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『寒い、冬の日の出来事 』
氷鏡 六花aa4969

 心のどこかで……
 こう思っていた。
 愚神とか、従魔とか、そういうのはどこか遠くの出来事で。
 きっと自分には関係のないことだと。
 昨日のような今日が、また明日も過ぎていくのだと。

 ――それを慢心と責められようか。
 幼い幼い少女の想いを、愚かだと嗤うことができようか。







 その日はひときわ寒い、雪深い日。
 氷鏡 六花(aa4969)は父親の屋根の雪かきを手伝って、暖房の利いた温かい部屋に父親と共に戻った。
 母親が「ご苦労様」と笑顔を浮かべ、お茶を淹れてくれる。「六花はお手伝いできて偉いね」と、褒めてもらえるのが幼心に嬉しかった。母親に優しく撫でて貰いながら……六花は「ママ、今日のお夕飯はなあに?」と目を細める。
「そうねぇ、今日は――」

 ――その言葉は。
 窓の外から聞こえた「愚神だ!」という叫びに掻き消される。

「愚神、ッ……!?」
 両親が目を丸くする。六花も「グシン」という単語については知っていた。時々、テレビから聞こえる言葉……“良くない言葉”だ。
 直後、「助けてくれ、助けてくれ!」という悲鳴が聞こえ――突然途絶える。ただならぬ事態に良心を見上げた六花を、母親が抱きしめた。
「すぐに避難しよう」
 父親が車の鍵を引っ掴んでそう言った、……瞬間だ。
「パパ、後ろ――!」
 六花は窓を指差した。そこに、巨大な狼がいたから。
 途端、壁も窓も、巨大な狼は容易く破壊して。
 逃げろ、と父親が叫んだ、その手で六花と母親を押した。
「パパ、パパぁっ!!」
 幼い六花が叫ぶ、その目の前で。
 巨大な咢が、父親の体を挟む。
「ぐアあ゛ァッッ!!」
 父親の悲鳴。撒き散らされる血潮。噛みつかれたまま振り回される彼の体が、あらぬ方向に曲がり、そして――
「六花、こっち!」
 惨劇から六花の視界を閉ざしたのは、彼女を抱き上げた母親の腕だった。父親の悲鳴は聞こえなくなっていた。狼が開けた穴から冷たい吹雪が舞い込んでくる。狼の唸り声が心臓を震わせる。
「ママ、パパが、パパがぁっ……」
「しっ! 六花、静かに――!」
 母親の声も腕も震え切っていた。別室に逃げ込んだ彼女は、クローゼットに六花を押し込む。……狭いそこには、子供一人が身を屈めてやっと収まるほどのスペースしかなくて。
「六花、六花、いい? ここでじっとしていて、絶対に声を出しちゃ駄目。かくれんぼは得意ね?」
「でも、ママ……!」
「大丈夫、六花は絶対に助かるわ……パパもママも、六花のことを世界で一番愛してる……忘れないで……!」
 そう言って、母親は娘を強く抱きしめた。……クローゼットの戸を閉ざす。母親は娘を生かす為、囮となるべく覚悟を決めたのだ。
 だが、そんな献身を嘲笑うかのように。

「ねえ、そこで何してるの?」

 少女の声。暴風の音。
 ガタガタと戸が揺れて、六花の潜んだクローゼットが少しだけ開いた。暗闇に一条の明かりと、凍て付く冷気と。
 その隙間から見えたのは――見えてしまったのは、足を中頃まで氷漬けにされた母親と、そして、見知らぬ少女の姿だった。少女は人間のような姿をしているが、明らかに人間ではないことを六花は本能で感じ取る。

 あれが……愚神。

「あはは。つーかまーえたー」
 少女は楽し気に、そして残酷に嗤う。母親の呻き声が聞こえる。彼女の足を凍らせた氷は、ゆっくりゆっくりその全身を覆い尽くそうとしていた。
「ホラホラ、早く逃げないと、氷漬けになって死んじゃうよぉ?」
「ううぅぅううぅうううううううッッッ……!」
 氷像に変えられつつある人間の、死の絶望に満ちた苦悶の声――それも実の肉親の。六花はそれを、距離にしてほんの数メートル先で見て、聞いてしまっていた。
(ママ……っ!)
 ひゅっと息が漏れそうになる口を押えた。手足から血の気が引いて行くような。でも、ここでじっとしていなくちゃ。声を出しちゃ駄目だ……!
「六花、六花、あ゛、ア、り ッが、あああ゛ぅああ――」
 ママが凍り付いていく。流す涙も氷に変わる。ママが死んじゃう。ママが死んじゃう!

(やめて、やめて、やめて、やめて、やめて!!!)

 叫びたかった。悲しさと無力感と悔しさと絶望と。それから、嗤いながら母親をいたぶり苦しめる愚神への怒りと憎しみと恐怖と。
 涙がボロボロとこぼれる。体の震えが止まらない。込み上げる嗚咽を両手で抑え込む。見開いた目に――遂に完全に凍り付いてしまった母親が映った。そして、それが愚神によって無残なまでに粉々にされる姿も。
「……っッ!!!」
 足元に、母親だった小さな氷粒が転がって。六花は胃の中身がひっくり返りそうになった。
「あはははは! あはははははははは! ザッコ〜〜〜い! 人間って、ホンッともろいのね!」
 嗤って、嗤って、馬鹿にして、踏みにじって。
 愚神はそのまま踵を返そうとした。するとそこへ、口の周りをベッタリと血に染めた、先ほどの狼がやって来る。それは愚神を呼び止めるように鼻を鳴らすと、六花が隠れているクローゼットへ振り返った――狼と六花の目が合った。

 ――見つかった。

「うあぁあぁああああああああああっっ!!!」
 最早パニック状態になって、六花はクローゼットから飛び出した。遮二無二、走った。怖くて怖くて怖くて怖くてたまらなくて。
「……鬼ごっこ? いいよ!」
 愚神はニッコリ嗤うと、泣き叫ぶ少女を追い始める。

 本気を出せばすぐに追いつけるし、一瞬で殺せるだろうに――
 愚神は六花をいたぶった。

「がんばれがんばれ〜」
 氷の針をまた一つ、鼻歌まじり、的当てゲームを楽しむように投げつける。
「あうッ!」
 冷たい針がまた一つ、六花の幼い体に突き刺さる。彼女の背中は氷の針が何本も刺さり、赤い血を滲ませていた。
「う、うう、……!」
 吹雪が吹き荒れる故郷の町を、六花は嗚咽を漏らし走り続ける。
 何人もの、知り合いとすれ違った。友達とすれ違った。誰も彼も、母親のように氷漬けにされていた。あるいは狼に喰い殺された無残な死骸と成り果てていた。
(どうして、どうして……!)
 こんな目に遭わなきゃいけないのか。そう思った瞬間、氷の針がこめかみを掠める。どろっと血が流れてくる。傷口を抑えた手に鮮血が付いた。
(痛い、痛いよ、怖いよ、パパ、ママ……!)
 助けて、と叫んでも誰にも届かない。誰も彼も死んでしまった。
 そして……走り続けた果てに辿り着いたのは、海岸の崖。
「あ……あ……!」
「行き止まりだね?」
 狼に乗った愚神はそんな六花を嘲笑う。その手の平には、氷の礫が作り出されていた。
「や――やめて、やめて……!」
「やめませーん」
 小さな子供の残虐さで、愚神は舌を出して。
「死ね!」
 氷の礫を、幼い六花へと放つ。
 防御手段も何もない小さな体が宙を舞う。
「――あ、」
 浮遊感。激痛の中、六花が最後に見たのは、遠ざかる雪空。

「あーあ」
 愚神は方を竦ませた。もっと遊んで殺そうと思ったけど、勢い余って海に落としてしまった。
「ま、どうでもいっか」
 そう、愚神には人間なんてどうでもいい。狼に命じ、愚神は鼻歌まじりに六花の村へ戻っていく――住民を皆殺しにするために。

 その愚神の名はヴァルヴァラ。
 人間をただの食事としか思わぬ、人間を嘲笑う怪物。
 人間を苦しめ殺戮することを好む、血も涙もない化物。
 人間と分かり合うことなど決してない、正真正銘の異形……。



『了』




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氷鏡 六花(aa4969)/女/11歳/攻撃適性
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2018年12月20日

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