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『【任説】流れるのは 』
秋津 隼人aa0034

 しくじったな、と、眼前に迫る凶刃を見ながら思う。
 周りを見れば味方の影はなく、どうやら一人だけ突出してしまったらしい。敵の只中にただ一人孤立し、体勢を崩したところを狙われた。1度目の攻撃はなんとかいなしたが、2度目を防ぐのは難しそうだ。

 しくじったな、と、諦めに似た思考で隼人は思う。
 己に迫る凶刃は的確に急所を捉えている。当たればタダでは済まないだろう。
 どうせここで終わるのなら、少しでも多くの敵を道連れにでもしようか。極限状態により引き伸ばされた思考で、隼人はそんなことを思う。死兵は面倒だと聞くし、自分の腕に覚えもあるし、きっとたくさんの敵を倒せるだろう。
 何、自分がいなくなったところで、困る人間は誰もいない。だったら遠慮なく暴れてやろうと、隼人は防御に回そうとしていた腕を、攻撃のために振り上げようとして。

「諦めてんじゃねぇぞ若造ッ!!」
「え」

 襟首を掴まれ引き戻されて、停滞していた世界が再起動した。

 自分から薄皮一枚離れたところを通り過ぎていく、己を殺すはずだった凶刃を、ただ見つめて。
 自分と入れ替わるように突出していく大きな背中を、ただ見つめて。
 自分を狙っていたいくつもの刃が、その背中を傷つけるのを、何もできずにただ見つめて。

 どうして、と、音にならない疑問が唇から漏れ落ちた。

「……そんな、迷子みたいな顔をするんじゃあない」

 バランスを崩して倒れたまま、呆然として目の前の光景を見つめていた隼人の表情をどう解釈したのか、その人は頑是ない子供の駄々を見つめるような顔をした。

 ぽたり、ぽたりと重力に従って命が流れ落ちていく。それは、隼人の体を赤く汚し、乾いた地面へとまだらな紋様を描いた。

「俺ァ大丈夫だ。心配すんな、老兵は死なず、だ」

 呵呵、と豪快に笑うその男は、隼人がずっと「苦手だ」と思っていた人物で。
 何かにつけて隼人の戦い方に口を出し、嫌っているのかと思えば無理矢理食事に連れて行かれたりなんだりと世話を焼いてくる。食事の席でもぐちぐちと説教を垂れてきて、隼人はどちらかといえばこの人が苦手だった。
 だからお世辞にも自分の態度が良かったなどとは言えないような、どちらかというと反目していた御仁で。

 こんなふうに、自らの身を犠牲にしてまで隼人が庇われるような、そんな交友があった人物ではなかったはずで。

「……どう、して……?」

 呆然と呟いた頬を、赤い雫が汚す。
 どこか遠いところで剣戟の音がしていた。きっと数秒にも満たないような短い時を、しかし致命的な隙を晒し、ただただへたりこんで。
 自分を庇う大きな背中の向こうで、遠方からの射撃で急所をぶち抜かれた敵が力なく崩れ落ちるのが見えた。
 その人は後続を率いていたらしく、味方の戦士たちが怒号をあげながら戦線を押していく。
 周囲に敵がいなくなったためか、目の前の屈強な体躯がわずかにふらついて地に膝をついた。

 赤が、流れる。

「……ボサッとしてんじゃねぇよガキ……、戦場で隙を見せるのは2流のすることだァ……」

 そう言ってニヤッと笑う様はいつも通りの嫌味なそれで。
 けれどその体を汚している赤色が嫌に鮮烈で。

「おやっさん!!」
「大丈夫かオヤジィ!!」
「うるせぇかすり傷だ黙ってろ」
「どう見ても重症なんだよこの意地っ張り!! ここはいいからおっちゃんは下がってろ!!」

 男を守るように周囲で戦う味方たちが、男を後方に退かせようとあれこれ声をかけている。が、男はふらつきつつも立ち上がり、武器を構えて戦うそぶりを見せた。

 赤が、流れる。

「……そんな傷で戦場に立たれるほうが邪魔なんですよ」
「アァ?」

 腹の底からせり上がってくる熱があった。
 それに押し出されるように転げ落ちた自分の言葉は、常の己では考えられないような暴言で。

「そんな如何にも”満身創痍です”なんて格好でいられると味方の士気が下がるんです」

 腹の奥からせり上がってくる熱に背を押され、萎えていた足に力がこもる。
 腑抜けた表情筋が熱を持ち、薄く開いたままだった唇が固く引き結ばれた。
 立ち上がって息を吐く。己の得物は未だ手の中、呆然として手放すような腰抜けではなくて少し安心した。
 血まみれの男がどこか安心したような顔をしていて、それが無性に腹立たしい。

「だから、後は俺に任せてください」

 ……ああ、熱いな。

 身の内を駆け巡る衝動のまま、隼人は己の得物を一振りする。
 戦場の熱気が、きつく歯を食いしばった頬を撫でていった。

「…… なんて顔してやがる」

 気抜けた顔で笑った男に半ば無理矢理肩を貸しながら、隼人は後方へ向かう最短ルートを脳内に描く。

 ……死なせるものか。絶対に。

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【aa0034/秋津 隼人/男性/20歳/人間】
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2018年12月17日

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