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『よいのざれごと 』
バルタサール・デル・レイaa4199)&紫苑aa4199hero001

 流すままにしていたラジオから、静かな音楽が流れてくる。
 バルタサールはふと顔を上げ、窓の外が暗くなりつつあるのに気づいた。
 ――いつの間にか、ずいぶんと日暮れが早くなった。
 くわえていた煙草を、既にかなりの吸い殻がたまった灰皿に突っ込む。
 とはいえ気ままな暮らし、何も急ぐ用もないのでまた新しい煙草に火を点け、紫煙越しに明かりの下で鈍く光る愛銃に目を細める。
 どこか懐かしい曲が部屋を満たしている。
 バルタサールは心地よい空気の中で、銃身を取り上げ手入れを続ける。
 顔が映りこむほどに磨き上げた銃身は、見とれるほどに美しい。
 バルタサールは満足し、更に外した部品ひとつずつを丁寧に磨き上げる。
 だが不意に手を止め、怪訝な表情の顔を上げた。
 ラジオの音楽とは全く異質な、奇妙な音が響いてきたのだ。

 べぇん……
 べぇんべぇん……べぇん……

 バルタサールは手を止めて、ひとつ舌打ちする。
「あいつ、今度は何を始めたんだ?」
 頭を掻きながら、窓を開ける。外の、それほど広くもないベランダに、彼の英雄である紫苑が座っていた。
 見れば、胴の大きな弦楽器を抱え、時々その弦を弾いている。奇妙な音はそこから鳴っていた。
「酔狂なこったな。この寒いのに」
「空気が冷たいほうが、楽器が良く鳴るんだよ」
 紫苑は不思議な色香を感じさせるいつもの微笑を浮かべ、だがバルタサールを見ないまま答えた。
 彼の目は細い三日月を見つめている。
「とはいえ、さすがに冷えるね。こういうときは体を温めるものが必要だと思わないかい?」
 紫苑がようやくバルタサールを振り向く。
 相変わらず、微笑んだままだ。
 バルタサールは窓に手をかけたまま、煙を吐き出す。
「寒い。ここは閉めるぞ」
「無粋だねえ。とはいえ、このままじゃ冷えて指も動かないね」
 紫苑は体重を感じさせない優雅な動きで立ち上がると、部屋に入って来た。
 そのまま勝手に戸棚を開け、ウイスキーの瓶を取り出す。
「また清酒を買ってくるのを忘れたね。こっちの酒は匂いが違っていけないよ」
「じゃあ飲むな」
 バルタサールの即答に小さな笑い声をあげ、紫苑はグラスを手に向かい合って座る。

 紫苑がグラスを煽る。
 白い喉が光を受けて輝くようだ。額の角も明かりを受けて、しらじらと輝いている。
「それでも慣れれば悪くはないんだけどね」
 紫苑は別のグラスにウイスキーを注ぎ、バルタサールの前に置いた。
「ほら、どうぞ。きみも飲むだろう?」
「俺の酒だからな」
 バルタサールはグラスを取り上げる。
「さっきのあれはなんだ」
「ああ、琵琶だよ。久しぶりに弾いてみたくなってね。……楽器に罪はないからね」
 くすくす笑う紫苑。
 たぶん、その脳裏に浮かんだことは、笑い事ではない出来事なのだろう。
 バルタサールはそう思ったが、特に何も言わない。
 紫苑は出会った日から、いつも微笑んでいる。
 何か大きな欠落が感じられるが、バルタサールにとってはどうでもいいことだ。
 縁あって彼と出会い、戦う力を得た。それだけの話なのだ。

 グラスで唇を湿し、バルタサールは作業を再開する。
 紫苑はグラスを舐めながら、その手元を面白そうに眺めている。
 暫くそうしていたが、紫苑が不意に何か言葉をこぼす。没頭していたバルタサールはその言葉を聞き逃した。
「?」
 目を上げると、僅かに酔いの回った目で紫苑が笑う。
「綺麗だね、って言ったんだよ」
「ああ。自分の道具は綺麗にしておかないと気が済まないんでな」
 慣れた手つきで磨き上げた銃を組み上げ、具合を確認する。
 軽い音を立てて、銃は魔法のように元の姿に戻った。
「でもその銃は人殺しの道具だよね」
 バルタサールは今夜初めて、紫苑をまともに見た。
 言いたいことが分からず、無言で応える。
「ああ、なんだか人間は不思議だなと思ってね」
 紫苑は相変わらず笑っていて、顔の皮一枚の下で何を考えているのかさっぱりわからない。


 あっという間にウイスキーの瓶が空になってしまった。
 紫苑は遠慮するそぶりも見せず、次の1本を棚から取り出す。
「ほら、僕はこの通りの姿だからね。綺麗だとよく言われるんだけど」
「自分で言うか?」
 バルタサールが思わずそう口にしたぐらい、なんとも御大層な発言だ。
 だが紫苑の口調にも態度にも気負いや照れはなく、ただ事実を述べているだけ。
 紫苑はクックとひそやかに笑う。
「だけどね、『鬼』だから人間よりも卑しいんだって」
 微笑みながら、グラスの縁を白い指でなぞっていく。
 まるでグラスに語り掛けるようだ。
「不思議だよね。忌み嫌う癖に、僕を誘うんだ」
 何でもないことを話しているように、微笑を浮かべたままで。
 紫苑は琵琶を再び取り上げて、奏で始める。

 べぇん……
 べぇんべぇん……べぇん……

「こうして楽器を鳴らして、歌いながら通りを流しているとね。大きなお屋敷からお呼びがかかる」
 薄物を被いて角を隠し、ひたひたと歩く姿。
 夜目にも鮮やかな薄紅の髪を、霞のようにたなびかせて。
 バルタサールは自分の目で見たもののように、その光景を思い浮かべる。
「お屋敷の中には身分の高い女性がいてね。卑しい鬼なのに、僕を綺麗だって言って、傍に招くんだ。不思議だよね」
 紫苑は歌うように語り続ける。やはり笑顔のままで。

 不思議でもなんでもない、と人間のバルタサールは内心で思う。
 あまりに美しすぎる存在は、畏怖の心を呼び起こす。
 畏れ慄く心は、その対象にとらわれることを本能的に避けようとする。
 羨望ゆえの距離感。
 その形が人に近い程、己が羨望を認め得ず、それを排除されるべきものと決めつける。
 美しいものを傷めつけ、歪ませれば、己の心もとらわずにすむだろうと。
 そして美しい鬼は、卑しむべきものと呼ばれるようになる。
 だがそうまでしてもなお、その美しさを愛でることを止められないのが人間なのだ。

 紫苑は相変わらず穏やかに微笑みながら、酒の入ったグラスをもてあそんでいる。
 こんな風に、酒が入ると突然身の上話を始める奴はごまんといるが、昔読んだ本のあらすじを語るかのような突き放しぶりはあまり見ない。
 そもそもバルタサールは、この鬼が顔を歪めたところを見た記憶がなかった。
 いつも飄々として流れるように生きる鬼。
 淡々と、どこか面白がるような口ぶりで過去を語るさまは、どこか不自然さ、あるいは危うさを感じさせた。
(まあ別にそれも珍しいことではないがな)
 バルタサールは磨きあげた銃に映る、自分の顔を見ながらそう思った。
「君も不思議な男だね」
「そうか」
「僕に何も求めないし、何も咎めない」
「いや、さすがに1日に2本以上の酒を空けるのはやめろ」
 紫苑が声を上げて笑う。その笑い声も歌のように美しく響く。
「だから結構ここが気に入ってるんだ」
「そうか、そりゃ良かったな」
 また妙な楽器の音が流れ始めた。
 全く妙な音だとしか思えないのだが、何故か涙声を思わせる。
 折角のラジオの音楽が台無しだが、バルタサールは紫苑の好きなようにさせていた。


 突然の、落下の感覚。
 バルタサールは目を見開き、自分が頬杖を崩しかけてとどまったことに気づく。
「何だ?」
 彼にしては珍しく、愛銃を磨きながら転寝していたらしい。
(昔なら考えられないような腑抜けぶりだな、殺されても仕方がないぐらいだ)
 自嘲の苦笑いがバルタサールの口元に浮かんだ。
 目を上げて部屋を見回す。
 見慣れた煤けた色の壁紙に、見慣れた戸棚。ラジオからは穏やかな音楽が流れている。
 窓の外には、藍色に僅かな色味を帯びた空が広がっていた。
 冬の短い一日が暮れようとしている。
「なんだか妙な夢を見たような気がするが……」
 耳の奥でひとつ、どくんと拍動。
 バルタサールは軽く頭を振り、手元のグラスに僅かに残った琥珀色の液体を、一度匂いを嗅いでから飲み干す。
「これぐらいで酔う訳もないんだがな」
 漏れた独り言を受けたように、ドアをノックする音が柔らかく響いた。
 返事をする前に勝手にドアを開けて、紫苑がするりと部屋に入ってくる。
「日が暮れるのがずいぶんと早くなったね。寒くなるわけだよ。……おや、こんな時間に先に始めるなんて、ずるいじゃないか」
 バルタサールのグラスを見て目を細めると、すぐに戸棚に向かい、グラスと酒を取り出す。
「また清酒を買ってくるのを忘れたね。こっちの酒は匂いが違っていけないよ」
「じゃあ飲むな」
 紫苑が笑う。
 思えば初めて会った日から、この英雄は笑っているところしか見たことがなくて……。
 またバルタサールの耳の奥で、何かがどくんと音を立てた。
 紫苑はやっぱり笑っている。笑いながら、バルタサールの手元を指さす。
「自分は宵のうちから飲んでおいて、それは殺生というものだよ」
 鬼の肩越しに見えるのは、暮れてゆく空。
 肩から背中に豊かに流れる薄紅の髪は、空に残る色味にも似て、その鮮やかさはどこか懐かしくもあった。
 何故そう思うのか、バルタサールには分からない。
 分かっているのはひとつだけだ。
「今夜は仕事だ。飲みすぎるなよ」
「ああ、そうだったかな。大丈夫だよ、きみさえ酔っていなければ問題ないからね」
 この微笑む鬼は、退屈させない限り自分の力になる。
 バルタサールはこの歪んだ世界を生き抜くことができる。
 それ以外はどうでもいいことなのだ。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 aa4199 / バルタサール・デル・レイ / 男性 / 48歳 / 人間・攻撃適性 】
【 aa4199hero001 / 紫苑 / 男性 / 24歳 / ジャックポット 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠に有難うございます。
お二方の設定を拝読して、近すぎず遠すぎない距離感を書かせていただこうと思い、このような内容になりました。
転寝の間の夢か現か、解釈はご依頼主様にお任せするということで。
もしお気に召しましたら幸いです。
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2018年12月12日

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