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『発売未定のドールガール 』
ファルス・ティレイラ3733

 施設の明かりを点けた瞬間どこかから感じた視線に、少女は思わず肩を震わせた。少女、ファルス・ティレイラは慌てて視線の主を探し、その正体に気付くと安堵の息をこぼす。
「なぁんだ、人形か」
 彼女を見つめていたのは、物言わぬ人形であった。今はもう使われていないこの施設はかつては玩具を保管するための倉庫か何かだったのか、人形以外にも大量の玩具がそこら中に鎮座している。まるで、玩具箱をひっくり返した後のような賑わいだ。
 近くに落ちているボールを踏まないように注意しながら、ティレイラは奥へと進んで行った。

 人の寄り付かないこの場所は、虫の声すら届かず静まり返っており少し不気味だ。
 だからこそ、魔の者達にとっては居心地の良い場所だったのだろう。管理者と連絡がつかないまま捨て置かれているこの施設に、何体もの魔物が住み着き始めたのは必然の事と言えた。
「さてと、お仕事頑張らないとね!」
 偶然魔物の存在に気付いた街の住民から魔物退治の依頼を受けたティレイラは、なんでも屋としての仕事をこなすために気合を入れる。
 ティレイラの背から、紫色の翼がはえた。角と尻尾もはやし、飛翔可能な姿になった竜族の少女は周囲を注意深く見渡し始める。
 そして彼女は狙いを定め、近くにあったうさぎのぬいぐるみに向かって得意の魔法を放った。ぬいぐるみは影のような姿に代わり、悲鳴をあげる間すらも許されずに消えていく。ここに住み着いた魔物達は、玩具の姿をしているものばかりなのだ。
 広い施設ゆえに数は多いが、さして大した力を持っている魔物ではない。ティレイラは、蜘蛛の子を蹴散らすように次々と魔物を倒していった。
「これくらいの敵なら、余裕余裕〜!」
 調子良く魔物をなぎ払いながら、彼女は更に施設の奥へと足を進める。
 そして、粗方の魔物を退治し終えた彼女を最深部らしきスペースで迎えたのは、ひときわ大きな玩具……巨大な魔物だった。
「もしかして、こいつが親玉?」
 ティレイラの言葉に返事をする事すらなく、魔物は彼女に向かい巨大な腕を振るう。飛翔しそれを避けたティレイラは、お返しとばかりに相手に向かい魔法を放った。
 巨大な魔物相手だが、ティレイラは奮闘を続ける。だが、弱い魔物相手ばかりだっとはいえ先程から連戦しているのだ。その上この魔物は、他の魔物よりもしぶとい。ティレイラの顔に、疲労の色が浮かび始める。
 その時、不意に魔物が液体のようなものを彼女に向けて吐き出そうとした。黄金色に輝くその謎の液体を、少女は咄嗟に避ける。
「な、何これ!? 絶対触ったらやばいやつよね!?」
 慌てるティレイラの声など気にも留めず、再び魔物はそれを吐き出した。どうやらこの液体は、魔力がこめられた特殊な樹脂のようだ。
 ティレイラは翼を駆使し、必死に逃げ回る。
(危ないなぁ……! でも、これって逆にチャンスかも!)
 ある事に気付いたティレイラは、樹脂を回避しながらもじっと相手の動きを注視した。
 魔物がまた、樹脂を放つ。だが、その瞬間こそがティレイラの狙い目であった。
「――ここ!」
 樹脂を放っている間、魔物には隙が出来るからだ。タイミングを見計らったティレイラは、巨大な魔物の懐へと瞬時に潜り込む。
「これで、終わりよっ!」
 至近距離から、叩き込むのは全力の魔力。彼女の渾身の魔法は、弾丸のように相手の身体を穿った。
 パァン、と音が響く。何かが破裂するような音。魔物が断末魔の代わりに発した、破裂音。
 受けた衝撃に耐えきれず、魔物はまるで風船のように弾け飛んだ。
 そして、それと同時に、周囲に突然雨が降り注ぐ。黄金色をした、奇妙な雨だ。
「きゃあっ! やだ、な、なにこれ!?」
 その雨の正体は、玩具で出来た魔物の身体を形作っていた樹脂であった。そしてそれは、近くにいたティレイラに容赦なく降りかかる。
 逃げようと思う時間すら与えられず、ティレイラは全身にその樹脂を浴びてしまった。広げたままの翼が、髪が、角が、肌が……力が入り上がった尻尾の先すらも、粘ついた黄金色の液体は覆い尽くしてしまう。
「うう、せっかく上手くいってたと思ったのに……さいあくだよ〜!」
 ティレイラは嘆きながら、慌てて樹脂を取ろうとする。
 しかし、魔力を含んだその樹脂は簡単に剥がれてはくれなかった。ベタベタと彼女の全身に纏わりつき、だんだんとその硬度を増していく。
「う、嘘? ちょっと、冗談だよね!?」
 どうにかして樹脂から逃れようと、ティレイラは身体を動かし暴れ始めた。しかし、樹脂はしつこく彼女の身体を囚えたままだ。
 飛んでみようと動かそうとした翼は、何故か上手く動かない。しかし、慌ててしまっている今のティレイラにはその原因を追求する余裕すらなかった。
「あ、あれ……? なんか……おかしい……」
 だんだんと、世界の動きがスローになっているようにティレイラには思えた。そしてすぐに、それが勘違いだという事に気付く。
 ゼンマイの切れかかったネジ巻き式の玩具のように、ゆっくりとした動きで少女は首を横へと振る。その顔を、絶望の色へと染めながら。
 動きが鈍っているのは、世界ではなくティレイラの方だ。まとわりつく樹脂が徐々に固まり、彼女の動きを鈍くしていっているのだった。
 もう満足に動く事は出来そうになかった。逃げる事はおろか、まばたきをする事すら今のティレイラにとっては叶わぬ夢なのだ。
 それでも必死に唇を動かし、彼女は誰かに届いてほしいと祈りながら大声で叫ぶ。叫ぼうとする。
「た、助け……」
 だが、その彼女の声は中途半端なところで止まってしまった。ティレイラの決死の叫びすら、とうとう樹脂の中へと閉じ込められてしまったのだ。

 ◆

 今はもう使われていない、とある施設。
 捨て置かれたたくさんの玩具に囲まれ、一体の人形はそこに在った。左手を宙へと突き出し、驚愕しているかのような表情を浮かべている等身大の少女の人形だ。
 その姿は悲痛でありながらも、どこか見る者を魅了する愛らしさがあった。もしこの人形が世間で発売されたとしたら、すぐさま売り切れてしまう事だろう。

 ……その愛らしい人形の正体が、この施設を魔物から救った少女、ファルス・ティレイラだという事を知る者はいない。
 声を出す事すら叶わぬドールは、助けがくるその日まで玩具に囲まれながら佇む事しか出来ないのであった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3733/ファルス・ティレイラ/女/15/配達屋さん(なんでも屋さん)】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ご発注ありがとうございました。ライターのしまだです。
愛らしいドールとなってしまったティレイラさんのお話、このような感じになりましたがいかがでしたでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。何か不備等ございましたら、お手数ですがご連絡くださいませ。
それでは、このたびはご依頼本当にありがとうございました。また機会がございましたら、是非よろしくお願いいたします!
東京怪談ノベル(シングル) -
しまだ クリエイターズルームへ
東京怪談
2018年12月21日

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