口調は、やはり淡々としている。母もだ。
「太一が、天使様に変わっちゃったところもねえ。気のせいだろうけど体調がいいのよ。このところ膝がちょっと痛い時があるんだけど、今なら歩いて帰れそうよ」
「……まあ無理はしないようにね。私がやった『天使の祝福』なんて、気休めにもならないんだから」
「気休めか。まあ、そうだな。期待はしないでおこうか」
 父が、にやりと笑ったようだ。
「お前がな、若返ったように見えた。まあ息子が娘に変わっちまったとしても若返ったんだ。チャンスはある……まあ、期待はしていないからな」
「……結婚の予定はないからね、言っておくけど」
「ははは。まあ、たまには帰って来い」
 両親が、去って行く。
 見送る太一に、女悪魔が頭の中から声をかける。
『親しい人たちへの正体明かし……1つ、やらなきゃならない事を通過したわね』
「正直……あの2人がこの世にいるうちは隠し通せるかな、と思っていましたよ」
『お2人とも長生きするわよ? 何しろ天使の祝福を受けたんだから』
 女悪魔が笑う。
『とにかく。通過儀礼を1つ済ませて、貴女も一皮剥けたという事よ。魔女として、ね』
「人間の皮を脱ぎ捨てた、という事でしょうかね」
 今更か、と太一は思った。




 登場人物一覧
【8504/松本・太一/男/48歳/会社員・魔女】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年12月12日

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