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『静かな長い夜に 』
ガルー・A・Aaa0076hero001)&レティシア ブランシェaa0626hero001

 ガルー・A・Aが不意にはっとする。

 閉店間近で客のいない店内のカウンターで、肘を突いて手に顎を乗せていたのだが、ほんの数秒、意識が途切れていたようだった。

 その数秒の間に、夢を見た。

 またあれかとうんざりしつつ、今日はもう人など来ないだろうと眠気覚ましも含め、店を閉めるために表へと出る。

(少し冷えてきたか)

 店の外で戸にかかった札を『Closed』にひっくり返し、空を見上げる。体内にこもった熱を吐き出すような長い呼気が白い。

 視線を少し落とし、住宅兼の店見る。どことなく寒々しく感じるのは、今日、同居人が依頼中でいないせいなのか。それにくわえ、今日の寒さに堪えかねた近隣住民も家の中で大人しくしていて、外がいつもよりも静かなせいもあるのかもしれない。

 ふと自分の名前が呼ばれた気もしたが、気がしただけだということにして、気にせず店の中に戻ろうとする。

「ガルー!」

 今度こそはっきりと、とても聞き覚えのある声で名を呼ばれた。

 だから無視して店の中へと入り、ドアを閉める――が、閉まりきる前に靴が隙間に差し込まれ、閉めきることができなかった。

「おまえな、いま絶対聞こえてたろ!?」

「今日は店じまいだ。お引き取り願おうか」

 靴をつぶす勢いで閉めようとするドアを手袋をした左手で抵抗しながら、レティシア ブランシェは隙間から手に持っていた物を見せつける。

 立派な意匠が施されたラベルの貼られた瓶に、心を惑わせる魅力的な琥珀色。一目でそれが上質なウィスキーだと、ガルーにもわかった。

「おまえ、恋人ができたんだってな。そいつの祝福だ」

「そいつはどうも。それを置いて、帰っていいぞ」

 ガルーが手を伸ばそうとするが、瓶を引いて触らせない。

「あと、前に賭けで負けたら酒を奢るって約束してたろ。奢りはするけど全部やるとは言ってねぇし、俺にも少しは飲ませやがれ!」

「ああ、そんなこともあったな」

 ふっと閉める力を緩め、ドアを開け放つガルー。

「いいぜ、入りな。つまみくらいは作ってやる」

「……もっと素直に入れてくれよ」

 変形してしまったような気がする靴を、トントンとつま先で床を叩きながらドアをくぐるレティシア。後ろ手で勢いよくドアを引き、足で勢いを殺して静かに閉める。

 ガルーが「適当に座ってな」と奥へと引っ込む前に、レティシアはすでに窓辺にある待合い用のベンチに座っていた。

 足も腕も横いっぱいに広げ、ベンチを贅沢に使用しながら首を曲げて顔を上に向けつつ目は窓の外へと向け、暗い夜空をぼんやりと眺める。

(まさかあいつがねえ……)

 そういうことに無縁な奴だとかは思っていなかったが、だからといってそういうことになると考えたこともない。

 世界は変わりつつあっても、なあなあとした日々は変わるもんじゃないと思っていた――が、そんなことはないと改めて知らされた。

「どうした。バカ面が口を開けたアホ面になっているぞ」

「んあ……いや、変わっていくもんだなって」

「変わらん方が難しいさ」

 窓の外から室内へと視線を戻したレティシア。前のテーブルにはクラッカーに色々な具材を乗せただけのカナッペや、帆立の醤油漬けなどが並んでいた。

 持ってきたウィスキーの口を開け、空のグラスに注ごうとして、手を止める。

(少し長くなるか)

 そう思って、グラスに氷を入れウィスキーを注ぐ。澄んだ美しい琥珀に氷は悲鳴をあげながら、その形をゆっくりと変えていった。

 グラスを先に持ち上げたレティシアはガルー用のグラスにコチンと当て、顔の高さまで持ち上げて待った。横に座ったガルーが持ち上げ、口を付けるのを確認してからグラスに口を付ける。

 スモーキーなピートと上質で品のある大麦の芳醇な香りが鼻を抜け、力強い味わいが喉に熱を残していく。

「――美味い」

「値段からしても上等な奴だからな、美味くないと俺が困っちまう。いくらしたと思う?」

「知らん。俺様の金じゃないから、興味もないな――だがこいつは本当に美味い」

 聞けといわんばかりのレティシアを無視し、ガルーはもう一口含み、口の中で転がしてじっくりと堪能してから嚥下する。

「……気分の悪い夢も、一緒に飲み込める」

 それには「寝てたのかよ」とつっこまれたが、「3秒ルール適用内だ」と受け流す。

「で、気分悪い夢ってのはあれか、英雄が愚神の王の一部ってやつか」

「倒したあとは俺様達も、消えるべきなのかねぇ。一度死んだ身としてはそれを怖いとは思わねぇけどもな。思わねぇけども……」

 続けようとした言葉はよほどバツが悪いのか、カナッペを口に放り込んで誤魔化すガルー。何を言いそうになったかおおよそ見当のついたレティシアはにやにやしていた。

 にやにやしていた顔を引き締め、目を閉じて上を向く。

「俺も元々死んでるからな。消えてくれと言われたら、素直に消えるさ。未練はない。
 少なくともうちのチビが戦場に立たなくて済むなら、その方が良い」

 レティシアはグラスを振り、「……とっととこんな仕事からは引退してほしいんだ」と小さく呟き、口元に寄せたグラスを傾けた。

 自分が消え、問題が解決するならそれでいいと思っている。そもそもすでに死んだ身で、第二の人生をもらえただけ儲けものなのだ。

 それに元傭兵だけあって、戦場に立たされた子供達の末路もよく知っている。

 だから、立たせたくなかった。

 銃を持たせたくなかった。

 普通に学校へ通って青春時代というものを過ごして欲しかった。

 始めると言いだした時にそれで喧嘩したことを思い出し、融け出た水と混ぜあわさり、さらに引き立った香りと少し優しい口当たりになったウィスキーで、こぼれそうな愚痴を飲み込んだ。

「お前さん、本当に未練はないのか? 消えてしまえばもう見ることができないんだぞ」

「あぁ、チビの将来が見れないのは、つまらないな……そうか、未練ってこういうことか」

 腑に落ちた顔をするレティシア。2人の間にしばらくグラスを傾ける音だけが流れていた。

「……まぁどうあっても、俺様達は王を倒すだけだ。後のことは後で決まる」

 グラスを両手で包み、形を変える氷を眺めつつ「だが」と続けた。

「足掻く。その……俺の大事な人、は、諦めないみたい、だから」

「っかぁーーーーーーーーーー! 言うねぇ!! お前さんがそこまで言うか! その大事な人ってのはどんなやつよ?」

「それは……お前も知ってる」

 さすがに知っているというヒントだけでは通じないらしく、指にウィスキーをつけてテーブルに大事な人の名前を書こうとすると、2文字目ですぐに「あいつか!」とグラスを持った手の人差し指をガルーに向ける。

 指をさしたまま色々な表情を浮かべ、結局出てきた言葉が「お前……年齢は考えてやれよ、色々と……」であった。

「あぁ、まあ……ほら、先がどうなるかわかんねえだろ。今から、少しでも幸せにしたいなと思って……だな」

 もごもごと言いにくそうなガルーは口の中に最後のカナッペを放り込んで、もごもごを今更ながら誤魔化す。

 そんなガルーへレティシアはこれまでにないほど真面目な顔を作り、「犯罪起こして捕まるのだけは勘弁しろ」と伝える。

「そこは俺様自重する――できる、だろう。
 それに、今は一緒にいるだけでも、幸せだと言ってくれる。それなら、少しでも長く一緒にいてやることから、かなと」

 あいかわらず口の中でもごもごしているが、開き直ってきたのか少しずつ饒舌に戻っていく。

 それを聞きレティシアは表情を少し和らげ、つまみのなくなったテーブルの上を目で示してから、「つまみに、もっと詳しく聞かせろよ」と自らのろけやすい空気を作り出す。

 お互いのグラスに残った融けすぎた氷を窓から外に捨て、新しい氷とウィスキーをなみなみと。開けた窓から吹き込んでくる空気はやや冷たいが、今の2人には心地よい。

 促されたガルーはこれまでのもごもごは何だったのかと言うほど、語り出す。

 恋人になる前となった後の違い、恋人の考えとそれを尊重する旨、鈍なところが好きか、結局全部が好きだとか、のろけが止まらない。

 だがレティシアはうんざりする様子もなく、茶化すような言動をしつつも否定や拒絶は一切せず、内容に対しては非常に真剣だった。

 ガルーの言葉はなかなか途切れないが、グラスへウィスキーを注ごうとして、瓶の中も空になっているのに気づいた時、やっと途切れた。

「飲みきったか……まあ、あれだ。俺から言えんのは、お前ら幸せになってこと位だ」

「ありがとう、レティシア」

 祝辞へ素直に感謝で返すガルーへもう一度、「幸せにな」と伝えるレティシア。空になったグラスをテーブルに起き、立ち上がった。

「さてと、酒もなしにのろけはさすがに甘ったるいからな。ひとりもんで寂しい寂しい俺は帰るとしますか」

「ひとりが寂しいなら作ればいいだろ」

「おま、そう言うか!」

 女性関係が一切なかったわけではない――が、あまり恋愛ごとに手を出してこなかったレティシア。ありていにいえば、モテない。それをもちろん、ガルーも知っている。

「ま、きっとこの世界が平和になったら、お前さんにも良い人できるんじゃねえかな!」

「うるせうるせうるせーぃ! 俺ぁもう帰る! こんなとこにいられるか!」

 出て行こうとするレティシアの背後から、「本当、お前さんにできないのが不憫で……!」と涙混じりの声が聞こえ、足を止めてしまう。

「いや、そこまでガチに言うの、やめて……俺も傷つくぞ……」

 その願いが通じたのか、それ以上言ってくることはなかったので、安心して扉に手をかけた。

「――良い酒だったぜ。ありがとうな」

「――甘ったるくて美味いつまみだった。幸せにな」

 扉を開け、「それじゃあな」とレティシアは帰っていった。

 静かになった店内。

 ガルーは氷と水だけしか残っていないグラスをあおり、空のグラスを2つ持って立ち上がる。

「……幸せになるさ。俺様がついてるんだからな」



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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa0076hero001@WTZEROHERO/ガルー・A・A/男/33/犯罪者と紙一重】
【aa0626hero001@WTZEROHERO/レティシア ブランシェ/男/27/モテないのは半分趣味】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご発注ありがとうございました。都合で早く納品するなどと言っておきながら、結局はギリギリまで粘ってしまいました。ノロケの部分は対象がこの場に居ないのでややダイジェスト感はありますが、悪友2人の夜、いかがだったでしょうか?
これからは窓も狭くなりそうですがまたのご依頼、お願いいたします。
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2018年12月17日

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