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『鐘の音に想う 』
ティアンシェ=ロゼアマネルka3394)&イブリス・アリアka3359

 石畳で整備された道を、歩く足音、二つ。
 少しずれたペース。次第に置いていかれる小さな足音が慌てて、トテテテ、と速度を上げる。規則的なようで時折不規則、でもその不規則さも規則的。そんな足音。
 そうやって何度目か、隣に並び直して、ティアンシェ=ロゼアマネルはぷくりと頬を膨れさせる。
 イブリス・アリアは軽く、そんなティアンシェの方へと視線を向ける。予想通りの表情がそこにあって、イブリスはからかうような笑みを浮かべた。それにティアンシェは、更に咎めるように顔に力を込める。
(こないだは、私に合わせて歩いてくれたのに……)
 彼の一日をもらったあの日の事。さっさと行くぞと促される事もなく、歩調を合わせて行きたいところを歩かせてくれた。そんな日もあったのに。
 ……いや、間違えちゃいけない。そんな日を貰えることが、とても贅沢。それは分かっている。
 今日これだって、彼女から言い出して。苦笑されて、茶化すような口も叩かれて──それでも、一緒に来てくれた。
 それは、自分の立場からしたらとても贅沢なのだと、思う。
 ……だって。
 まだ、片想いなんだから──
 自覚し直して、思わず零れた溜め息。その重たさに、拗らせた想いがどれほど重度であるかを思い知る。
 特別なお気に入り。そう言ってはもらえたけど……結局、それはどういう事なのだろう。
 恋人だとは言われていない。でも、ただの友人と言われたわけでもない。……じゃあ、今の関係は、なんと言い表せば良いのだろう。
 顔を上げる。気付けば彼はまた少し先を進んで居た。コートのポケットに手を突っ込んで歩くぶっきらぼうな態度。その、コート姿越しでも分かるすらりとした、でも鍛えられた長身、長い手足──ああ、こうして少し置いていかれて見る後ろ姿も、好き。本当に重症。どうしようもない。
 ……両想いに、なりたい。見ているだけで、一緒に居られるだけで満足、なんて出来ない。素直にその気持ちを認めて──だから今日、お願いして一緒に向かう先。
 モノトーン教会。
 聖輝節に二人で聞くと幸せになれるという鐘の音の響く場所。
『想い人と共に教会で、想いのこもった贈り物を贈り合うと、精霊の祝福を受けてより絆が深まる』
 とも聞いたティアンシェは、もしかしたら片想いも実るかも、と、一方的でもいい、プレゼントを渡そうと用意もしている。
 ……ただ、彼の方がそれをどう思うのかというと、やっぱり不安の方が大きいけど。
 この話を、持ちかけたとき。
 『モノトーンの潮鐘』についての話になったときの会話を思い出す。

『……イブリスさんは、このお話、どう思い、ます?』
 会話のためのスケッチブックに目を落としたまま、答えを待つ。半ば予想はしていたが、返ってきたのはやれやれといった感じの苦笑だった。
「まあ、如何にも作り話って感じだな」
『それは……まあ、海の神様が、なんて、そうかもしれません、けど』
「そこじゃない。……別に神様だの超文明だの、あからさまにフィクションな部分はそりゃ、ケチ付けんのはある意味ただの無粋だ。気に食わないのはその前かね」
 イブリスが肩を竦めて言うと、ティアンシェは不思議そうに、その目を見開いて彼を見つめてきた。
「どうやったら、『預かった一点物の指輪を海に落とす』なんて事になるんだよ。……お前さんは、俺から『大事なものだ』、つって預かったもんを迂闊な場所で軽率に扱うかい?」
 聞いて、ティアンシェはあ……と口を開いてから、少しして、わ、私は気を付けますからね! と、首をブンブンと横に振る。
「そういうこった。話の都合のために、都合良く男が間抜けにされてる感じが、創作っぽいってな」
 最後まで軽口のようにイブリスが言うと、ティアンシェはしょぼん、と肩を落としていた。
 目まぐるしく変わるティアンシェの表情。それを眺めながらイブリスは自分の心の在り方を意識する。
 ……いつも通りの平常心に。それから少しの加虐心と。
「で、どうするんだ?」
 ──ごく僅かな庇護心。
 立ち上がりながら問うと、ティアンシェの顔に「?」が浮かぶ。
「行くのかい? それでもその潮鐘とやらを聞きに」
 ……外出用のコートの方を向きながら問い直す。
 ティアンシェの顔がまたくるくると変わる。驚き。迷い。躊躇い。それから。
 スケッチブックに慌てたように筆が走る。
『行き、ます! 行きたい、です!』
 書かれた文字ははっきりとしていた。
 ああ、いつも通りだ、とイブリスは思う。クリスマスの日の男女。それでも。いつも通りに笑って語る、そのまま。
 今日このためのティアンシェの姿、その全身を改めて見て、それも。
「お前さんは変わらないな」
 その言葉に、彼女はまたキョトンと彼の方を見た。そして……意地悪く笑うその顔に、いい意味ではないと理解して、やっぱりいつものように、顔をむくれさせた。

 教会が近づいていく。
 恋人たちの聖地だ。クリスマスの夜、目的地に近づくほどに人の密度は増していく。
 ある程度の位置からでも鐘の音は聞こえるだろうが、少なくとも教会が見えるところまでティアンシェは進むつもりのようだった。イブリスも彼女にそのつもりがあるうちは、文句も言わず先に進む。
 はっきりと人混みになってくると、不安に揺れていたティアンシェが思い切ってイブリスのコートの袖を掴んでくる。イブリスから彼女をエスコートするような素振りは結局見せなかったが、しっかりと掴んでくる手、それと混雑が増す度に近付く身体を拒む様子を見せることもなかった。
 ……モノトーンの潮鐘。その物語。
 ふと、もう一度それにイブリスは想いを馳せる。
 別に道徳の為に物語が創られることを否定する訳じゃない。言わんとしたいことは分かりやすい。正直な男。寛容な女。成程美徳とされるものだろう。
 だが、現実の男女が全てその通りにして上手く行くものでもあるまい。実際この男と同じことをすれば手酷く破局する場合が殆どだろう。
 男は誤魔化すべきだった。クリーニングのために預かっていたのだから、精巧な新品を用意するなどやりようはあっただろう。
 ……とまあ、このストーリーに沿って考えるとこれは多少苦しいか、と思うが。実際、世の男女の関係を平穏足らしめるには、ある程度の狡さと言うものは必要だ。そう思う。
 視線を落とす。袖にすがるように身体を寄せてくる少女。周囲のカップルの手の繋ぎ方を思えば、自分たちの関係は未だ、大人の男と背伸びする少女、それだけだ。
 ……だが。分かっている。ずっとそのままでいられることもあり得ない、と。
 教会が、その鐘が見えるとこまでたどり着く。
 白い建物が月明かりに照らされて、荘厳にその姿を浮かび上がらせている。
 ゴー……──ン。
 鳴り響く鐘の音に重ねて。
「お前さんは、未だに好きなわけかい?」
 問いかけた。二人、鐘を、その後ろに架かる月を見上げながら。何をとも、誰をとも言わず。分かり切ったことを、確認のために。
 ぎゅう、と、袖を握られる力が強まるのを感じた。ティアンシェが顔を上げて……──
 その時。

 ちらちらと、白い粒が舞い降りる。
 そのまま、目の前に幾つも幾つも降ってくる白に、ティアンシェは一度、答えようとした言葉も忘れて何度も瞳を瞬かせた。
 雪が降っている。空には月が輝くまま。照らされる教会。モノトーンの鐘。……あまりに幻想的。
 イブリスさん、イブリスさん!
 スケッチブックを取ることも忘れて興奮して彼を見上げて、視線だけで話しかける。
 ……彼はやっぱり、淡々としていた。
「【スノーホワイト】、だな」
 そして冷静に、そう言った。
「輝紅士がここに居るんだろうよ」
 ああ……と、声にはならず吐息だけでそう答えて、ティアンシェも理解する。
 スノーホワイト。雪の幻影を作り出す魔法。そうか……。
 種明かしをされて、またその光景を見上げて。そして。
 狭い中、身を縮めてスケッチブックに筆を走らせた。言いたかった。
『……でも、綺麗、です。やっぱり、凄く綺麗、です!』
 幻だと明かされて、それでもなお目の前の景色を美しいと思う気持ちは、変わらなかった。
 創作だと言われても、その物語に憧れるように。
 ……振り回されるそのことが、ただの意地悪なのかもしれない、そう思っても。
『……それでも、やっぱり、好きなん、です』
 ティアンシェは答えた。やっぱり、何をとも、誰をとも言わず、それを。
 告げて、想いが溢れる。
 キスしてくれた。
 添い寝をしてくれた。
 ……振り回される、その事も。関われることが、嬉しくて。
 でも、だからたまには、こちらから振り回してみたい!
 人混みに躊躇わず、彼女は動いた。踵を思い切り上げて背伸びをして。腕を伸ばして、彼のコートの襟をぐい、と引く。勢いに、僅かに身を屈めた彼の頬に……掠めるようにキスをして。それから、引っ張り出したプレゼントの包みをぐ、とその胸に押し付ける。

 近付く顔が。そのとき確かに、少女の殻を破ろうとしていた。その一瞬をイブリスは認めていた。そして。
「……はは、中々やるねえ。お前さんにしちゃよく頑張りました、ってとこかね」
 それでも彼は、普段通りに悪戯にそれをからかってみせる。
 押し付けられたプレゼント──中身は緑の石が付いた髪飾り──を、おっと落ちる、といった態度で受け止める。そのまま、とりあえず俺が持っておく、という雰囲気で手に持った。
「……鐘も鳴り終えたみたいだな。今日の目的は、これで全部完了かい?」
 来た道へと身体を向け直しながら、イブリスは聞く。ティアンシェは顔を真っ赤にして。少し泣きそうな顔でイブリスを見上げていて。
「遅くなりすぎないように帰るぞ──ティア」
 呼び掛けに、彼女の感情がまた揺れるのを感じた。
 ずるい大人だという自覚はある。
 そのことを欠片も気にせずに、少女の心をくすぐって遊ぶ。
 ──その戯れに、彼は間違いのない、心地よさを感じていた。

 絆が深まるという、鐘の音。
 分かりやすい答えの形にはまだならなくても、互いの心を解して結ぶ、そんな風に、二人の心には、響いたのだろうか。



━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【ka3394/ティアンシェ=ロゼアマネル/女性/20/聖導士(クルセイダー)】
【ka3359/イブリス・アリア/男性/21/疾影士(ストライダー)】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご発注ありがとうございます。
……まずはクリスマスのお話なのにクリスマスに間に合わず大変申し訳ございません。
一応納期は守れてると思いますが、自分的にやっぱりちょっと悔いの残るところです。
さて、ゲーム内要素でありますモノトーンの潮鐘をピックアップしていただいたということで、それを中心に話を組ませていただきましたが、
作中の解釈は全て凪池が勝手に膨らまさせていただいたものです。
……つまり、ひねくれているのは凪池です。はい。ご不快になりましたら申し訳ありません。
一筋縄ではいかない恋、関係というものは大変好物でありますが、そこはやはり人様のキャラという事で、上手くかけているでしょうか。
至らない点ありましたらすみません。
改めまして、この度はご発注有難うございました。
イベントノベル(パーティ) -
凪池 シリル クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2018年12月27日

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