▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『煙る鏡 』
バルタサール・デル・レイaa4199)&紫苑aa4199hero001

 メキシコ北部、アメリカとの国境からほど近い町。
 密出国希望者が住人の数よりも多いこの町は、切羽詰まった人々からあの手この手で巻き上げた小銭を元手に、今日も変わらず通常営業中だ。
 そして、営業中の料理店のひとつに、バルタサール・デル・レイとその契約英雄紫苑はいる。

「なにか奏(や)ろうか」
 固い木の椅子の背もたれへしなだれかかり、紫苑がリュートの太棹に指を這わせる。
 その美麗な面を飾るものは鬼の角。ついでに言えば、爪もまた人のそれより厚く鋭い。これならピックや撥がなくとも、弦を弾くのに困りはしないだろう。
「湿った音はいらねぇよ」
 低く太い声音を絞り、バルタサールはメカニカルメイドのスモールシガー――文字通り機械で大量生産する細巻きの葉巻――を吹かし、メスカルを呷る。
 ちなみにメキシコ、建物内での喫煙は違法だ。しかしバルタサールは法を犯しているつもりはない。そう、この町の流儀に従っているだけで。
「なら、ドライシガーの乾いた煙に合う曲を」
 紫苑は店の壁にかかっていたギタロンを外し、膝の上に構えた。
「悪党の歌なんてどうかな? それとも……童謡?」
 バルタサールの顔から視線を横へずらし、そこから下へ向ける。果たして彼の金瞳の真ん中に据えられたものは。
「スペイン語の巻き舌ソングなんて聞きたくないんですけど」
 固い表情をそむける、ひと目で高級品と知れる制服に身を包んだ少女。
「それに煙草とお酒! どっちも臭いんですけど! 人が生きるために必要ないどころか、むしろ堕落させる毒ですよね!」
 バルタサール、シガー、メスカル、三角形を描いて指差し、少女は高い声をあげた。これまで相当我慢していたようで、その押し詰めた怒りは実に深く、激しい。
「塩、煙草、次は酒――キリシタンは嗜好を次々悪と断じてらっしゃるようだが、自由の名の下で自分を縛り上げる清貧ごっこはそんなに楽しいか?」
 黒く色づけられた丸レンズの奥に鋭くすがめた両眼を隠し、バルタサールは皮肉を込めて口の端を吊り上げた。
「清貧じゃありませんけど。パパもママも、煙草とお酒は毒だから遠ざけていますし、世界保健機構の提唱する塩分摂取量を保って健康寿命を――」
「残念ながら、ここは唯一神の威光の届かない黄金の地だぜ。おままごとはお家へ帰ってからにしてくれよ」
 ぐっ。少女は喉を鳴らして押し黙り、精いっぱいの抗議を込めてうつむいた。
 彼女とてわかってはいるのだ。アメリカから誘拐されてここへ来た彼女を、いったいなにが救い出し、こうして保護してくれたものかを。
 そう、少女に伸べられた救いの手は母国の法でも神の御業でもない、この不躾で傲慢な男と、美しくも毒々しい高慢な男の銃弾なのだと。
 と。バルタサールの表情がかすかに緩み。
「別におまえさんを明日まで追っかけてく気はねぇさ。この夜を越えさえすりゃ、お望みの救出劇が撮影開始。アメリカ中に家族の再会が涙ながらに報道されるってわけだ。だから今はまあ、鼻つまんでろ」
 言葉遣いは荒いがユーモラスなセリフに少女はふと顔を上げ。
「どうして煙草なんて吸うんですか?」
 実に素朴な問いへ、バルタサールはネクタイを緩めてニヤリ。
「決まってる。息してる間が保たねぇからさ」
「どうやらその間は埋めてもらえそうだけど、煙草はどうするの?」
 適当につまびいていたギタロンを置いて、紫苑が立ち上がる。
「やめる間がもらえるようなら消す」
 紫苑と共鳴したバルタサールはシガーをくゆらせたまま、幻想蝶から抜き出したアサルトライフル「ミストフォロスDRD」を腰だめに構えて引き金を絞った。わずか1秒で撃ち出されたマガジン1本分の弾が扉を貫き、その向こうに潜んでいた男たちを撃ち据えて転がす。
 生き残りがあわててショットガンを撃ち込んできたが、散弾はバルタサールが盾としたテーブルに食い止められ、届かない。
「せめてスラッグ弾(熊撃ち用のひと粒弾)を詰めてこいよ」
 この町は荒事に慣れている。たいがいの店の調度品は見た目のよさより頑丈さを求めて造ってあるのだ。鹿撃ち用の散弾程度で撃ち抜けるテーブルなど、完全武装のバウンサーを何人もそろえているようなお高い店でなければお目にかかれない。
 真紅に染まった髪が乱れるのにもかまわず、バルタサールはテーブルを襲撃者どもへ投げつける。
 重さはすなわち打撃力。受け止め損なった男が後ろの壁と挟まれ、肋のへし折れる湿った音と共にずり落ちる中、襲撃者どもはショットガンを捨てて拳銃を抜き出し、撃ち込んできた。
『これで目的は知れたね。彼らはまだ、あきらめていない』
 紫苑は共鳴体の後ろにかばわれ、脚にしがみつく少女に意識を向けて薄笑んだ。
 襲撃者はこの国に数多存在し、地下で根を張るカルテルの一員だ。そして、こうやって迎えにきた目的は少女――合衆国南部に名を馳せる医療機器メーカーのひとり娘をなんらかの取引材料とするがため。
『この町の有り様を知らねぇよそもんが、こんな勢いで駆け込んできてるんだ。それだけでかいカネなりブツなりが絡んでるってことなんだろう』
 銃口で一文字を描き、壁ごと襲撃者をなぎ倒したバルタサールが内で応える。横のテーブルを倒し、少女に流れ弾が食いつかぬよう新たな盾を置くことも忘れずに。
『彼女の父親が隠したいくらいの?』
 少女の父であり、メーカーのオーナー社長である男は娘を誘拐した相手を即座に特定し、軍隊でも警察でもなく、真っ先にカルテルの伝手をたどってバルタサールへ救出依頼をしてきた。
 彼が求めているのは公ならぬ最少の戦力による迅速な救出。その割に予告された引き渡し時間はあと4時間余り。つまりはそれまで、少女にアメリカへ帰還してもらっては困る事情があるということだ。マスコミ操作なのか証拠の隠蔽なのか――
『持ってるもんを持ってねぇふりしなくちゃならねぇなんざ、清貧やんのも大変だな』
 固く目をつぶって震える少女へゆるい視線を送り、バルタサールはシガーをくわえた口の端を歪める。
 この少女はきっと、まっすぐに生きてきた。無法を体現する怖い大人へ指を突きつけずにいられないほどに清く、正しく、美しく。
 しかしそれは、生まれた瞬間からなにもかもを持ち合わせていたからこその清さであり、正しさであり、美しさ。こうして数十年をかけて育ててきたはずの命を、たった一発の弾丸で奪い合わずにいられない濁りが世界には渦巻いていることなど、夢にも思っていなかったはずだ。
「目を開けろ」
 バルタサールは右手でライフルを繰りつつ、左手で少女の金髪をかるく掴んで引っぱりあげた。
「痛い! 青少年への暴力は問題になりますけど!」
「おまえのせいで死ぬ目にあってる連中は問題になんねぇのか?」
 はっと目を見開いた少女の頭には、小口径高速弾が断続的に撃ち出される衝撃が伝わっている。
「きちっと矯正された白い歯を噛み締めて、ちゃんと見とけ。おまえやパパママが当たり前に持ってるもんが欲しくてたまらねぇ奴らのこと」
『塩と煙草と酒の代わりに抱えた富が人を殺す、その現実を?』
 頭の中で響く紫苑の声を聞き流し、バルタサールは言葉を続けた。
「そいつが勉強できりゃ、おまえの清貧気取りにも芯が通るかもしれねぇぜ?」
「……清貧なんて気取ってないですけど」
 弱々しく言い返し、それでも少女は目をこらす。
 なにもできないことはわきまえていた。目を閉じてさえいれば、乱杭歯を剥きだして襲い来る現実と向き合わずにすむことも。
 しかし。この男は自分に挑んできたのだ。彼女が当たり前だと思っていた世界とまるでちがう暗がりを指して、のぞきこむ覚悟があるのかと問うて。だから――逃げ出すわけにはいかなかった。
『素直じゃねぇか。これも育ちのよさってわけか』
 目線を戻し、内でうそぶくバルタサールへ、紫苑はくつくつ笑い。
『意外にやさしいものだね。パパがなにをしたいのかは言わずにすませるんだ』
 肩をすくめてみせたバルタサールは新しいシガーを抜き出し、根元近くまで縮まったシガーの火を移した。
『そいつをお勉強するのはまた明日でいいだろうよ』
 少女を伴い、撃ち抜かれた脚や肩を押さえてうめく男たちの間を悠々と歩き抜けていく。
 後に残された紫煙の軌跡は靄めき、やがて空気の内にかき消えた。


 アサルトライフルから二丁拳銃へと持ち替えたバルタサールは、特に腰を据えることもなく路地を進む。
「あの、拳銃の有効射程距離って、両手で構えたって20メートルもないですけど? アサルトライフルのほうがいいんじゃないんですか?」
「何人敵がいるかわからねぇし、長物じゃあ、いざってときに障害物やら相手の体やらに引っかけちまうかもしれねぇ。すぐにどこへでも撃てて、捨てられて、拾えるもんのほうがいい場合もあるのさ」
『丁寧な解説ご苦労様』
 含み笑う紫苑に『今夜の俺は教師様なんでな』、かるく応えたバルタサールは、角から突き出される銃口を蹴り退けたつま先をそのまま下ろして踏み込み、左右の銃から銃弾を吐き出した――と同時。
「じゃっ!」
 2階からカトラスを構えて降ってきた男の奇襲をステップワークでかわし、回し蹴りで男の首を刈りにいく。
「ははっ!」
 スウェーバックでこれをやり過ごした男が、踏み込んでバルタサールの腕を斬りつけた。
 バルタサールがアサルトライフルを持っていれば、両手が塞がっている以上は危険を冒して銃身で受けるよりなかっただろう。回避できても刃を引っかけられて体勢を崩されていたはずだ。が、彼は両手を最小限引くだけでこれをし凌ぐことができた。
「うぜぇよ」
 男の動作の終わりを狙い、銃弾を撃ち込むバルタサール。
 しかしそれは男の誘い。カトラスで斬り返すと見せて、投げナイフを投じてきた。1、2、3、45678――飛ぶ中で次々と増殖する刃は、カオティックブレイドのアクティブスキル、ウェポンズレインの応用だ。
『ライヴスリンカーまで出るとはね』
「雇い値を考えりゃこいつが切り札だろうがな」
 体を横殴りに削るナイフの豪雨。しかしバルタサールも紫苑も、表情を曇らせたりはしない。舐められれば畳みかけられるだけだし、なによりここで気にするべきは、目の前のライヴスリンカーではないのだから。
『かくて開くは夜の翼 煙る鏡黒く艶めき 彼(か)が統べし月なき闇を映さん』
 紫苑のささやく唄に乗り、息を止めたバルタサールの体がゆるやかに円を描いた。
 左右の手から神威のごとくに弾が弾き出され、飛び込んでくる敵弾を撃ち落とし、そしてその銃手を撃ち据え、共に地へと這わせていく。
 息を取り戻したバルタサールが笑んだ。
 ずたずたに裂かれたシャツの奥より露われたものは、アステカの夜を統べる神テスカトリポカ。
「遊びてぇなら昼に来い」
 自身の生き血で飾られたタトゥーを巡らせ、彼は凄絶に笑み。
「夜は、テスカトリポカを背負う俺の時間だぜ」
 斜め上へ構えた右の銃を撃ち、一拍置いて同じ方向へ左の銃を撃つ。
 射程いっぱいまで飛んだ先の弾が、ブルズアイで撃ち込まれた次の弾に弾かれてさらに飛び、潜んでいた狙撃手の指を噴き飛ばした。
 かくて支援のあてを失ったカトラスとあらためて対し、男の膝を撃ち抜いて無力化したバルタサールは、路地の隅に棒立っていた少女を返り見て。
「ポイントクリア。……わざわざ英語で知らせてやったんだ。さっさと来い」


 逃避行は迎撃戦となり、やがて掃討戦へと移行した。
 そしてすべてが終わり――朝が来る。

 元の料理屋へ戻り、盛大に荒れ果てた客席のただ中、悠然とシガーを吹かすバルタサールに少女が問うた。
「どうしてタトゥー入れてるんですか?」
「悪党だからな」
 少女は「それはそうでしょうけど……」とうなずき、かぶりを振って。
「一度も私のこと、盾にしようとかしませんでした。それに誰も殺してない。あなたが信じてるテトラ――テスポリ――なんとかは、あなたとちがって正しい神様なんですか?」
「知らねぇよ。会ったことなんざねぇし」
「でも! 体に彫り込むくらい大事なんですよね!?」
 食い下がる少女へ、バルタサールは紫煙と共に言葉を吐き出した。
「……背負い込むもんがなくなっちまったら、空いちまった人生の間が保たねぇのさ」
 そして立ち上がり、少女を促した。感慨も感傷もなく、淡々と。
 これから彼女がどんな今日を生きて明日に向かうのかは知らない。知るつもりもない。なにせ彼は夜の翼で、誰かの眠りの果てに置き去られるばかりのものなのだから。


━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
【バルタサール・デル・レイ(aa4199) / 男性 / 48歳 / 煙る鏡】
【紫苑(aa4199hero001) / 男性 / 24歳 / 翼の音】
パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
リンクブレイブ
2018年12月13日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.