▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『■迷い家に、棲みしは 』
オルソン・ルースター8809




 昔ながらの日本家屋にある屋根付き門は、忽然と彼の前に建っていた。
 年月を経て、古びた門構えにオルソン・ルースター(8809)は眉根を寄せる。
 日付が変わるには早い時間、東京の街を散策していた筈だが、今は街の喧騒も聞こえず、周囲は鬱蒼とした森が広がっている。
「さて、これは如何なる招きによるものか……」
 整えられた顎髭にオルソンは手をやり、あえて思考を口にした。
 両開きの門は、完全に開け放たれている。
 その先には手入れされた日本庭園が見え、奥へ導く小道の両脇で篝火が燃えていた。
「招きとあれば、応じるのが当然か」
 そう結論付けた彼は、少しばかり楽しげな足取りで門をくぐった。

 庭を横切る小道の先は、そこそこに広い屋敷が建っていた。
 障子越しに透ける灯かりを避け、彼はあえて屋敷の裏手に回ってみる。
 そこには質素な小屋が並び、家畜の気配がした。
 好奇心の導くまま敷地を一周した彼は、再び玄関の前に立つ。
 判明した点は、一つ。
 明らかに、この屋敷は『怪異』に属する存在である……という事。
 家畜はいても、人の気配が一切ない。
 なのに、全てが『来訪者』の為に整えられている。
 それは屋敷の中も、同じだった。

「お邪魔する」
 引き戸を開けたオルソンは誰もいない空間へ短く断りを入れ、靴を脱いで畳に上がった。
 襖で仕切られた奥から、食欲を誘う匂いが漂ってくる。
 襖を開けると中央に囲炉裏を備えた座敷があり、炉端には器を載せた膳とおひつが置いてあった。
 囲炉裏の自在鉤に掛けられた鉄鍋の蓋を取れば、湯気と共に味噌の香りが立ち上り。
 具沢山の味噌汁が、くつくつと程よく煮えていた。
「どうぞ、お好きにお召し上がり下さいな」
 ここへ来て、初めて聞く何者かの声。
 見れば、いつの間に開けたのか、次の間へ続く襖の傍に和服姿の女が正座していた。




「迷い家に、人はいないと聞いていたが」
 蓋を戻しながら問うオルソンに、整った顔立ちの女はくすりと笑う。
「異国の方なのに博識ですね。ここが迷い家と、お気付きでしたか」
「日本文化には、いささか興味があってね。さて、人でないキミは如何なる者だろうか」
「さぁて。当てて下さいますか?」
 肩まで黒髪を伸ばした妙齢の女性が、魑魅魍魎でないと限らない。
 こんな場所で出くわしたなら、尚更だ。
「見た目からして、まず座敷童ではない。かといって、狐狸が化けた者とも思えない。そうなると精霊や妖精、はたまた物の怪の類か」
「また、随分と枠の広い」
「言い当てて、消えてしまうのも困るからな」
 楽しげに女はころころ笑い、音もなく立ち上がる。
「お食事を望まれるのでしたら、給仕を致しましょう。男の方が手ずから椀に盛るのは、寂しいものでございましょうから」
「そうだな。折角の、迷い家のもてなしだ」
 膳の前にオルソンは座り直し、女は和服の袖をくるりと紐でからげた。

 酒や食事はいずれも美味く、舌の肥えた彼を満足させるのに十分だった。
 楽や踊りのような余興はなくとも、現世の喧騒から隔離されたひと時をオルソンは彼の流儀で大いに楽しむ。
「キミは食べないのかね?」
「これは、客人の為に用意された席。私は居候というか、本来は招かれていない存在ですから、戴く事はできません」
「かといって、一人だけ食べるのも味気ないものだよ」
「こうして酌を致しますので、お許し下さいませ」
「やれやれ、素っ気ないな。しかし招かれていないのに、留まっているとは」
「……待っているんです。私を、忘れて行かれた方を」
「片恋か。通りで、釣れない訳だ」
 物憂げに、オルソンはふぅっと思わせぶりな息を吐いた。
「そちらこそ、引く手数多ではございませんの? まるで、獅子のような御仁ですから」
「目の前にいる麗しい女性を食事に誘っても、袖にされているというのに?」
「あら、お上手。ですが……」
「そうだな。そろそろ、お暇するか」
 名残惜しくも箸を置き、オルソンは腰を上げる。

 殊勝にも女は客人を見送る為に、屋根付き門まで同行した。
 そしてオルソンは独りで敷居をまたぎ、振り返る。
「待ち人がいると言っていたな。迷い家に再訪は出来ないと聞くが、それでも待つのかね?」
「今生はそうですが、来世はそうと限りませんから」
「まったく、気の長い話だ……人の身では出来ない芸当だな」
 微笑んだ女は深く丁寧に頭を下げ、その前で両開きの門は閉まった。




 一瞬の、まばたきの後。
 赤信号の横断歩道の手前に、オルソンは立っていた。
 何気なくコートのポケットに入れた手が、小さく硬い感触に触れる。
 取り出し、白い布に包まれたそれは、漆塗りの高台杯で。
「仮にも『神』と名の付く相手に酌をしてもらえるなど、貴重な体験だったよ」
 しばし見つめてから再び布で包み、ポケットに戻した。
 やがて信号は青に変わり、『通りゃんせ』の電子メロディが聞こえてくる。
 人の流れに紛れ、彼もまた歩き始めた。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛

【PCID / 名前 / 性別 / 外見年齢 / 種族 / クラス】

【8809/オルソン・ルースター/男/43/―/ご隠居】

おまかせノベル -
風華弓弦 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年12月17日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.