『流星群でも足りなくて 』

夢洲　蜜柑（aa0921）＆アールグレイ（aa0921hero002）

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　キンと音が鳴りそうなほどに、凍てついた夜の空気。
　それでも蜜柑の心は暖かく、頬は熱いほどだった。
　その理由は、彼女のナイトであるアールグレイと一緒だから。
　彼は蜜柑と契約した英雄だから、特別な存在であることは間違いない。
　だがそんな話とは全く別の次元で、アールグレイは特別だった。
　美しくも凛々しい、鼻筋や顎のライン。それでいて知性と思慮深さをたたえた瞳は、あくまでも優しく蜜柑を見つめる。
　剣を振るう姿は力強い舞踏のよう、立って歩く姿は絵画のよう。
　まさに少女にとって、理想の王子様そのものなのだ。
　そしてアールグレイは、蜜柑を守ることに一切手を抜かない。
　帰りが少しでも遅くなると、必ず迎えに来てくれるのだ。その時間は蜜柑にとって、正に夢のひとときだった。

　そして今日も、楽しい集まりの後の帰り道なのだが。
　蜜柑はその途中で、アールグレイを近くの公園に誘った。
「寄り道ですか？　でも今夜は冷えますから、蜜柑が風邪をひかないよう、早く帰宅したほうが良いと思うのですが」
「あのね、さっき教えてもらったの。今日は流星群が見られる日なのよ」
　蜜柑はアールグレイの袖をそっとつまむ。
　公園は小高い丘にあり、そこからなら星がよく見えるはずなのだ。
「ですが、何も準備をしてきていません。それなら一度帰宅して、装備を整えましょう」
「ちょっとだけでいいの！　ちょっと空を見て、だめだったら諦めるから。ね、いいでしょ？」
　なんとなく、一度家に帰ってしまうと、アールグレイとの大事な時間がもったいないような気がしてしまったのだ。
「では冷え切らないうちに帰ると約束してください、蜜柑」
「ええ。もちろんよ！」
　蜜柑は飛びあがりたいほどに嬉しかった。

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　丘の上には他にもいくらかの人が集まっていた。皆、流星群を見に来たらしい。
　蜜柑は少しだけ残念な気分になる。
　アールグレイと二人きりで、満天の星を眺めるロマンチックな時間を想像していたのだから、それも仕方がない。
　だがそのちょっとした落ち込みは、すぐに回復した。
「やはり冷えますね。蜜柑、失礼します」
　アールグレイが自分の羽織っていたマントの中に、蜜柑をくるんでくれたのだ。
　蜜柑は一瞬で、天にも昇る心地になる。
「あ、あの……ありがとう。あったかいわ」
「それでも無理は禁物ですよ」
　蜜柑は頷くことしかできなかった。本当は、こうしていられるなら一晩中だってここにいたいぐらいだ。

「それで、星はどちらに見えるのですか」
　アールグレイの声がびっくりするほどに近い。
　蜜柑はぼうっとなる頭をどうにか現実に繋ぎ留め、さっき教えてもらった話を必死で思い出す。
「えっとね、南の空を中心に飛ぶんだって。でも広く空全体を見たほうが見つかりやすいのよ」
　多くの星が流れる時間も、ちょうど今ぐらいだと聞いている。
　蜜柑は夜空に目を凝らした。
「あのね、流れ星が消える前にお願い事を唱えると、叶うんだって。アールグレイは知ってた？」
「そうなのですか。でも大急ぎでお願いしないと、星はすぐに流れてしまいそうですね」
　アールグレイが楽しそうに笑った。
「蜜柑はどんなお願い事をするのですか？」
「え？　えーと……ナイショ！！」
　マントの端をしっかりと握りながら、蜜柑は赤く染まる頬がアールグレイに見えないようにと祈る。

　そうして見上げた空に、突然流れ星が現れた。
「あっ！」
　蜜柑が思わず声を上げる。周り中の人々も同様に声を上げていた。
　かなり明るい流れ星が、すうっと空を流れて消えていったのだ。
「すごいわ、本当に流れ星！」
「明るい星でしたね」
　アールグレイも目を見開いて、星の行方を見守っていた。
　そのまま見つめていると、数分してまたひとつ。それからまた数分後に、ひとつ。
「流星群って、こんなに間が空くものなのね」
　蜜柑の声に僅かな失望が混じった。
「それでも一晩にいくつも流れ星が見られることは、滅多にないことですからね」
　アールグレイの慰めの言葉に、蜜柑はこっそり唇をかむ。

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　星はあまりにも早く流れてしまう。
　そして一つが流れた後に、次が流れるまでにはかなりの時間がかかる。
　蜜柑は困ってしまった。
（どうしよう。全然足りなくない！？）
　流れる星にお願いしたいことがたくさんありすぎたのだ。
　そのうちの一つすら、まだ唱えることができていない。
（流星群って、もっといっぱい流れるんだと思ってたのに）
　また一つ流れていく星に、蜜柑は手を固く組んで呼びかける。
（あたしが一日も早く、素敵なレディになれますように！！）
　かなり急いで思い浮かべたが、間に合ったかどうか。
　それからも蜜柑は何度も頑張った。
（アールグレイに似合うレディになれますように！）
（もっと背が伸びますように！）
（すっごい美人になりますように！）
　矢継ぎ早に願い事を思い浮かべ、必死に祈る。
　けれど、どれも星が流れるより先に唱えきることはできない。

　あまりにも一生懸命、手を組んでいたからだろう。
　アールグレイが蜜柑を覗き込んできた。
「お願い事は上手く唱えられましたか？」
　蜜柑は首を振る。
「ではもう少しだけ頑張ってみましょうか？　かなり冷え込んできましたけれど」
　アールグレイの言う通り、爪先が冷たくなって、少ししびれているほどだ。
（あたしって欲張りなのかな？　そんなに無茶なお願い事をしているの？）
　星が流れ去るたびに、「それは無理だよ」と言われているようで、少し悲しくなってきたのだ。
　そこでふと蜜柑は、アールグレイの顔を見上げる。
　いつも通りの綺麗な横顔に、どこか不思議な陰りのようなものが見えた。
　蜜柑は尋ねてみる。
「アールグレイは何かお願い事をしてみた？」
　彼は蜜柑に顔を向け、一瞬驚いたように目を見張ったが、すぐにいつも通りの優しい微笑みを浮かべた。
「ふたつだけ。今のところ、蜜柑のお願い事が叶うようにとだけ、間に合ったような気がします」
　蜜柑は今度こそ、顔が赤くなるのを止められなかった。
　それは嬉しかったからだけではない。少し恥ずかしかったのだ。
　蜜柑は自分のお願い事しか頭になかった。アールグレイは蜜柑の幸せも願ってくれたというのに……。

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　改めて、蜜柑は空を見上げる。
　次こそは本当のお願いを星に伝えるのだ。
　自分が綺麗になりたい本当の理由が、ようやくわかったからだ。
　空をひときわ大きな星が流れる。
（ずっと、アールグレイと一緒にいたいです！！）
　一番強い願いを受け止めたように、星はキラリと輝いて、消えていった。
「間に合った、のかな？」
　蜜柑は、しばらくぼうっと空を見上げる。
　そう、素敵なレディになりたいのも、美人になりたいのも、蜜柑がアールグレイに相応しくないと思いたくないからだ。
　どんな形でもいいから、彼がそばにいてほしい。
　本音を言うとちょっとは色々と思うところもあるけれど、一番の願いは間違いなく、彼と一緒にいることだ。

「どんなお願い事をされたのですか？」
「えっ」
　アールグレイの声に、蜜柑の心臓がドクンと大きく鳴った。
「あの、やっぱりナイショ！　お願い事は人に話したら叶わないっていうもの」
「私の分は尋ねられたのにですか？」
　アールグレイがおかしそうに笑う。
　蜜柑はそこで、アールグレイのもう一つの願い事を聞きそびれたことを思いだした。
「あの……」
　言いかけて、やめる。
「どうかしましたか？」
「ううん、なんでもない」
　彼の本当のお願い事を聞くのが、蜜柑には少し怖かったのだ。

「ではそろそろ帰りましょうか」
　アールグレイの言葉に、蜜柑が頷く。
「風邪をひきませんようにって、お願いする暇がなかったのよね」
「それは自分で気をつけなければいけませんからね」
　アールグレイは穏やかに微笑みながら、マントの中で軽く肘を曲げている。
　蜜柑は少しためらった後で、そっとその腕につかまった。
「歩きにくくはないですか」
　力強く、頼りがいのある腕だった。
　どんな悪いものも、あっという間に追い払ってくれそうだ。
　蜜柑はまた嬉しくなる。
「大丈夫よ。このほうが暖かいもの。でももし転んだら、アールグレイが助けてくれるわよね」
「一緒に転んでしまわないように気をつけましょう」

　見上げたアールグレイの横顔には、さっきの陰りはもう見られなかった。
　それが彼のもうひとつのお願い事に関わることなのかもしれない、と蜜柑は思う。
（いつかあたしが素敵なレディになったら、アールグレイのお話ももっとたくさん聞かせてもらえるのかな）
　きっとそうに違いない。蜜柑ははっきりそう感じた。
　だから早くその日がくればいいと思う。
　けれど、今この幸せな瞬間が終わってほしくないとも思う。
　だからすぐ先に、楽しいことを探してみる。この腕を離しても寂しくならないように。
「ねえアールグレイ、帰ったらおいしいミルクティーを淹れるわね。今日しっかり教わったから、きっと上手に淹れられるわ」
「それは楽しみですね」
　そして暖かな部屋で、ゆっくり話をしよう。
　流星群にお願いしても足りないほどの、沢山の夢のお話を。

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【　aa0921　／　夢洲　蜜柑　／　女性　／　14　／　人間　／　回避適性　】
【　aa0921hero002　／　アールグレイ　／　男性　／　22　／　シャドウルーカー　】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度のご依頼、誠にありがとうございました。
おまかせノベルということで何を書こうかと迷ったのですが、過去に書かせていただいたノベルの帰り道の出来事にしてみました。
蜜柑さんも自分でも気づかないうちに、きっと少しずつ素敵なレディに近づいているのだろうと思いつつ。
お気に召しましたら幸いです！

おまかせノベル

樹シロカ

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2018年12月27日