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『星降る夜の祈り 』
マイヤ 迫間 サーアaa1445hero001)&迫間 央aa1445

 湖に月の光が降りそそいでいた。
 周りを山々に囲まれているためか、風はそう強くはなく、月の姿が滲む湖面は穏やかだった。
 静かに波うつ湖畔の岸辺からは、長い桟橋が伸びている。その桟橋の突端に、マイヤと央のふたりはいた。

 先ほどまでは雪がちらついていたが、夜の底がほの白く発光するようだった全天の雪曇はいつしか消えて、上空に冷たい気流があるからだろうか、夜空にオリオンが瞬いている。
「…見て、央。」
 しなやかな指が、星空の一角を指さした。
 流れ星がひとつ。ふたつ。弧を描いて天の半球を滑り落ちていった。
「ああ、そういえば何か言っていたな。」
 今夜から明日未明にかけて何とか座流星群が見えるでしょう、そんなニュースを、テレビでだったか車のラジオでだったか、耳にした気がする。
 助手席にマイヤを乗せ、郊外を出たのは陽が落ちてからだった。そこからさらに車を走らせ、この山中の湖に着いたのは、もうすっかりと夜が更けた頃だった。
腕時計を見下ろす。
「国道が渋滞していてどうなるかと思ったが、どうやら間に合ったな。今日の休みを取れて良かった。そうでもなきゃこんな所に来るなんてできなかった。」
 今年は運が良かった。
 いや、央が思うに、「運が良すぎて後が怖い」。
 休日出勤というのは概して肝腎な日に狙ったように突っ込まれると相場が決まっている。地方公務員たる央の職場は基本定休だが、あくまで基本であり、「窓口業務がない」イコール「休日」とは限らない。年末と年度末は皺寄せ業務が山積し、「俺だけ正月休みが永遠にやってこないんじゃないのか?」という錯覚に陥る残業地獄が毎年口を開けて待っている。毎年のことだけに予想がついている分、休日を犠牲しながらでも前倒しで業務を処理しようとなるのだが、そんな年末の戦場にクリスマスの気配が近付いて来ると、また話は変わる。
 央の職場でも、週末にクリスマスの重なる年などは、表立っては皆知らぬ顔ながら、どことなくそわそわと落ち着かなくなる。そして水面下では、週末の休みを確定すべく、熾烈な交渉が繰り広げられることになるのだ。恋人持ちは言うに及ばず、所帯持ちは家族サービスのため、独り身は独り身でクリスマスに誰もいない職場に休日出勤して終日仕事に明け暮れるとか侘しさ切なさ極まりない、と、仕事に私情は禁物ながら、個人規模ではそれなりにのっぴきならない事情・心情がそれぞれにあり、リア充・肩書リア充・非リア充たちによる、互いの背景を探りあう心理戦を交えつつの「あー…その日はちょっと予定あって申し訳ないんだけども休日出勤だけは代わってやれねぇんだわぁごめんねぇ」という押し付け合いがはじまるのだった。――が。今年は春に新しく入ってきたやけに真面目な後輩から「僕、仕事をしている方がナンボか気が楽です」と近年稀にない奇特な申し出があったおかげで、央は真っ先に攻防戦から一抜けし、無事、マイヤと過ごすクリスマスのための週末オフを確定させることができたのだった。

 そんな俗世の煩わしさを遠く隔てて、今、冬の星座の下、マイヤと共に央はいる。
「流れ星か…。消えるまでに願い事を言えばいいんだったか。」
「…そうなの?」
 人間の世事には疎い彼女だ。首を傾げている様子に央は頷いた。
「確かそうだったはずだ。」
 マイヤがふたたび星空を振り仰ぐ。
「…そう。」
 青い艶やかな髪が彼女の頬にさらりと流れた。
 不思議なものでも見るように夜空を見つめ、見比べるように央の顔を見た。
「願い事を言ったら、それは叶うの?」
「まあ、迷信だろうが。そう聞きはするな。」
「そう…。人間の間では長く語り継がれてきたことなのね。じゃあ、ワタシは何を願おうかしら…。――あ、また、」
 彼女の細い指が夜空をなぞる。その先に、ほんの一瞬のこと、針で引いたような細い光の尾の、すうっと消えゆくのが見えた。
 マイヤが鈴を転がしたような声で笑った。
 央はめずらしげにマイヤを見る。
「…『また』ってしか言えなかったわ。願い事なんて、とても言えなさそう。だって、消えるのがとっても早いんだもの。」
 ふふ、とおかしげに央を見上げた。
「あなたなら、願い事、ちゃんと言えるのかしら?」
央は、いや、と首を振る。
「子どもの頃は躍起になって言っていたもんだが、流れ星に願いを、というのは、言うほど簡単じゃないよなぁ。早口言葉で言っても間に合わない。」
「…央はどんな願い事をしていたの?」
「うん…? ガキの他愛もない願い事だよ。『クラスのみんなが持っていない、一番強いカードが当たりますように』。小学生の時、教室でカードゲームが流行っていたんだ。」
 何やら気恥ずかしくて頭を掻くと、マイヤは金の瞳を細めて微笑んだ。
「…央はそれに夢中だったのね。」
 そしてこう続けた。
「小さかった頃のあなた、見てみたかったわ…。きっと、可愛かった。」
 優しく微笑む彼女に、央は照れるしかない。
「…さて。どうだろうな。」
 柔らかく笑うマイヤの白いコートの襟が風にはためいている。


 思えば、こうして微笑う彼女を見られる日が来るとは思わなかった。
 繭状の光の中で、長くしなやかな脚を抱えて眠っている乙女の横顔。月のように冷たくなめらかな額。艶やかな長い髪。伏せられた睫。
 濡れたような夜色の睫のあわいに、貴石のような金色がうっすらと微かに滲んでいた。
 オパール色の微光を孕んだ純白のドレスを纏って、痛みを堪えるように柳眉をひそめていた彼女。
 俺は手を伸ばした。
 彼女の白い頬に触れた。
 切れ長の涼しげな瞼がゆっくり見開いて――
 泣き疲れたような金の瞳が、俺の眼を見た。
 その金色に、射抜かれた。

 マイヤと出会った頃、よく見た夢だ。


「マイヤ。寒くないか。」
 純白のロングコートに身を包んだマイヤを抱き寄せる。
 揺れるファーがマイヤの細い首許を守っている。彼女は沖を眺めていた。
「央…あれは?」
 沖に小さく揺れる光点があった。その光の揺れは次第に大きくなり、やがて一艘のゴンドラの舳先にかけられたランプの灯になった。
「あれに乗るんだ。」
 ゴンドラはふたりのいる桟橋に着き、央はマイヤの手を取って、乗りこんだ。
 船が桟橋を離れた。
 舳先が沖に向けられ、夜の湖に漕ぎ出してゆく。
 湖面には山々の影が逆さに映り、その周りを凍てついた星々が飾っている。
 マイヤは風になびく髪を押さえて、湖を見つめていた。


 少年の頃、ぼんやりと考えたことがあった。「"運命の出会い"なんてあるんだろうか」。
 ほんの小さな頃に読んだ童話の類や、テレビで見るアニメ、友達から借りた少年漫画に出てくるような、運命的な出会い。ひょっとしたら自分のすぐ近くにもあるんじゃないかとドキドキした。でもそのうちに、こんなの作り話じゃないかと思うようになった。作り話は作り話で面白かったが、あくまで絵空事だった。世界蝕のような全世界的危機など、映画の世界の産物だった時代の話だ。
 信じられないようなことが現実に起こり得るのだ、と骨の髄まで叩き込まれるようになった新時代の到来は、それから暫くしてからのことだったが…。
 あれから幾度目の冬になるだろう。
 今の央ならば答えられる。運命的な出会いとは何か、と少年時代の自分が問うたならば。
 マイヤと出逢ったとき、驚愕にも似た衝撃がこの身を貫いた。あれこそが、運命を感覚した瞬間であり、そして今マイヤと、呼吸をするのと同義と言っても過言ではない、そういうものとして互いに傍らに在り続けている。これこそが運命的な関係なのだ、と。

 そう。
 信じられないようなことは、現実に起こり得るのだ。


 山かげに沿ってぐるりと入り江に回りこむと、湖中に明るく輝く城門のようなものが立ち現れた。
「…あれはなにかしら?」
 行く手に見える光の門を、マイヤが指さす。
「うん、あれをマイヤに見せたかった。」
 彼女の冷えたコートの肩を抱いて、船の先端へといざなう。
 今夜ここに来たのはこのためだった。
 湖の中に立つイルミネーションの門。岸に向けて幾重にも立てられたそれは、近づくにつれ、だんだんと大きくなってゆく。幾何学模様や、花、星、雪の模様が散りばめられ、プラチナに輝く光の門。
 ゴンドラが光の門をくぐってゆく。
 船の先に立ち、ふたりの頭上を次々に過ぎてゆく光の門を仰ぐ。
 シャンパン色の光の雫でできたカーテン。光のタペストリー。天の星々をそっくり湖上にうつしたような。マイヤが感嘆のため息を漏らしたようだった。
 イルミネーションの灯で流星たちは見えないが、今もかれらは次々と、夜空に光の軌跡を描いているのだろう。
「…どうしたの?」
「うん…? うん、マイヤと出逢った頃を思い出していた。」
 寡黙な船頭が漕いでいるゴンドラは、光の門を抜け、今は同じくイルミネーションに縁取られライトアップされている岸辺のホテルへと向かっていた。
「星に願いを、か。」
 腕時計を見ると、針はちょうど0時を指したところだった。
 央はマイヤに向き直った。
 マイヤも央を見上げる。
 来し方行く末を想う。婚約という一つの節目を経て、これから漕ぎ出してゆく新たな世界を想う。
「…ふたり、とこしえに。メリー・クリスマス、マイヤ。」
 ふたたびちらつきはじめた粉雪の結晶に、対岸のイルミネーションの光が煌めく。
「…メリー・クリスマス。央。」
 彼女は華やかに笑った。




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1445hero001/マイヤ サーア/女性/26/シャドウルーカー】
【aa1445    /迫間 央   /男性/25/人間】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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初めまして、工藤彼方と申します。
12月も半ばということで、クリスマス仕様のお話でお送りいたしました。
央さんとマイヤさんが素敵なクリスマスを過ごせますように。
オーダー、ありがとうございました。
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2018年12月17日

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