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『【任説】黒と紫のプロローグ 』
夜城 黒塚aa4625)&紫 征四郎aa0076

 チッ、と鋭く空気を吐き出して、黒塚は傍らにあった小さな体躯を乱雑に抱えた。

「へぁ?!」
「口閉じてろ、舌噛むぞ」

 いささか粗暴な口調で指示すれば、慌てた様子で小さな手のひらがかわいらしい口を塞ぐのが伝わってくる。
 むぐ、と愛らしい声を上げて何があったのかを問う視線を、しかし黒塚は意図的に無視した。残念ながら今はそれを伝えているだけの時間がない。

「走るぞ」
「んむ」

 端的にそれだけを告げ、小脇に抱えた少女が苦しくないよう細心の注意を払いながら、持てる技術の全てを使ってその場から離脱する黒塚。人通りの少ない路地を駆ける様に気負いはなく、障害物を最低限の身のこなしで躱して走る姿に慣れを感じる。

 二人が路地を去ってすぐ、怪しげな風体の集団が何かを探している様子で現れたのだが、彼らが探し物を見つけた様子はなかった。



 時は少々巻き戻る。
 人通りの多い駅前。幾らかの通行人が訝しげな視線を送ってくるのを務めて無視しつつ、黒塚は困惑していた。

「……」
「……」

 目の前には不思議そうな顔をした幼女が一人。
 顔の中心あたりへ歪に引かれた傷が痛々しいが、まぁるいお目々をぱちぱちと瞬いて小首を傾げる様が愛らしく庇護欲を誘う。

「どうしましたか?」
「…………」

 こてん、と書き文字で擬音語が添えられそうな様子で首をかしげる幼女、いや少女。

「……いや、なんでもねぇ」

 無垢な視線が突き刺さるようで、黒塚は不意に少女から視線を逸らす。
 この幼気な少女、名を「征四郎」という。
 ひょんなことから今日1日黒塚が保護者役を仰せつかった幼子である。

 その恐ろしげな見目から誤解されやすいのだが、黒塚は別段幼子が嫌いなわけでもなければ苦手意識もない。
 むしろ、どちらかといえば子供は好きな部類である。
 が。好ましいのと扱いに長けているのは別問題なわけで。

「……」
「…………」

 夜城黒塚、只今絶賛困惑中であった。

 そもそも、女ひでりの野郎が急に可憐な少女の相手などできるわけがない、と黒塚は思うのである。今日だって、頼んできた相手が厄介な昔馴染みでなければ引き受けなかったのだ。
 というか、大概の幼女は黒塚を相手にすると泣く。いっそ顔を見ただけで泣く。
 自分の人相がそれほど凶悪なものであることを自覚している黒塚は、己を前にして平気な顔をしている少女を扱いあぐねていた。

「……」

 はぁ、と一つ溜息を吐く。
 大の男でも初対面であればビクつくような黒塚の行動にも、征四郎は奥した様子なく「何かあったのでしょうか」みたいな顔をして小首を傾げるだけ。肝が座っているとかいうレベルの話ではない。

 今日一日征四郎の世話を押し付けてきた古馴染みの顔を思い出す。あの野郎が珍しく、心底困り切った顔と態度で”おねがい”してきたのだから笑えない。貸しをつけることはあっても、借りを作ることは少ない男だ。この少女のことがよほど大切らしい。

 がり、と無造作に髪を撫で付ける。
 ロクでもねぇ野郎だが、征四郎の保護者でもあり、征四郎自身が懐いている相手でもある。スカした野郎だが、義は通す男だ。顔の広い男が黒塚を頼ってきたということは、自分でなければならない理由が存在するのだろう。
 征四郎がガラの悪い黒塚を恐れない理由も、それに含まれているのかもしれない。

 面倒だな、と思う。
 『依頼』内容は「今日一日征四郎を無傷で預かる」こと。この「無傷で」というのが厄介で、つまり征四郎は何者かに害される可能性があるということだ。
 そんな状態の少女を自分の手元から離すということは、野郎が今日である程度のカタをつける心算があると見た。
 要するに、ほぼ確実に、面倒ごとに巻き込まれる。

「……俺のことは黒塚と呼べ」
「わかりました。今日1日、よろしくお願いします、クロツカ」

 ぺこり、と頭を下げた征四郎の髪を軽く梳いてやりながら、黒塚は今日の予定を脳裏に組み上げていく。
 どうせ引き受けることに変わりないのだから、考えるだけ無駄なのだ。とりあえず依頼料に危険手当を上乗せすることを誓いながら、黒塚は小さなレディーをエスコートするため、片手を差し出すのだった。



 そして現在に至る。

「……この辺りでいいか」

 不穏な気配を察し、人通りの多い場所まで移動した二人は、道沿いにあるベンチで小休止を取っていた。

「クロツカはすごいのですね! あんなに障害物のある道をスイスイ走ってました!」

 キラキラお目々でほっぺたを高揚させた征四郎が、全身で「すごい!」を表現しながら黒塚を見つめる。
 仕事上、もっと危険な場所をもっとアクロバティックに駆け抜けることもある黒塚にとって、掛け値なしの賞賛はなんとも面映い。が、大の男が素直になれるはずもなく、ぶっきらぼうに「ありがとよ」と嘯いてそっぽを向いた。

「しかしお嬢ちゃん」
「征四郎」
「……お嬢ちゃんは」
「せーしろー、です」
「…………征四郎は、怖くないのか?」

 見た目に反してなかなかに押しの強い征四郎に若干気圧されつつ、黒塚は征四郎を預かってからずっと気になっていたことを問いかける。
 それは黒塚自身の見目に関してでもあるし、まだ幼いと言っていい年齢の征四郎が置かれているであろう環境に対する疑問でもある。
 遠目でちらりと垣間見ただけだが、怪しげな集団は隠すつもりもなく武装していた。あんな輩に狙われているという状況は、大の男であっても精神的に苦痛を感じるもの。

「……何がですか?」

 きょとん、と。そんな表現をするにふさわしい表情で、征四郎は首を傾げる。
 その様子に恐れや不安は微塵もなく、まさに年相応。それが、黒塚には不気味にも思えるのだ。

「……俺の人相は、お世辞にもいいとは言えねぇからな」

 よく子供に泣かれる、と言えば、征四郎は得心のいった様子でパチリと瞳を瞬いた。

「怖くないですよ。だって、おともだちなのでしょう?」

 にへ、と嬉しげに笑ってそんなことを言われれば、黒塚にはそれ以上言葉を重ねることはできない。
 おともだち、とは、また似合わない表現をしたものだと黒塚は思う。あの男は、征四郎に、保護者である自分の友人だと、黒塚を紹介したらしい。
 似合わない。全くもってらしくない。
 だが。

「……悪かねぇな」
「?」
「……なんでもねぇよ」

 大きな手で隠した口元が笑みの形を象っているのを知られたくなくて、黒塚はやや乱雑な手つきで征四郎の頭を撫でた。それを嫌がるでなく、嬉しそうに瞳を細めて受け入れる少女の境遇がただただ不憫で、黒塚はせめて今日一日、自分なりに甘やかしてやろうと決めたのだった。



 3段重ねのアイスクリームが乗ったパフェ。
 やわらかな黄金色に膨らんだパンケーキ。
 ふわふわうさぎさんのマシュマロが乗ったホットチョコレートに、真っ白なホイップクリームが添えられたシフォンケーキ。

「わぁ……!!」

 征四郎が両手で抱えるほどの大きさのメニュー表に載った可愛らしい写真たちに、大きな瞳をキラキラとときめかせて見入る。どれもこれも、普段は「食べすぎるとご飯が食べられなくなるから」と却下されるものたちばかり。

「どれでも好きなもん選べ」

 ぶっきらぼうにそう言うのは、今日1日自分の保護者をしてくれているひと。尖った人相をしているが、その心根がとてもやさしく暖かなものであることを征四郎はもう知っている。

「食い切れねぇもんは俺が処理してやっから、遠慮せず食え」
「いいのですか?! ありがとうございます!」

 ぶっきらぼうになるのは照れ隠しなのだと征四郎の”家族”が言っていた。だから征四郎は黒塚の態度に怯むことはない。
 それに、ここで遠慮した方が相手に失礼になると征四郎は知っている。
 だからここはお言葉に甘えて、自分の食べたいものを頼むことにした。いろいろありすぎて目移りしてしまう。

 征四郎は今日一日保護者役を買って出てくれた黒塚についてほとんど何も知らない。”家族”から友人であるとは聞いているが、普段何をしているかなどは何も聞いていないし、知る必要もないと思っている。
 自分が特殊な境遇にいることはわかっているつもりだ。だからと言って自分が不幸だなどとは思わない。征四郎は多くを望まないし、今以上を望まずとも既に充分しあわせなのだから。

「うぅん、パンケーキもおいしそうですし、パフェもおいしそうですし……」
「何個頼んでもいいぞ」
「征四郎は食べられる分だけ頼む主義なのですよ!」

 ふんす、と鼻息荒く宣言すれば、茶色味がかった瞳がやわらかく細められた。表情の変化は少ないが、目に感情が乗りやすい人なのだと征四郎は思う。
 接した時間は短いが、それが相手を理解できない理由にはならない。

 まぁ、時間はまだたっぷりとある。今日という日は始まったばかりだ。
 メニューとにらめっこしてウンウン唸りながら、征四郎は今日という日が忘れられない特別なものになるような気がした。

 朝におやつを食べる、なんて非日常で始まった征四郎のとある一日。
 それが、波乱と非日常にあふれたものになることを、この時の征四郎と黒塚は知る由もないのである。

To be continued...?

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa4625/夜城 黒塚/男性/26歳/人間】
【aa0076/紫 征四郎/女性/10歳/人間】
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2018年12月19日

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