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『宝石の海』
ファルス・ティレイラ3733


 自分には学習能力がないのか、とファルス・ティレイラは思った。
「ああもう私ってば、また窃盗行為の片棒を担ぐような事をして」
「……ごめんなさい、ティレイラ」
 少女が、俯き加減に言った。
 ティレイラと同い年の少女である。とある国の王族であったが、その王国は滅亡した。
 亡国の王女が、ひっそりと身を隠して暮らしながらもティレイラと出会い、こうして仲良くなったのだ。
 この少女は信頼出来る、とティレイラは思っている。あの時の盗賊娘とは違う。
「仕方ないわ。だって……やっと、見つかったんでしょ?」
 屋敷と言うより、もはや城である。渓谷と一体化した感じに山中で偉容を佇ませる、広大な城館。
 その城門を守る巨像兵を、木陰から観察しながらティレイラは言った。
「間違い、ないのね」
「ええ、確かな情報よ。あの指輪は……この城館の主が、所持している」
 金色の髪に差し込まれた羽根の髪飾りを、軽く触りながら王女が言う。
「正当に買い取るだけの財力も人脈も、今の私にはないから……」
「盗むしかない、と」
「本当に、ごめんなさいティレイラ……貴女を、こんな事に」
「巻き込まれたつもりは、ないから。私、自分の意思で貴女のお手伝いをしてるだけ。まあ……後で、お姉様にめっちゃ怒られるんだろうけど。今はそれよりも」
 城門を守る巨像兵を、何とかしなければならない。
「私に任せて」
 王女の言葉に応じて、羽根の髪飾りから魔力が溢れ出す。
 変化の魔力。王女は、小鳥に姿を変えていた。
 ぱたぱたと木陰から飛び出した小鳥が、巨像兵の頭に止まり、歌うようにさえずる。
 巨像兵は完全に、聴き入っている。
「……今のうちに、お城へ忍び込めと。そういうわけね」
 ティレイラは、木陰で苦笑した。
「ナチュラルに人使い荒いのは、さすが王女様よね……さて」
 巨大な城門をこじ開ける事など無論、出来ない。
 だが城壁を囲む濠が、城内の水路と繋がっている事は、すでに調べ上げてある。
「竜はね、空を飛ぶだけじゃない……泳ぐ事だって出来るんだから」


 水路から城内に潜入し、宝物庫に到着したところで、小鳥が飛んで来た。
「あの巨像兵さんは?」
「やっと眠ってくれたわ」
「じゃ、ここからが本番ね……ちょっと離れて」
 宝物庫の扉の錠前に、ティレイラは息を吹きかけた。
 炎の吐息。竜族の少女の可憐な唇から、一瞬の猛火が噴出する。
 錠前が赤熱し、融解し、液体金属と化して流れ落ちる。
 王女が、息を呑んだ。
「さすが……竜族の子は、凄いわね」
「竜族にはね、もっと凄い方がいらっしゃるんだから。私なんか問題にならないくらい」
 言いつつ、ティレイラは扉を開けた。
 こんなふうに、大富豪の宝物庫へ忍び込んだ事が以前もある。
 あの時は、この王女ではない別の女の子と一緒だった。
 結果、大変な目に遭った。
 自分は、あの竜族の女性に助けてもらった。
 一緒に入った盗賊娘が、どういう目に遭ったのかは、思い出したくない。
(まったく私ったら、同じ事をして……お姉様に、何て言われるか)
「あったわ……」
 宝物庫を満たす、山のような金銀財宝の中から、王女は即座にその指輪を見つけ出した。
 一見、何の変哲もない宝石の指輪である。
 だが『本物』である事を、ティレイラは即座に感じ取った。
 本物の、呪いの品だ。
 呪いの指輪に、王女が何かを語りかけている。呪文、いや人名か。
 指輪から、幻影が立ちのぼった。
 幻像か、霊体か……半ば、実体のようでもある。
 それは1人の、美しい少女の姿であった。この王女と、瓜二つである。
 悲しげに何かを訴えかけてくる、少女の姿。
 それは、しかしすぐさま指輪に吸い込まれ、消え失せた。
「駄目……まだ、指輪の力が強すぎる」
 ティレイラは言った。
「この子を解放するには、お姉様の力が必要……私、お願いしてみるから。今は、ここから逃げよう? 早く」
「……そうね」
 王女が、指輪を握り締める。
 2人で宝物庫を出た、そこで声をかけられた。
「聖なる王国の、双子の姫巫女……その片方を指輪に封じ込めたのは、確かに私よ」
 禍々しくも優美な人影が、そこにあった。
 いかなる姿をしているのかは、よくわからない。美しいシルエットと、衣服か翼か可視魔力か判然としない黒色の揺らめきが見て取れるだけだ。
 ともかく、この城館の主であった。
「もう片方の子は……大人しくしているなら、放っておいてあげようと思っていたのだけどね」
「今更、王国の再興なんて考えていません……」
 王女が、後退りをする。
「だから、お願い……この子を返して……」
「ふふん? さて」
 城館の主が何かを言おうとするところへ、ティレイラは炎を吐きかけた。
「逃げて! 早く!」
 叫びながら、火力を強めてゆく。炎が、城館の主を包み込んだまま轟音を立てて渦を巻く。
 小鳥が、ぱたぱたと飛び立って行った。その小さな足が、しっかりと指輪を掴んでいるのをティレイラは確認した。
「ふっ……ふふふふ……」
 禍々しくも優美なるものが、炎の中で笑う。
「いいわ、竜族の乙女よ。お前の心意気に免じて、双子の姫巫女は見逃してあげる。私は元々、聖なる王国と敵対していた連中には雇われていただけだから……お前を弄る方が、面白そう」
「や、やっぱり……そう、なっちゃいます……?」
 炎を止めると同時にティレイラは、近くの水路に飛び込んでいた。
 水の中で翼を広げ、羽ばたき、流水を激しく掻いて直進する。
 翼を用いての泳法は、修練してきた。
「何でも屋さんに最も必要なスキル。それはね、逃げ足の速さなんですよっ」
 翼だけでなく、しなやかな手足を躍動させ、尻尾をうねらせ、水中を進むティレイラ。
 その尻尾に、四肢に、翼に、水がやけに重たく絡み付いてくる。
 いや、これは本当に水なのか。
「え……ちょっと、何これ……」
「凄いわね、お前。竜らしく火を操る、だけでなく水にも強いなんて」
 水の中なのに、声が聞こえる。
「本当に気に入ったわ。私のものに、おなりなさい」
 言葉が、思念が、水中に流し込まれて来る。禍々しい魔力と一緒にだ。
 水が、水ではなくなりつつあった。
「やっ……やば……い……」
 脱出のため羽ばたこうとした翼が、動かない。水ではなくなったものによって、固められている。
 翼だけでなく尻尾も、手足も。
 水路の水が、凍っている。外からは、そのように見えなくもないだろう。
 だが違う。今、水路を満たしているものは氷ではない。
 氷のように透き通った、宝石である。
 宝石の中に、ティレイラは閉じ込められていた。
「ふ……ん。これで完成、ではないわね。まだ」
 禍々しい力によって、宝石が水路から切り抜かれてゆく。
 ティレイラを内包する、巨大な正方形の宝石であった。
「せっかくの素材、このまま飾るのも素っ気なし。落ち着いたら、少し頑張って加工してみましょう。あの姫巫女は私、指輪に封じただけで飽きてしまったけれど……ふふ、この子は愉しめそう」
 禍々しい魔力によって宝物庫へと運ばれながらティレイラは、いつまでも宝石の中で泳ぎ続けていた。



 登場人物一覧
【3733/ファルス・ティレイラ/女/15歳/配達屋さん(なんでも屋さん)】
東京怪談ノベル(シングル) -
小湊拓也 クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年12月19日

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