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『深淵が覗く 』
煤原 燃衣aa2271)&世良 杏奈aa3447)&無明 威月aa3532)&エミル・ハイドレンジアaa0425)&楪 アルトaa4349)&火蛾魅 塵aa5095)&阪須賀 槇aa4862)&アイリスaa0124hero001)&藤咲 仁菜aa3237

第一章 焦燥

 槇の運転する護送車は荒れた道を走っている。
 日本において、その権力の届かない場所はそう多くないが今向かっているのが、日本でも限定的に警察などの勢力が十分に影響を及ぼせない場所である。
 闇は必ずどこかにはびこるんだとすれば、そこにラグ・ストーカーの根城があるのは当然な気がした。
 その護送車の中で杏奈は自分の手をじっと見つめている。
 時は切迫している。威月の無事も怪しい。
 だからあの町からはすぐに出てきてしまった。弔いも、墓を建てることも、祈る時間もなくだ。
 父親の視線がいたい。
 彼が杏奈を心配していることは知っている。
 だがそれに対してどう答えればいいか全く分からなかった。
 自分が初めて、傷ついているということを実感した。
 死してもなお自分はその誰かと接することが出来るのが当たり前で、それが不変の事だと思っていたから。魂すら霊力で焼失してしまうというのが恐ろしかった。
 そして、失うということがこれほどまでに痛いことだと思わなかった。
「お父さん」
 杏奈がか細い声で父を見上げる。
「お父さんはここで待っていて」
「娘を危険な場所に一人向かわせられるわけがない」
 銀志は首をふって否定する。自分も込みで杏奈の戦闘力だ。それはわかっていた。純粋に戦力が減ればこの先の戦いは厳しくなる。
「それでも、ついてきてほしくない。ここからは」
 何が起こってもおかしくないのだ。
 そう杏奈は荒れ果てた町を眺める、やがてビルも舗装された道路も無くなり荒野。まるでディストピアのような荒廃した風景が広がる地帯に入ると燃衣は告げる。
「もう直ぐ作戦開始です。ただ敵側の妨害が予測されるんですよね? 塵君」
 燃衣は告げると塵に視線を移す。
「ああ、そうだな。そうそう通してくれるわきゃねぇわな、こっちは玄武に青龍、白虎を倒してる。まぁ俺ちゃんからしたら雑魚ちゃんだがよ。それでもあいつらの先兵を倒したことには変わりねぇ、次は本気で来るぞ」
「朱雀……」
 燃衣は重苦しい口調でつぶやいた。
「隊長、やっぱ引き返したほうがいいんじゃねぇか?」
 アルトがそう進言すると燃衣は首を振った。
「もう威月さんが囚われてから36時間が経過しています、もうこれ以上はまてない」
「その36時間であたしらが休めた時間はたったの6時間だろ? 無茶だ、現に」
 アルトの武装は補充がすんでいない。メンバーの疲労が色濃く見える。
 特に仁菜や槇、燃衣と言った中核メンバー。
 アイリスはその生命活動のベクトルが違うので地脈から力をわけてもらうことで回復できたが、それ以外のメンバーは何かしらの問題を抱えていた。
 精神的、もしくは肉体的、もしくは戦力的問題。
「くそ、ピグがいないだけでこんなに」
 やりにくい、そうアルトは装甲を拳で叩いた。
「アルトさんは護送車の防衛と、すぐに発信できるようにエンジンの温めを」
「あたしが足手まといだって?」
 アルトが燃衣を睨みつけた。
「違います、僕らの命を預けるって」
「ねむてぇこと言ってんなよ! このウスラトンカチ」
 戦力は一人でも必要だ。たとえ、大火力が使えなかったとしても、たった一発の銃弾が生死を分ける戦場に今燃衣たちは挑んでいる。
「議論している時間はありません。御願いです、皆さん従ってください」
「横暴だぞ燃衣」
 鎖繰が告げる。
「せめてH.O.P.E.に応援は頼めないのか。歴戦のリンカー50人はいないと厳しい山だ」
「だとすると僕たちは今とても厄介な立場です。最悪H.O.P.E.に囚われるかもしれません」
「隊長。あの」
 仁菜が前に出る。
「隊長、やっぱり私も引き返した方が」
「あなたは、威月さんを見捨てると言いたいんですか?」
 その怒気が、憎悪が仁菜に向けられた。
「そ、そんなことは。言って……」
 仁菜の目が泳ぐ。
 立ち向かわなくてはいけない悪意に、脅威に仁菜は強い。しかし燃衣の感情はどう受け止めていいか分からない。
 分からなかった。
 燃衣がまるで別の人に見える。
「おう、仲間割れしてんじゃねぇぞ。来るからな、てかもうきてる」
 燃衣があわてて窓の向こうに視線をずらすと、まるでミサイルの様ななにかがこちらに打ちこまれている最中だった。
「揺れるお!」
 槇がハンドルを全開で回す。車体がひねるように動き全身にGがかかった。
 そのGを受け流すことが出来ず何人かが護送車を転がり、火球は護送車の脇をすり抜ける。
「私の出番かな」
 アイリスが告げるが塵が首をふった。
「金蠅みてぇな御前だがここで下ろしたらあいつと戦うのに走って合流する羽目になるだろうが」
 塵は側面の扉を開くと火球を迎撃するために法典を構える。それはかの有名な三蔵法師が天竺から持ち帰ったとされる法典だが、塵好みに邪をくわえてある。
 おかげでその法典からは永遠と蛆虫が湧きこぼれるようになった。
「あいつにゃ俺がここにいるってばれてねぇはず、逆にこの距離で一方的になぶってやる」
 そう塵が魔術を空中に展開した。魔方陣が幾重にも重なり空中に紋様を描く。
 暗く輝くその魔法陣からそれこそ前回戦った魔術師並のエネルギーを取り出そうとした瞬間。
 その魔方陣の中心を突き破るように何かが飛来した。
 しかもそれは空間を引き裂いて塵のどてっぱらに突撃してきたのだ。
「かはっ、てめ」
 それは小柄な少女、前回離脱したかつての仲間。エミルである。

第二章 神話の夜明け。 

 ゴポリと、円筒状のガラスの向こうで空気が生まれて消えた。
 発信源は彼女達だろうか、意識はあるのかそれとも。
 エミルはもう興味を失ってしまったようで視線をカーラに戻す。
 白虎と青龍は修復不可能なほどダメージを負って治療をしていた、カーラの技術で。
「ん、二人生き返る?」
「生き返ったところで、誰かに敗北する四神なんてお払い箱さ」
 告げるカーラはエミルに更なる力を与えるべくその体の採寸を図る。
「御前は今日から麒麟児と名乗るといい」
「……ん。わかった」 
 エミルは疑問を返さない。だって、どうでもいいから。
 名前も、その行いの全ても、全て。
「前の剣は気に入らなかったかい?」
「ん〜、もっとちゃんと剣がいい」
「なら、その身の霊力を刃に変換して熱量で切り裂ける物を作っておこう」
「ん。よろしく」 
 告げるとエミルはモニターに視線を移した
「ん、来たよ。母様の予測通りだね……」
 その言葉に頷くカーラ。
「ああ、お行き。全ては計画のために」
 頷くとエミルは空間を切り裂いて、その裂け目の中に飛び込んだ。
 次の瞬間塵の腹部に着弾。くの時に折れ曲がる塵だが、瞳は燃衣を見つめている。
「……死んだらダメだよ」
 その言葉に燃衣は目を見開く。
 次いで反対側のドアをぶち抜いて塵とエミルは車外へ。
「……母様の筋書きが狂うから」
 そう走り去る車を見送ってエミルはそう告げた。
 エンジン音の中でもアルトはその言葉を聞き取ることが出来た。
「それより朱雀から攻撃がバンバン飛んできてるお!」
 槇が叫ぶと確かに朱雀はその火力を全投入するように大きく広げた翼から無数の火球を放ってきた。
「はっ。車守る意味なんてなくなったな」
 アルトの乾いた笑いに鎖繰の鯉口を切る音。
「皆さん緊急離脱!」
 そして燃衣の号令で全員が車輌から飛んだ。外に投げ出される一行だが燃衣は車両の加速度そのままに高速で地面をかけ。そして。
「おおおおおおおお!」
 朱雀に一撃加える。
「熱い」
 燃衣の拳をにぎるように受け止める朱雀。その拳すら燃衣を焼ける熱を持っている。
 ただ瞳は冷たい。そう言うところが。
「そう言うところはそっくりだ!」
 燃衣は逆腕の肘で朱雀の顔面を殴打しようとしてそれも受けとめられる、至近距離で腕がとられた、次の瞬間朱雀の体が放熱を始める。
「があああああああ!」
 膨大な熱量に焼かれる燃衣。
 その両サイドから二枚の盾が割り込んで燃衣を離脱させた。
 燃衣と入れ替わるように鎖繰が切りかかるが即座に一本の刀が溶けて刃は朱雀に届かない。鎖繰はバックステップ、二本目の刀を抜く。
「なんて熱量だ。相変らず攻撃が届かない」
 朱雀は距離をとりながらまわしげりでアイリスの盾を蹴った。
 本来この一撃でチーズのように溶けることを想定していたようだが、朱雀の思惑に反して浮かび上がるレディケイオス。
「ほう、これは驚いた」
 アイリスの盾を浮かせることが出来た人間など数えるほどである。
 そのまま鉄球のように重たい盾をたぐり寄せて構え直すと仁菜が盾を構えて突撃。
 仁菜の盾は槇の即席アップグレードで一定の冷気を纏うようになっている。
 朱雀と戦うこと前提で朱雀の攻撃をうけつづけていなければ仁菜が凍傷を負うほどだ。
 だがそれでも足りない。
 朱雀の火焔を受け止めながらじりじりと後退する仁菜。
「隊長。大丈夫?」
 燃衣が跳ね起きると側面から回り込む。
 アイリスは翼を羽ばたかせてジャンプ、仁菜を飛び越して上空から盾の一撃。
 それを朱雀は回避することなく真っ向から熱放射で対抗しようとした。
 だが朱雀の頬にぽつぽつと何かが落ちる。 
 それは見るも悍ましいどくどくとした色をみせる芋虫。
 それが 朱雀の無表情の上を這いまわっている。
「ああああ!」
 燃衣の側面からの蹴り。その重さにガードを固めてもわずかに吹き飛ぶ朱雀。その隙を逃さず、仁菜は盾の側面を突き立てた。
 それは朱雀の腹部につきささるも。
「やった」
 上空から降り注いだ火焔の雨で全員が吹き飛ばされる。
「地脈は掌握したよ」
 立ち上る煙の中からアイリスが立ち上がると確かに熱が和らいでいる。
 熱を大地に逃がす術式だ。これなら僅かに耐えられる。
「うっとおしいな」
 その時初めて朱雀が口を開いた、そしてそれは燃衣がよく聞く声に酷似したものだった。
「舐めるか……平らげてやろう」
 次の瞬間朱雀が五本の指をめいいっぱい広げて自分の腹部に突き刺した。
 まるで熟れたトマトをつぶしたようにあふれ出る体液、それが熱せられた地面に落ちてジュッと音を立てて焦げていく。
 次の瞬間。
「なに?」
 アイリスが驚くほどの熱量を再び朱雀は出してきた。
 アイリスが現在コントロールできる熱量は赤道直下の国に雪を降らせられるほどの温度変化を可能としている。 
 それが追い付かないほどの熱量。
「ダメ―ジを転換?」
「いえ、違います。怒りの力です」
 朱雀は自身のピンチを力に変えることが出来るのだ。
 それに対してアイリスは笑みを浮かべた。
「であれば、こちらも出し惜しみはなしだ」
 盾を地面に突き立てるとレディケイオスが発熱していく。いや周囲の熱を吸いこんで地面に流していく。
 そして周囲が黄金に輝いていく。
「さぁ、踊ろうじゃないか」
 鎖繰。燃衣、アイリス、仁菜は拳を握りしめる。その一方で別の戦いも続いていた。
「杏奈さん! 大丈夫かお」
 槇は突如泣き崩れた杏奈の背中をさすってそこに座り込んでいた。尋常な様子ではない、なにが起こったのかわからなかった。
「違うの、これは私の感情じゃない」
 槇は杏奈の様子を見ながらはぐれてしまった塵に通信を試みる。
 ノイズ交じりの声で応答したときは安堵した。
「そっちはどうだお」
「わりぃ、抜け出せねぇわ」
「エミルたんの足止めだけでもありがたいお」
「んじゃアイツは任せるわ」
 告げると地面が吹き飛んだのか重たい音がインカムを揺らす。
「……急がねーと、手遅れになるぜ」
 その言葉を最後に塵の通信は途絶えた。
「霊障ってやつかお?」
 杏奈の様子を再び見る槇。
 槇は非科学的なものはあまり信じてないが単語としてなら知っている。霊感がある人間が幽霊に引っ張られることだ。
 だが今までそんなことなかった。杏奈が霊に飲まれるなんて今までなかった。
「あ、あああ。そう、そうなの。あなたは……そう」
 杏奈はうわごとのように何かつぶやく、その時だ。荒野に風が吹いた気がした。
「きちゃ……だめ……」
 その言葉が燃衣と鎖繰にははっきり聞こえた。
「この声」
 鎖繰が燃衣の表情を見る。
「この声、そんな」
 絶対、忘れることなんてなかった。
 涼やかな声音。優しげで、暖かくて、ずっと忘れられない表情。
「なぜ、優衣の声が聞こえるんですか?」
 なぜか、それを杏奈は知っていた。それどころか見えてしまった。
 今回の事件の行き着く果て、絶望の淵。
 全ては遅すぎたのだ。
「ごめんなさい、……ちゃん」
 フラッシュバックする映像。彼女はもう人間ではなくなっていた。
「だれだお、誰に誤ってるんだお」
 顔面蒼白になった槇が杏奈を揺さぶる。
「今彼女は自分の能力と、玄武の再生能力の狭間で、壊れては作られを繰り返してる」
「それは誰なんだお、言ってほしいお!」
 槇は杏奈の肩を揺さぶった。
「それは肉体のはなしで、心は、魂も剥離と融合を繰り返してる」
「そんな、そんなことがあっていいはずがないお」
「こんな、こんなことひどい」
 槇は銃を取り上げる。
「おおおおおおお!」
 槇は聖釘を装填した銃を乱射する。しかしその弾丸は朱雀の熱の壁の前に届かない。全てが溶かされる。
「っ……、鎖繰たん!」
 投げつける一本の刀、それは仁菜の盾と材質を同じくする刀だが盾と違ってあの薄い刀身で溶けないようにするためには相当な無理をしている。
 結果朱雀の炎を受けても溶けない自信はあるが、柄がドライアイスのような温度になってしまった。
 それをさわって一瞬で判断した鎖繰は。
「ありがとう」
 そう告げて一撃太刀を振るう。その熱の壁が切り裂かれ燃衣が突撃する。鎖繰の手が震えているのが見えた。
「出し惜しみはしねーお」
 槇は魂の銃『SKSGー01』をとりだす。
 そのマガジンとは別にカートリッジを装填するとレーザー狙撃モードになる。光に熱量は関係ない。放たれたレーザーは朱雀の左耳たぶを貫通して背後のラグストーカー施設を焼いた。
「よけた? 光の速度だお」
「いえ、避けたのは射線です」
 燃衣が言うにはその奇跡的な反射神経で朱雀は銃口を向けられた時点で射線からわずかに体をそらしているらしい。
 だから光の速度で放たれる攻撃をよけられた。
 だが。
「俺の狙撃をよけたのかお?」
 歯噛みする槇。やはり弟にまかせた方がいいのか。
 いや、それは違う。
「おおおおおお!」
 槇はエネルギーの限りレーザーを乱射する。その攻撃は思うように朱雀に当らないが朱雀の動きを制限できる。
「にゃっぽい!」
 放たれるフラッシュバンだが、鎖繰たちは合図によって顔を覆ってその影響から逃れる。
 視界が潰された程度で朱雀の性能に変化があるわけではないが本当の槇の狙いはチャフだ。
 空中に散布されたミラーチャフ、それは槇の放ったレーザー攻撃を無数に分裂させ。
「ここだお!」
 上空から朱雀の全身に降り注がせることに成功した。
 足、肩、額、様々な部位から出血する朱雀。
「これでどうだお」
 その時ギロリと、光で焼かれたはずの瞳が槇をとらえる。
「ひっ」
 思わず息をのんだ槇。
 次の瞬間朱雀は背中から翼を生やして飛び立った。
 震える槇の体、それに鞭打って槇は声を荒げる。
「威月たんはすぐそこなんだお! みんなバスト尽くすおッ!」
 その声に杏奈は涙をにじませ、地面に突っ伏すばかり。そんな杏奈の姿を気にする余裕など誰にもなかった。


第三章 真実
 
 暁の戦闘能力はインフレしている、アルトはそう思った。
 化物じみた朱雀、それに食らいついていくことが出来ている。結果槇のレーザー銃は敵要塞を食い破り、アルト一人通れる穴をあけた。
 自分一人がここで遊んでいるわけにはいかない。アルトはすぐ引き返せるように警戒しながら通路を進む、するとオイル臭い一室にたどり着いた。
「格納庫か?」
 ラグストーカーの弾薬庫ならそこで武装を補充して戦えるようになる。そう思って電気をつける、するとそこにはアルトにとって目を覆いたくなるような光景が広がっている。
「なんだこれ、ピグの残骸?」
 そこに積み上げられていたのは機械の残骸、それらは組み立てれば複数体の相棒をこしらえることが出来そうな大量のパーツ。
 これはなんだろう。自身の英雄の残骸なのか。
 違う、似ているが同型機というだけだ、だがここまでバラバラにしておかれているとまるで相棒の墓場のようでアルトは胸を痛める。
「ピグの残骸なら使える武器があるはずだ」
 そうアルトは山に登ってパーツを引っ張り出す、その時だアルトの背後で金属がこすれるようなかちゃりという音がした。
「動くな」
 ヴァレリアがアルトの背後に立っている。
「アンタら、なんでピグを欲しがる?」
「性格にはあなたを庇って動いた行動原理を知りたいの。ラグ・ストーカーは少数精鋭、でも世界を相手取るには個々が強いと言っても戦力がたりな過ぎる、だったら裏切る危険性のない自動人形が欲しいでしょ?」
「そんなことのために使わせねぇぞ!」
 告げたアルトは最後の武装である拳銃を引き抜いて飛んだ。ヴァレリアとの銃撃戦が始まる。

   *   * 
 
 塵とエミルの戦いも激化していた。
 膨大な霊力を持つエミルはどれほどのダメージを受けて瞬時に再生する。
 再生というのは少し違う、塵の持つ毒性、蝕むような攻撃も次の瞬間には無効化されている。
 それはまさに、古い肉体を一瞬で新しい肉体に挿げ替えているような。
「跡形もなくなったらよぉ。再生ってできんのかよ!」
 塵は少し距離をとると魔方陣を並列して六つ走らせた。毒の蝶、触手。紫の爆炎、酸の雨、怨霊の群。それらすべてを斬り伏せるとエミルは告げた。
「貴方は、母様にとってイレギュラー……。あそこに介入されると、ん、困る……」
「だろーな!」
 接近するエミルを塵は拳で迎撃、それをエミルは大剣の腹でそらして回転するように背後をとる。
 塵の回し蹴りを姿勢を低くして回避、その拳を塵に突き立てる瞬間、塵は自分の拳を爆破して、その勢いで体を捻った。
 内臓を抜きだしかねない一撃を回避。
「ちぃ」
 どこかで適当にパーティー抜けは考えていたのだが、ここでエミルにかみつかれるのは塵にとっても想定外だった。 
(遊んでられねーんだがよ!)
 エミルの大剣をすんでのところで避けるとジャンプして蝶をばらまく塵。
「おめぇは温存してぇみてぇだけどよ、俺はそうもいかねぇ」
 塵はそのまま空中に立つ。
「本気ださねぇと死ぬぜ。もしくはとっとと帰れ」
 次の瞬間塵は地獄の門を開いた、塵の背後にマントラの様な物が現れる。
「ん。問題ない」
 エミルは再び大剣を構えた。そのエミルに不自然な物を感じ取ったのか塵は言葉を投げかける。
「いいのかい嬢ちゃん。暁の奴ら全員死ぬぜ?」
 告げる塵の言葉にエミルは感情も無くこう言葉を返した。
「死んだら困る。でも死なない。母様の予測は、外れない」
「あ、そうかよ」
 告げると塵は上空からエミルに襲い掛かる。


   *   *

「燃衣! 御前はもう限界だ、下がれ!」
 鎖繰が塵に伸ばされた腕を刀で遮ると朱雀はその刃を握りつぶす。
 砕かれた日本刀。だがその破片を周囲に浮かべ複製、そのまま叩き付けることによって煙幕効果と温度の急低下をねらう。
「だめだ! 僕がここで引いたら彼女は!」
 燃衣は下がらない、逆に朱雀に突撃していく。
 朱雀の熱量によるカーテン。それに腕を突っ込むたびに、煮えたぎった湯船に腕を突っ込む以上の激痛が燃衣を蝕む、それでも握る拳は固く。
 その拳は次第に朱雀にも届くようになっていた。
「ああああああああ!」
 朱雀の右ストレート。リーチは自分の方が上。 
 それを承知の上でクロスカウンター。朱雀の肌で拳が焼ける。
(高めろ)
 すぐさま朱雀の膝を崩しにかかる燃衣。前のめりに崩れる朱雀は腰の力を使って無理やり肘を振り上げた。
 燃衣はそれを背をそって回避。体が回転する力を利用してサマーソルトで朱雀の顎を打ち抜いた。
(たかめろ)
 だが朱雀も体を捻ってダメージを最小限に、伸び上がるようにつま先立ちになるも眼光輝かせファイティングポーズをとる。
 その時にはすでに燃衣は左側に回り込んでいた。
 彼女とルーツを同じくするなら癖や死角も同じはず。
 燃衣は回り込みながらジャブで貫通連拳を放つ。
(高めろ!)
 音を置き去りに放たれる拳を首をひねって回避する朱雀はそのまま一歩踏み込んで燃衣の胸ぐらをつかむ。
 直後燃衣はあえて上着に霊力を送り込むのをやめてその炎に包まれることを選んだ。
 代わりに朱雀の手の中で布が燃え落ち、くわえた力は行き場を失って朱雀の体制が崩れる。
(殺すためじゃない)
 燃衣の脳内には玄武の地獄での皆の姿が浮かんでいた。
(救うために)
 それが出来たらどんなにいいだろうと、槇や仁菜、杏奈やアイリス、その後ろ姿を見ていた。
 自分には誰かを守る力はない。 
 だけど。そう燃衣は歯を食いしばる。
「ここで負けるわけにはいかないんだ!」
 燃衣は全身を前に傾ける。それこそ砲弾のような威力で。
 その額は朱雀の額につきささると鈍い音と共に朱雀の体を吹き飛ばした。
 砲弾のように。
 額はもともと肉が薄い。燃衣の額は焦げ、なんと白い骨が見えている。
 だが地面を転がる朱雀の体から一瞬熱が絶えた。
 隙があるとすればここしかない。
「貫通……」
 普段の貫通連拳の力に繊細な霊力コントロールをくわえる。
 拳と膝を爆破させて推進力を生み。同時に拳骨あたりを爆破させて拳を戻す動きを三度、コンマの差で行う。腕が壊れてもそれでも朱雀の心臓を破裂させる覚悟で、燃衣は一歩前に踏みだした。
「ここで御前が倒れても同じだ!」
「同じじゃない、同じじゃないんだ」
 燃衣は駆けだした。しかし燃衣は血まみれの腕をだらりと下げている。その腕は皮膚が焼けてちじこまり、一部筋肉も露出していた、外気に触れるだけでも相当な痛みを招くはずだ。なのに走る。
「御前、本気で言ってるのか」
 鎖繰が絶句する、その時、白い靄の向こうから朱雀が現れた。
「虐鬼応拳」 
 その拳は音を置き去りに人の頭など軽く粉砕できる威力を持って振るわれる。
 その間に仁菜が入った。
「はあああああ!」
 甲高い金属音、しかしその盾の中央から赤く温度が代わっていき、やがて腕が仁菜の顔へと伸ばされる。
「そんな」
 仁菜は盾を捨ててバックステップ。
 側面から迫る朱雀は地面をなでるようなまわしげりを放つと、その熱量が砂を溶かしてまるで溶岩のようになって仁菜に襲い掛かる。
 まともにそれを受けた仁菜の指が足が、溶けていく。
「あああああああああ!」
 回復が間に合わない。激痛に身をよじる仁菜。
「何で守れないの」
 仁菜はそれでも立ち上がろうとした。
「何で立てないの」
 足腰に力を入れるための筋肉すらもうまともに稼働していない。
「もう失わないって誓って。ここまで戦ってきたんでしょ」
 それを意志の力か霊力の力か無理やり奮い立たせ、その体を盾とし朱雀の前に立ちはだかる。
 その姿に朱雀は顔をしかめた。
「御前、死ぬのが怖くないのか?」
「みんなが死ぬ方がずっと怖い!」
「お前等、自分勝手な集団だな」
 次いで朱雀は両手を引きしぼる、燃衣には分かったあれは『三殺犠』の構えだ。
 そして盾のない仁菜ではあれを防ぎきるのは不可能。
「仁菜たん!」
 槇がレーザーで朱雀の腕を切り飛ばそうとした。
 手首に赤い線が走るも泡立つようにその切れ目は塞がる。光は朱雀の専門外かもしれないが、熱は朱雀の専門である。
 とけた細胞を繋ぎ直すなど造作もない。
(また守れない? また失う?)
 仁菜は走馬灯のように絶望する。
(ねぇそれじゃあ何で私はここにいるの? 守れない私がいる意味って何?)
「三殺犠」
 振るわれる直前の拳。それをアイリスが叩き伏せた。
 ただそれに驚いたのは燃衣。
「なんで」
 なんで今朱雀はアイリスの接近に気が付けず、しかも反応できなかったのか。
 あの反射神経がカンストしているような朱雀がである。
「やっと毒が回ってきたね」
 朱雀はおもわず体を観る。いたるところに紫色の斑点の様な物が出来ていた。
「痛覚を遮断しているのか知らないが、それがあだとなったわけだ」
 朱雀のために作り出した虫たちである。その毒によって朱雀は行動が徐々に麻痺していく。
「ここからは私も出し惜しみなしでいく」
 広げたアイリスの翼は歌を奏でた。
 それは荘厳なる多重奏。
 ――World order/El Dorado。
 防御を攻撃に上乗せするレディケイオスを媒体に結界を大規模破壊攻撃へと昇華
世界の破壊と再構成の幻覚と共に叩き付ける術式。
「さて……創世に挑んでみろ、人間」
 盾を振り上げるアイリスに構えをとる朱雀。
 その時だ。朱雀が何の前触れもなく後ろに飛んだ。
 朱雀は吸い込まれるように要塞の正門の中に、するとすぐに正門は閉ざされて、当たりに膨大な熱量が逃げていく。
「何が起きたんですか」
 次の瞬間、その場にいる全員が寒気を感じて振り返る。
「きちゃだめって、言ったのに」
 鎖繰が息をのんだ。杏奈が叫ぶ。
「見ちゃだめ!」
 そこに立っていたのはどろどろに溶けた何者か。いや、面影は残している、少女の面影を。
 暁メンバーなら、毎日のように見たその姿。
 人見知りなくせに、人付き合いをがんばりたいとエントランス嬢をかって出て。毎日お掃除とか、おしゃべりとか。暁の輪の端っこでいつも笑っていたあの子。
 それは燃衣が喪い無意識に再び求めていた『帰る場所』の象徴でもあった
「威月さん」
 変わり果てた少女の姿がそこにあった。
 もう手遅れなんだと全員が覚った。
 槇は銃を落とし言葉を失った。膝が地面に着くと同時に仁菜の叫びが木霊する。
「私は、誰も守れない!」
 仁菜の共鳴がとける、理由は簡単だ。仁菜は自分で自分の誓いを反故にした。
 心の底から敗北を認めてしまったのだ。この狂った世界で。
「私はお荷物だったんだ」
 うすうす感じていた。自分の言葉が誰にも届いていないこと。
 みんな強くて、みんな勝手で、でも自分がいないとだめだと思っていた。自分にもできることがあると思っていた。
 
 もう、失いたくないと本気で思っていた。

「今回はあんたに用はない」
 どこからか声が響く。
「ねぇウサギちゃん、これでわかったでしょ。あんたが背負ってたものや受けた傷なんて、私達と比べると軽いんだって」
 それはヴァレリアの告げる声。ヴァレリアは腕から、額から滴る血も抑えずに仁菜にそう言い放つ。
「笑えてたのはあんたが笑える人生を送ってきたからなんだって。これがあいつらが背負い続けて、ソシテもう一度対面した本当の絶望ってやつには及ばない。あははははは」
 槇はそう涙を流しながら笑い声をあげるヴァレリアをただ見つめているだけだった。 
 次いで仁菜の幻想蝶にひびが入る。
「ごめんなさい、ごめんなさい、私のせいで、こんなにも……だけど」
 威月がふるえる声で告げる。
 違うエコーがかかっている?
 違う、別の声が重なっているのだ。
「ずっと、ずっと、逢いたかった……です…たいちょ……燃衣、くん……」
 そう微笑む少女の表情はいつもの彼女のようでもあり、恋する乙女のようでもある。
「ねぇ、燃衣君」
 少女は口ずさむ。
「私戻ってきたよ」
 受け止めきれない絶望の言葉を。




エピローグ

 朱雀が退散したことを塵は肌で感じ取っていた。途端にエミルのやる気がなくなったことも。
「ん、時間稼ぎ終わり。お疲れ、お疲れ」
 すると塵も新たな目標の登場に矛を収める気になったらしい。
「ンだよ、これからが面白いってェのにヨ」
 そう告げて暁メンバーを見やる。
「さて、どうスッかな」
 そう塵の瞳がギラリと光った。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
━┛━┛━┛━┛━┛━┛
『煤原 燃衣 (aa2271@WTZERO)』
『火蛾魅 塵(aa5095@WTZERO)』
『エミル・ハイドレンジア(aa0425@WTZERO)』
『アイリス(aa0124hero001@WTZEROHERO)』
『阪須賀 槇(aa4862@WTZERO)』
『藤咲 仁菜 (aa3237@WTZERO)』
『世良 杏奈 (aa3447@WTZERO)』
『楪 アルト(aa4349@WTZERO)』
『無明 威月(aa3532@WTZERO)』
『月奏 鎖繰(NPC)』
『朱雀(NPC)』
『ヴァレリア・ヴァーミリオン(NPC)』


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、鳴海でございます。
 すみません、今回で朱雀倒し切れませんでした。どうしてもこの場で朱雀を倒し切るイメージが出来なくて。
 強くし過ぎたと後悔しております。
 でもそうとうダメージがあるはずです。次に出てきたときには倒せるかも?
 そして今回は飛び切りの絶望を。そう想い頑張ってみました。
 気に入っていただければ幸いです。
 それではまたお会いしましょう。鳴海でした。
 
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2018年12月17日

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