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『【任説】音の羅列に魂は宿るか 』
雅・マルシア・丹菊aa1730hero001)&白江aa1730hero002

 笑って、とその人は言った。



 写真を撮ろう、と言われて、あれよあれよという間に連れ出された。

 晩秋の日差しは緩く、夏の名残と冬の足音を携えて燦々と照っている。やわらかな日差しに濡れる景色は、一年のうちでも殊更に鮮やかな色をしていた。
 銀杏の黄色。紅葉の赤。広葉樹の枯葉色に、冬に備える木々の黒、常緑樹の緑。春とは違い、そこに華やかさはないが、見る者をどこか落ち着かせるような侘び寂びがある。
 生命の息吹満ち溢れる春よりも、白江は落ち着いた静けさが満ちる秋のほうが好ましいと思う。

「ンン〜! やっぱり絵になるねぇ!!」

 パシャ、とシャッターの閉じる音。
 静かな山中に似つかわしくないような機械音に、誘われるように首を巡らせる。

「……みやび、勝手に撮るのはマナー違反なんじゃないですか」
「身内だからノーカンよノーカン」

 所謂「眼レフ」と呼ばれる類のカメラを構えて、大柄な美女が笑った。秋めく景色のさなかにあって尚夏を思わせるその笑顔が、周囲の彩度を引き上げているように錯覚する。

「……」
「まぁまぁ、気にしない気にしなーい。ほらもう一枚!」

 白江が半眼でじとっと見つめるが、雅には効果がない。白江が本気では嫌がっていないことを知っているからだろう。それが嬉しいやら憎らしいやら。
 カシャリ、とレンズを絞る眼レフを睨みつければ、雅はなぜか嬉しそうに笑うのだった。



 白江には、写真、というものがいまいちよくわからない。
 情報としては理解できる。原理や、技術面では素晴らしいものだと思う。
 けれど、まばたきにも満たない刹那を切り取るその道具を、どう扱っていいものかが皆目見当もつかない。

 だから、それを我が身のように扱う雅を、素直にすごいと思う。

「ンフフ〜」
「ご機嫌ですね」
「そりゃあね! きよとお出かけできるの楽しいもの」

 跳ねるような足取りで紅葉した木々の間を歩く雅は、全身で命を謳歌しているよう。ニッ、と歯を見せて笑う様はいっそ眩しさすら感じる。その後ろを静々と付き従う白江とは正反対だ。

 白江は雅の奏でる鼻歌が好きだ。それは雅が心の底から今の状況を楽しんでいると知れるからでもあるし、純粋に雅の声が好ましいからでもある。

「お、いい景色〜!」

 パシャ、とカメラが囀る。
 液晶モニターで出来栄えを確認する雅の姿を見るともなく眺めつつ、白江はつと周囲へ視線を巡らせた。

 銀杏の黄色。紅葉の赤。広葉樹の枯葉色に、冬に備える木々の黒、常緑樹の緑。
 静かに冬へと向かう秋の森は、張りつめるような静謐感と、気を抜けばとって食われそうなほどの緊張感に満ちている。
 この場所はどうやら穴場らしく、周囲に自分達以外の人影はない。それが場の静謐さと神聖さを助長しているような気がした。
 その静謐さが、雅の声によって、真珠で控えめに飾られたように艶めいて見えて。

 ああ、好きだな、と思う。
 この場所が、この時間が、そして、この声が。

 また、カシャ、と音がして、雅の楽しそうな声がする。

「いい顔」

 満足そうに笑う雅が、いっとう眩しかった。



 白江は雅の撮る写真が好きだ。
 風景も、人物も、食事も、雅のファインダー越しに見ると、何もかもが尊いものに見えてくる。

「……食事中にカメラを向けるのはマナー違反では?」
「撮りたいと思った時にはすでに撮っているのがプロなのよ」
「……」

 グッ、と親指を立てる雅に、こいつには何を言っても無駄かもしれない、と瞳で雄弁に語りながら、白江はほぅと一つ息を吐いた。

 昼食は、隠れ家風の喫茶店で。
 ランチプレートがかわいいの、とはしゃぐ雅に手を引かれ、白江一人では入れなそうな、カントリー風のかわいらしい店内へと誘われる。プレートがかわいい、と言ったくせに、雅が頼んだのは秋の風味をふんだんに使用したバーガーランチだったが。木製のプレートに乗ってやってきたそれは、可愛らしい店内からは若干浮いているくらい、ボリューミーだった。

 白江は、雅オススメのランチプレート。
 確かに、雅の言う通り、パステルカラーの器に盛られたプレートは、見た目にかわいらしかった。

 味も……なかなか。

「おいし?」

 黙々と食べていると、雅が頬杖をついてそんなことを問うた。猫型のオムライスを崩せず黙考していた白江は一瞬反応が遅れ、瞳を瞬かせる。

「……ええ、まあ」

 なんと答えたものか迷ったせいで若干ぶっきらぼうな返答になったが、雅はそれでも、得難いものを見たように、幸福そうに瞳を細めた。

「よかった」

 まるで、幸福が滲んだように雅が笑う。
 それが眩しくて、白江はいつもより少しだけ長く、まばたきの時間をとった。





 生きている実感、というものがある、らしい。

「みやび」

 かわいらしい声に呼ばれて振り返れば、自分から数歩離れた場所で白江が立ち止まっていた。
 何かあったのか、と思い、言葉の続きを待ってみるが、白江は黙ったまま、ただ一方を見つめている。

「どうしたの?」

 まぁ、いつものことだ。
 だから特に不審に思うこともなく、奮発して買った一眼レフを両手で支えたまま、白江のほうへ向かう。
 少し屈んで白江と視線を合わせ、同じ方向へ視線をやれば。

 紅葉した木々の隙間をかける、リスがいた。

「みやび、ああいうの好きでしょう?」
「あー、うん、そうね。ありがと。でもちゃんと口で言ってくれたらもっと嬉しい」

 苦笑してそう言えば、白江はその無表情に見える瞳で「面倒だ」と雄弁に語る。この子はこういうところがある。

 しかし、まぁ、断る道理もない。
 せっかく白江が見つけてくれたのだし、躍動感あふれる写真を撮ろうではないか。

 くるくると、紅葉した樹木の隙間を駆け回るリスたちを追い、カメラを構える。

 レンズ越しに見える世界は肉眼で見るよりも鮮明に映る気がした。
 シャッターを押す瞬間の、自分が世界を切り取っているかのような感覚が好きだ。切り取られた一瞬は、写真という形で不変となり、ずっと残る。それが、雅にはとても尊いことのように思えた。

 だから、雅は写真が好きだ。

「……みやびの写真は、なんだか生きてるみたいですね」

 ふ、と。
 リスを追いかけるのに夢中になっていた雅の耳に、白江の声が届く。

「あはは、ありがと! 今にも動き出しそうな一瞬を切り取る、ってのが信条だからね!」

 だから、笑ってそう言った。
 この言葉に偽りはないし、心の底からそう思っている。だのに、白江はなんだかはの奥に物が詰まったような顔をした。

「そうじゃなくて……。うぅん、どう表現したものでしょうか……」

 珍しく、言葉を探してじっとりと首をかしげる白江。その姿がなんだか嬉しくて、雅は半ば無意識でシャッターを押す。
 距離があったからか、白江はシャッター音には気づかなかったようだ。

「……写真って、一瞬の動きを切り取るじゃないですか」

 考え考え、白江が喋る。

「写真の被写体は物質として存在していますけれど、写真そのものに写されたそれは、単なる情報でしかないときよえは思うのですが」

 どうすれば相手に伝わるのかと、考え考え、喋る。

「……みやびの写真に写った被写体は、なんというか、その一瞬を切り取られたことに気付かずに、ずっとその一瞬を生きている気がして」

 ふい、と、白江の視線がさまよう。
 迷っている、というよりは戸惑っている。それでいて、単に恥ずかしがっているかのようにも見えた。

 決して短くはない時間を、雅はニコニコと笑みを絶やさず聞いている。
 決して口数の多くない白江が、自分のために思考を巡らせているのが嬉しいのだ。

「えっと、つまりですね……」

 うろうろと彷徨っていた視線が、ふいに雅に結ばれる。そして少し右を見て、左を見て、また雅を見て、なんだかためらいがちに伏せられた。

「……みやびの写真、好きですよ」

 そう言って。
 とてもとても珍しいことに。
 白江の頬が、わずかにだが、朱に染まった。

「……」

 思わず、口元に笑みが乗る。
 衝動のまま白江に抱きつきそうになって、慌ててカメラを構えた。この一瞬を残さずして何がプロか。

 カシャ、と小さく音がして、レンズが白江の一瞬を切り取った。

「……ありがとう、きよ。とても、とても嬉しい」

 万感の思いで口にした言葉は、酷くありきたりで。
 けれど白江は、そんな雅の心を汲み取ってくれたかのように、恥ずかしげに目元をほころばせて。
 ああ、今のこの時間を永遠に切り取っておきたいと、脳の奥の方がじんわりと温かくなるような感覚の中、そう思うのだ。



 笑って、と、その人は言った。
 笑顔を見ると、生きる希望が湧くのだそう。無理矢理にでも笑えば、生きている実感が湧くのだそう。
 その感覚はよくわからなかったけれど、自分が役に立つならと、常に笑顔でいることにした。

 歌うこと。
 笑うこと。
 戦うこと。
 それさえしていればよかった。
 それしかできなかった。

 だから、今、思う。生きるとはなんだろうかと。
 ヒトには魂というものがあるらしい。生きていると、魂が震えるらしい。

 ああ、ならば。

 どうか名前を呼んで。
 あたしの魂はそこにある。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【aa1730hero001/雅・マルシア・丹菊/性別不詳/28歳/シャドウルーかー】
【aa1730hero002/白江/性別不詳/8歳/ブレイブナイト】
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2018年12月21日

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