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『鋼の決意 』
ソーニャ・デグチャレフaa4829

 東京某所、他の国の領事館からはかなり離れた――言ってしまえば地代の安い場所に、カルハリニャタン共和国領事館はある。
 とはいえその建物は元領事官で、今は亡命政府の官邸兼軍司令部として使われているし、庭園だった空間には共和国から脱出のかなった数十の国民が住まう仮設住宅が並べられている。

 ここは現在の共和国のすべてが押し詰められた場所。
 愚神に踏みしだかれる祖国より遙かに離れた、偽りの国。


 ソーニャ・デグチャレフは官邸の外に建てられた倉庫の内、ひとり砲弾の検査作業を続けていた。
 砲弾と言いつつもそのフォルムはほぼ円筒形で、むしろ散弾に近い。まあ実際のところ、原理としてはサボットスラッグ弾(ライフル用のひと粒弾。散弾用と同等の威力を持ち、命中精度が高い)と同様の造りなのだ。弾頭部に詰めたライヴス鉱石を着弾の衝撃で敵へねじり込むための、対愚神用の特殊砲弾は。
 そしてもちろん、外側から発見できるような問題があろうはずはないのだが……ライヴス鉱石の取引先が人ならぬ愚神とあっては、万一を疑わずにはいられまい。そして。
 この弾を撃ち込むべき愚神が父なるカルハリである以上、外したときの責任を弾へ押しつけられようはずはなかったから。
 体は自動的に動いてくれても、心が小娘のように震えていてはな。
 ソーニャは皮肉な笑みで頬を飾り、砲弾をなぜた。
 人型戦車用にして徹甲仕様ならぬ弾は、本来の戦車砲弾に比べれば全長も重量も半分に満たない。それでも――わずか60センチの身長しかない彼女にとってはあまりに重くて。
 小官は本当に、国民を祖国へ連れ帰ることができるのか? そんな大それたことが、卑小なるこの身に為し得るのか?
 思わず立ち上がり、息をついて力なく腰を下ろしかけた、そのとき。
『センエツナガラモウシアゲマス! 兵は国民のために戦うものでアリマス!』
 幼年部隊の後輩だった男子の、がんばってかしこまった声が告げる。
「うむ。そのとおりである。小官もまた、この命をもって戦い抜く所存だ」
『固くなるなよ一等兵。しょいこみ過ぎると足が鈍るし砲口が迷う。一発ぶち込んでやるってのだけ考えてりゃいい』
 戦いが進む中、陸水空軍の体裁が保てず統合軍となった共和国軍。そこで最初にソーニャの面倒を見てくれた軍曹が、いつもどおりの陽気な声で笑った。
「は。それもまた心得ております。実践するには少々、覚悟を定められておりませぬが」
 自嘲と共に応えれば、続く声音は元空軍のパイロットで、統合軍では機関砲手として働いた少尉が静かに諭す。
『覚悟なんかに囚われなくていいんだよ。託された責任はあるとしても、君は君の一分を果たせばそれでいい』
「小官の一分、でありますか。わかってはいるのですが、胸に据えることはなかなかに難しくあります」
 自分の一分などわかりきったことなのだ。
 少尉の言うように一分を果たすがため、軍曹の言うように敵へ一発ぶち込み、後輩の言うように国民のために戦う。
『祖国までの道はもう拓かれたんだ。あとは進軍! 簡単な話だろ』
 同僚の声がソーニャを背を叩き。
『敵は強大、しかし今の貴官にはそれを撃ち抜けるだけの鋼がある』
 将校の声がソーニャを励まし。
『忘れないで。たとえあなたが独りきりだとしても、皆の心がいつも共にあることを』
 看護兵の声がソーニャに添った。
『そうさ。いるだけだけど、いっしょに行くからな』
『祖国の皆を起こしてやろうじゃないか。あいつらはまだ間に合うんだから』
『やるだけやればいい。気楽に行こう、気楽に』
 ――死せる諸兄の声は常に容赦なく、そして常に優しいものであるな。
 いつしか聞こえるようになった、戦いの内に喪われた兵らの声。それはソーニャの妄想が生んだ幻聴なのかもしれないが、それでも彼らはいつも賑やかに彼女の尻を叩き、心を奮わせてくれる。
「諸兄よ。かような異国の土には還ることすらできぬようだな。皆この背に乗れ。小官が連れてゆこう。貴公らが静かに眠るべき、母なる地へ」
 そのためにこそ、父なるカルハリを滅ぼそう。ライヴスを詰めた鋼で斃れるまで撃ち据え、討ち取ってみせる。
「たとえ過分であれ、小官がそれを我が一分と決めたのだ。ならばそれを為し、成すばかりである」
 強がりと知りながら声音として発すれば、萎えかけていた脚はしっかりと400キロの自重を支え、まっすぐと伸びた。
「還るぞ、皆で」
 声なき声が大きく弾け、ソーニャを包み込んだ。
 転進を重ねるばかりだった共和国統合軍の反転攻撃が始まる――声音たちは喜びと気負いと決意へと変じ、ソーニャの背に重なっていく。
 ああ、やはり重いな。
 しかしこの重みは快い。貴公らが小官に添ってくれること、この上なく心強く思う。
 ソーニャは残された左眼を閉ざし、再び開いた。
「準備整い次第、祖国奪還戦を開始する」
 宣告した彼女の心は、かすかな濁りもなく澄み切っていた。


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【ソーニャ・デグチャレフ(aa4829) / 女性 / 13歳 / 鋼の決意】
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2018年12月18日

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