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『戯れる花の香 』
ka3319


 甲高い鳥の声が高い空から響き渡る。
 鵤はその声に薄く目を開いた。
「朝も早いうちから、勤勉なこった……えっくしっ!」
 恨み言と一緒に、思わずくしゃみが出る。それで目が覚めてしまった。
 甲羅から首を伸ばす亀のように、布団から顔だけをできる限り伸ばして、窓を見る。
 締め切ったカーテンの隙間から差す太陽の光の角度は、すでに昼が近いことを告げていた。
「朝早いって訳でもないようだねぇ……よっこらしょっと」
 ゆっくり身体を起こし、欠伸と共に伸びをする。
 それから思い切り手を伸ばして、少し離れた場所に置いてあった灰皿と煙草の箱を引き寄せた。
 布団の上で胡坐をかいて、箱にねじ込んだ安ライターで煙草に火を点け、天井に向けて紫煙を吐き出す。
 まるで起床の儀式のように、鵤は靄の中に佇んでいた。
 ぼんやりと煙草を燻らせていると、少しずつ昨夜の記憶がよみがえってくる。
「うんうん、昨夜はちゃんと家に帰ってきて、布団までたどり着いたみたいだねぇ。感心感心」
 久々に参加した仕事の帰りに、報酬で行きつけの店に立ち寄った。
 たまったツケの一部としていくらか没収はされたが、一応は飲ませてくれた。
 それで楽しく酔っ払って帰ってきて、そのまま布団に転がったのが、最後の記憶だ。
 服も当然ながらそのままである。
 だが今回はちゃんと財布も煙草も身につけているので、何ら問題ない。――鵤基準で、の話だが。
「まあいつも通りってことだ」
 ボリボリと頭を掻くと、煙草を消して立ち上がる。

 それから暫く、さほど広くもない家の中を、鵤はうろつきまわっていた。
 その結果、分かったことは――。
「ありゃあ。買い置きの酒が1本もないって、こりゃ大ショックだよ」
 まあ当然ながら、買っていない物は存在しない。
「どうすっかねぇ」
 普通なら、また寝てしまうという方法もなくはない。
 だが、鵤には酒がどうしても必要だった。
 それは嗜好品としてではなく、ほとんど「まともに動く」ための必需品と言っていい。
 そしてこの世界には、御用聞きも、ネットショッピングも存在しない。
 鵤は暫く、誰か知り合いが家にやってくることを念じてみた。
 だが逆に念を送られるような気がして、すぐにやめる。
「自分で買いに行くしかないだろうねぇ」
 ちょうど煙草も心もとない。鵤は諦めて、外に出ることにした。


 よれた白衣を羽織り、サンダルをひっかけたいつも通りの姿で玄関を出る。
 と同時に、吹き付けてきた風に思わず身体を縮めた。
「うおっ、ナニコレ!?」
 昨日まで暖かかったのが、急に冷え込んでいた。
 さすがにこのままでは、酒屋にたどり着く前に行き倒れてしまうだろう。
 部屋に駆け戻ると、マントのようなストールのような謎のウールの布をぐるぐる巻きつけ、改めて歩き出す。
 午前中に外に出ることが稀な鵤の目に、冬の煌めく日差しが眩かった。
「おっさん、こんな綺麗な光にさらされたら溶けちゃうよ」
 へらりと笑い、角を曲がった。
 その瞬間、二日酔いに濁った鵤の目に、鋭い光が奔る。
「この香りは……」
 足を止め、すぐ傍の雑木林を見る。
 思った通り、頼りなげな細い木に、薄黄色の花がぽつぽつと咲いていた。
 蝋梅だ。
 誰かが植えたか鳥が種を運んだか、この世界には珍しい花だ。
 木は枯れ木のようだし、小さく目立たない地味な花だが、独特の香りは冬の空気の中で凛とした気品を感じさせる。
 鵤はその場に立ち止まると、ぎゅっと眉を寄せ、額に手を当てる。
 花の香りに呼び覚まされた記憶が、頭を締め付けるようだった。

 ――苦悶の叫び、痙攣しながら弓なりに反る身体。
 傍らで黙って一部始終を見届ける、感情を一切なくした冷たい瞳。
 それは鵤自身の姿だった。
 持てる能力の全てを組織に捧げ、考えることをやめ、駒であることを生きる意味としていた頃の自分の姿。
 花も草も木も、薬物としての価値しか持たない。
 嗅覚も視覚も味覚も、センサーとしての意味しか持たない。
 その頃の――。

 鵤が大きく息を吐く。
「あーやだやだ。おっさん、これでも結構繊細なのよねぇ」
 声を出すことで、現実の自分を取り戻す。
 普段は忘れている記憶を、香りは否応なしに引きずり出す。
 あの可憐な花を咲かせる木に含まれる毒が、人を死に至らしめることがあるように。
 優しい香りが人の心を引き裂くこともあるのだ。
「まぁ、花に罪はないんだよねぇ」
 鵤は再び歩き出す。
 彼の背中を、薄黄色の花の香りが追ってくるのを感じながら。
 香りはどこまでもどこまでもついてきた。
 白衣の裾を、ぼさぼさの髪を、躍らせる風に乗って。
 鵤には、もうそれが現実の香りなのかどうかすらわからなかった。
「今日はちょいと、いつもと違う酒でも買ってみるかねぇ」
 この香りを追いやるほどに、強い香りの酒を。
 それでも酔って眠るまでには、かなりの時間がかかりそうだった。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【 ka3319 / 鵤 / 男性 / 44 / 人間(リアルブルー) / 機導師 】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠にありがとうございます。
字数の限り、おっさんの生態を描写してみました。大きく間違っていなければいいのですが、如何でしょうか。
もしお気に召しましたら、幸いです。
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ファナティックブラッド
2018年12月27日

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