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『十二月のインタールード 』
クレア・マクミランaa1631)&アルラヤ・ミーヤナークスaa1631hero002

 クレア・マクミラン(aa1631)は経験豊富な衛生兵だ。これまで幾つもの“地獄”を目にしてきた。
 十二月某日、変わり果てた北極点。ここもまた、クレアの記憶に刻まれる“地獄”の一つだろう。

 愚神商人及び大量の従魔の出現。収めた辛勝。負傷者多数、なれど幸い死者はなし。ベースキャンプに戻った後、クレアは衛生兵としての本分を果たし、それが終われば休む間もなくそこを離れ、可能な範囲で異界の兵士らの遺品がないかと戦場を見渡していた。
 収穫はなし。靴をわずかな黒い泥が汚すのみで、それも少しずつ消え始めている。ガランドウな虚無がそこにあるだけだった。空は白いまま、太陽も何もなく、時の移ろいすら曖昧だ。嗚呼、ここには何もない。

 長く――息を吐いた。

『少しは休め』
 ライヴスを通じて、呆れたような声でアルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)が言う。
『我々のように不眠不休で人は動けぬ。たまには頼ることを覚えろ、サニタールカ』
「ああ、」
 思えば第二英雄は誓約当時よりも口数が増えたものだな、と改めて思いつつ、クレアは頷く。
「……そうしようか。英気を養わなければ。“やること”は色々とあるしな」
 諸々の事務作業に手続きにAGWのメンテナンスに。指折り数えるクレアに、アルラヤはたしなめるように溜息を吐く。
『サニタールカ』
「分かってる、分かってる。ちょっとしたジョークだ」
『笑えないぞ』
「“ブラック”だからな」
『あのなぁ、』
「ちゃんと手伝ってくれるんだろう?」
 英雄達を頼るつもりだと言外に示し、クレアは踵を返した。
 一応は警戒していたが従魔らが出現することなどもなく、死者の肌のような大地を間もなく歩いて行けば、H.O.P.E.のベースキャンプが見えてくる。

「おーぅい」

 と、クレアに手を振っている人物がいる。ヴィルヘルムと共鳴したH.O.P.E.会長ジャスティン・バートレットだ。その外見はヴィルヘルムの元々の姿とのことで、見慣れない偉丈夫であるが。
「……会長」
「あ、駆け足しなくていい、そのままゆっくり歩いてて構わん」
 兵士の癖でつい上官の元へは駆け足で……となりかけたクレアを、会長――今はヴィルヘルムが主体なのでヴィルヘルムと表すべきだろう――が片手で制する。
『言葉に甘えようか。“上官命令”だしな』
 アルラヤが言う。そうだな、と心の中で返し、クレアはそのままの歩調で会長の近くへと。
「何ぞやありましたか?」
 よもや負傷者の容体が急変――と最悪のケースの想定はしておきつつ、クレアはヴィルヘルムへ問う。「いや」と彼は朗らかに言う。
「ちょっと外見てくるって言ってたからさ。単純に俺様が、お前のお迎えをしたかっただけ」
「然様ですか。不要な心配をおかけしました」
「いやいや、気にすんな。一応、斥候の子が鷹の目を飛ばしててくれたし。それで……」
 何か見つかったか? とヴィルヘルムは表情を引き締めて問う。クレアは静かに首を横に振った。
「何も。……何もありませんでした。わずかな黒い泥があるのみで、それも消えつつありました。……何か遺留品があれば、教会に届けて弔いたかったのですが」
 あの従魔兵らは彼らの世界を守る為に戦った勇者達で、自分達にとっては先輩で。祖国を護りたい、そこに住む者らを護りたい、その意志に勝者敗者の貴賤はない。
 そーか、とヴィルヘルムが静かに頷いた。
「ご苦労さんな」
「どうも。……そういえばH.O.P.E.にいる間、貴方とはとうとうまともに話すことはありませんでしたね」
「あー確かに。お前の活躍は報告書で見てたけど、顔を合わせてってのはなかったなー」
「……少し、抜けましょうか。お互い一服するぐらいの時間はあるでしょう」
「いいねぇ。ティータイムにしよう。英国人にはティータイムが必要だ」
「違いありません」







 時間的にはハイ・ティーとなるか。スコットランドなどの労働者階級から始まった、夕食代わりのティータイムだ。ベースキャンプのテント内、テーブルには温められた携行食と淹れたての紅茶が広げられている。
 振舞われるものならばありがたく頂こう、それが礼儀だ。そう判断したクレアは共鳴を解除し、席に着いた。食事が自分と英雄分用意されていたからだ。
「どうも、頂きます」
 日本人でもブッディストでもないので“手を合わせる”ということはしないが。なんにせよ、共鳴を解除すれば途端に感じたのは空腹と疲労だ。食事への感謝はブッディストにも劣らない。
「今日は本当に、お疲れ様だよ」
 紅茶をゆっくり味わいつつ、共鳴を解除したジャスティンが言う。
「ええ。……辛勝なれど、勝利は勝利です」
 だからこそ反省点も多いのだが、と心の中で付け加えつつ、クレアはビスケットにポークパテを乗せて口に運ぶ。塩の利いた肉の味わいと、ビスケットの香ばしさと程よい硬さが丁度いい。この塩加減が、動いた後の体に染みる。
「うん……この世界のレーションは文句なしだな」
 クレアの横では、折り畳み椅子に窮屈そうに巨躯を収めたアルラヤが、野菜と肉たっぷりのシチューにウンウンと頷いている。その顔は包帯で覆われているが、食事の時は器用にずらして食べるのだ。そしてこれまた器用なことに、アルラヤが口周りの包帯を汚すことはない。
 そんな英雄を見ていると、自分もそのシチューを食べたくなって、クレアも同じものを一口。温められたそれは缶詰食ながらも非常に美味だ。柔らかく煮込まれたニンジンが口の中でとろりと溶ける。タマネギを始め、野菜の優しい甘みを感じた。
「このレーションはどちらの?」
「フランスだよ」
「あー」
 英国産じゃなくてよかった。愛国者だけど、それとご飯のおいしさは別。愛国心で飯がうまくなるはずもなく。
「おっ、サニタールカ、こっちのビスケットはチョコチップ入りだぞ」
 今まで食べてきたあれやこれやをフッと思い出して遠い目をしたクレアの一方、アルラヤは二種類あったビスケットの色が濃い方を上機嫌にサクサクやっている。「お裾分けだ、カロリーを摂れ」と一枚くれる。クレアはそれをそのままかじる――こう見えて実は甘いものが好きなのだ。チョコレートの風味は、心をホッと落ち着かせてくれる。
「夕食代が浮いて良かったな」
 冗談っぽい口調でアルラヤが言う。包帯の下の頬がもごもごと咀嚼に動いている。「全くだ」と開き直ってクレアは肩を竦める。H.O.P.E.に在籍していた頃はいろいろと余裕もあったのだが――そう思っては、ふと、クレアは任務中に会長から言われた言葉を思い出す。
(“また戻ってきてくれると嬉しいよ”……か)
 あの時は戦いが始まる寸前で、マトモに返事をできなかった。香ばしい湯気を立ち上らせる紅茶を一口飲み込んで、カップを置いて、姿勢を正し、クレアは会長を見据える。
「会長。……任務中に頂いたお言葉ですが」
「ああ、なんだい」
 あくまでもフランクに、クレアが言い易いようにとジャスティンは柔らかく返事をする。ならばと、クレアも真摯に真っ直ぐ言葉を続けた。
「……H.O.P.E.に戻るつもりは、ありません」
 キッパリと。しかしそこに、侮蔑や嫌気の類はない。H.O.P.E.の代表たる会長がこちらに敬意を向けてくれるのならば、それにふさわしい態度を返すのが義理というモノだ。
「若く、柔軟に進化する希望に、私のような人間はいるべきじゃない。善性愚神の時のように頭では理解しても、この心が理解を拒む事態がいつか起きる。何があっても、私は私の信念を捨てられない」
 我ながら頑固だとは、理解している。リンカーとして活動するのであれば、H.O.P.E.ほど快適な場所はない。色々な考えの者こそいるけれど、H.O.P.E.の根幹は人類の未来をより良くせんと尽力している善である。
 それに【狂宴】の時も……あれは首を縦に振らざるを得ない状況を人質のように向こうが使ってきたことも知っていた。あそこでH.O.P.E.がNOを言っていれば、もしかしたらこの世界からH.O.P.E.という存在は消えていたかもしれない――他ならぬ、世論(マジョリティ)という人類が創り出した怪物によって。
 それでも、だ。
 クレアはあまりにも真っ直ぐ過ぎた。その魂が、その意志が、あまりに高潔であるがゆえに。
「……H.O.P.E.が、貴方達が憎いから、という意味ではないことは、どうか」
 伏目に紅茶の水面を眺める。量が減った紅茶は、さっきよりも早く冷めていく。溜息代わりに、クレアはスカイブルーの瞳をゆっくりと瞬かせた。
「それでも、君は我々に手を貸してくれている」
 対する紳士は、かつての部下を責めることなく微笑んでいた。
「この世界を少しでも良くしようと、世界の明日を護ろうと、“正義の味方”でいてくれている。だから、私の君への敬意は変わらないよ、ずっと。いつもありがとう」
「正義の味方、ですか。大層ですよ、私はただの衛生兵です」
「そう、“人を救うことを止められない性分”――善悪論は哲学だけれど、誰かの痛みに寄り添える君は、いい人さ。少なくとも悪人なものか」
「……」
 衛生兵とは見返りを求めない者だ。感謝が欲しくて人を治しているんじゃない。だからこそ、こうも真っ直ぐに称賛されると、どう返事をしたものか。参りました、と言わんばかりにクレアは肩を竦めた。
「籍こそH.O.P.E.ではないが、」
 返事をしあぐねたクレアに代わり、やりとりを見守っていたアルラヤが会長を見やる。
「引き続きサニタールカを、そして“我々”をよろしく頼む」
 向いている方向は同じなのだ。あえて相反し合う理由などない。「もちろんさ」とジャスティンは微笑んだ。隣のヴィルヘルムも、口の横にシチューを付けたまま笑顔で頷いた。


 ――私達はここに居る。
 そしてこれからも、共に在る。



『了』




━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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クレア・マクミラン(aa1631)/女/28歳/生命適性
アルラヤ・ミーヤナークス(aa1631hero002)/?/30歳/ジャックポット
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2018年12月25日

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